#85 番外編 〜聖なる夜に 前編〜
<商業都市イスタリアム 宿泊エリア 高級リゾートホテル”イスリーム”にて>
商業都市イスタリアムの宿泊エリアにある高級リゾートホテル”イスリーム”の展望台から見える夜景を堪能した僕とマーガレットは、転移魔法陣で一階へと戻り自分達が今夜泊まる宿”ペルマールの宿”に二人で歩幅を合わせながらゆっくりと歩いていた。
「展望台から見える夜景…綺麗でしたね、ハルト様!連れて行ってくれてありがとうございます!!」
「いえいえ。マーガレットがそんなに喜んでくれて僕も嬉しいよ!」
「また一つ…ハルト様との思い出が増えました。それに、あんなキラキラとし光景を見るのはノルズの街で過ごしたあの日以来です。」
「そう言われてみればそうかも…。確かあの日はーーー」
◇
<時は遡り ノルズ街 ジャバルの質装備店にて>
ドラゴニス夫妻の元でお世話になって数ヶ月、季節は移り変わり気付けばこの街の景色も白銀の世界へと姿を変え寒い時期になっていた。
僕は以前、ジャバルさんにこの世界に時期によってその時々の呼び名があるのかを聞いてみた事がある。そしたらこの世界にも僕が元居た世界のように”四季”のようなものが存在するとジャバルさんは教えてくれた。元居た世界で『春』に似た季節を『フォン』、『夏』を『エスタ』、『秋』を『アトゥナ』、そして『冬』を『イエム』、そして外で優しく降り注いでいる白い雪はこの世界では”ニィクス”と呼ばれており、僕達は今まささに”イエム”の時期真っ只中で異世界の寒さを感じながら生活を送っていというわけだ。
「今日は一段と冷え込みますね…。仕事終わりのホット甘味水が身体に染みそうです。」
黙々と作業をしているジャバルさんが白い息を吐きながら不意に呟いた。
確かにジャバルさんのいう通り今日は一段と冷え込んでいる。幸いにも今いるこの場所は、ジャバルさんの開発して作ったという”ダンボウ”…という室内の温度を暖かくする装置である程度の寒さは凌げている。この”ダンボウ”という装置…明らかに元居た世界で言うところの”暖房”から来ているに違い無い…。きっとこれも以前一緒に旅をしていた転生者からの受け売りに違い無い…。
「確かにジャバルさんのいう通り今日は一段と染み込みそうですね。」
「はい…。今日は早めに仕事を切り上げて家へ帰りましょうか。」
「そうですね。」
それから僕とジャバルさんは早めに仕事を切り上げる為に、各々の作業を黙々とこなし日が落ちる前に店を閉めると、マーガレットとルミナさんが居る喫茶店”ヴィヴィアン”へと向かった。
ヴィヴィアンへと着いた僕とジャバルさんは、肩や頭に少しだけ積もったニィクスを取り払うと冷えた手を擦りながら店内へと入ると、日が落ち始めた事もあって店何は既に訪れたお客さん達で活気に溢れていた。
そんな中、ヴィヴィアンに舞い降りた天使としてこの店の看板娘となったマーガレットが僕とジャバルさんに気付くと笑顔で手を振ってくれた。
その天使のような笑顔に周りに居たお客さんは癒やされると同時に、僕の方を嫉妬という名の眼差しで見て来た。僕がこのヴィヴィアンに訪れると毎回こうだ…。癒やされると同時にドッと疲れが込み上げて来てしまう。
「その内慣れますよ。」
その度にジャバルさんは僕の肩をそっと優しく手を据えてくれる。
そして僕はその都度、ジャバルさんのその優しさに心が救われ胃の痛みが和らいだ。
それから僕とジャバルさんは二階の席へと移動すると、マーガレットがメニューを持って僕達の元へと訪れた。
「お仕事お疲れ様です!ハルト様!ジャバルさん!今日はいつもより仕事が早いんですね!!」
「えぇ。今日は一段と寒かったので早めに仕事を切り上げて、ホット甘味水を飲んで温まろうかと思いまして。」
「そうでしたか!!なら〜注文はホット甘味水でとりあえずはいいですか?」
「えぇ、私は大丈夫です。ハルト様は何か他に頼まれますか?」
「僕もジャバルさんと一緒でホット甘味水で」
「かしこまりました!!それでは少々お待ち下さい!!」
マーガレットもすっかりこのお店に馴染んだようだ。
注文の手際といいその笑顔といい、訪れた人たちがヴィヴィアンに舞い降りた天使と言うのも分かる。そして何よりもルミナさんの趣味なのか、マーガレットに着せているメイド服に似たこの衣装が更にマーガレットの可愛さを増し増しにしている。僕は心の中でそっとルミナさんに感謝の意味を込めてグッとポーズをした。
「お待たせしました〜!甘味水二つになります!!」
「ありがとうマーガレット」
「ありがとうございますマーガレット様」
「いえいえ!これも仕事ですから!!私ももうすぐしたら今日は上がりなので終わったら来ますね。」
「分かった!なら残り後少し頑張ってね。」
「はい!!」
マーガレットはそう言うと上機嫌で階段を降りて仕事へと戻って行った。
「私たちもホット甘味水で冷えた身体を温めましょうか。」
「そうですね。」
僕とジャバルさんはホット甘味水を飲み冷えた身体を温めていると、仕事を終えたマーガレットと休憩がてら僕達の顔を見にルミナさんがやって来た。
どうやらこの寒とマーガレットのおかげもあってか、ホット甘味水の売れ行きが好調らしくルミナさんはいつも以上にご機嫌な様子だった。
「二人ともお仕事お疲れ様〜!!」
「まありがとうございますルミナさん。それにマーガレットもお仕事お疲れ様。」
「ありがとうございます!ハルト様!!」
「それじゃ〜ちょっと休憩がてらお邪魔するよ〜」
そう言うとルミナさんはジャバルさんの隣の席に座ると、手に持っていたホット甘味水を”ゴクゴク”と喉を鳴らしながら色っぽく飲むと、店で賑わう人達や窓の外に広がる白銀の世界を眺め微笑んでいた。
「そういえば…そろそろあの時期じゃない?」
「確かに。そろそろあの時期ですね〜」
あの時期?あの時期とは一体何だ?
僕とマーガレットは二人が言っている”あの時期”が何を言っているのかが分からず二人して首を傾げた。
「ルミナさん、あの時期って…?」
「この寒い時期といえば…クリスマスに決まっているじゃない!!」
「クリスマス!?!?」
僕はルミナさんのまさかの返答に、思わず勢いよく立ち上がってしまった。
まさかこの世界にも”クリスマス”の文化があるとは…。これも異世界共通の文化だと言うのか…。それともまさかこれも…転生者の受け売り…?ともあれまさかこの世界で”クリスマス”という言葉を聞けるとは思ってもみなかった。
「クリスマス…ですか?」
マーガレットは”クリスマス”を知らないのか、あまりピンときていない様子だった。
「うん!クリスマス!!街中をライトアップしてね〜。中央平場には大きなツリーを置いてみんなで飾り付けをするの。そしてその日は街のみんなでお祝いをして、大事な家族と過ごしたり、恋人や大切な人と特別な日を過ごすの。それがクリスマスよ!マーガレットちゃん!!」
「大切な人との特別な日………。良いです!クリスマス良いです!!ルミナさん!!!私もクリスマスしたいです!!!」
「流石マーガレットちゃん!!そうこなくっちゃ〜!!」
ルミナさんの話を聞いたマーガレットは燃え上がりやる気に満ちていた。
こうなってしまっては誰もマーガレットとルミナさんを止める事は出来ない。
僕はジャバルさんの方に視線を向けると、ジャバルさんも僕と同じように思ったのか首を横に振っていた。
「そうと決まればクリスマスの準備をしなきゃ!!日取りはいつ頃がいいと思うジャバル?」
「そうですね〜。ツリーや飾り付けなどの準備もありますから…。でも街のみんなで準備をすれば二、三日の間には出来るのでは?」
「おっ!っとなれば善は急げだね!ジャバル!!」
「はい。」
そう言うとルミナさんは、ヴィヴィアンの訪れている人たちに向けて”クリスマスパーティー”を開催する事を宣言したのだった。
そして翌日、クリスマスパーティーが開催される事が街のみんなに伝わるとルミナさんとジャバルさんを中心にクリスマスパーティーに向けての準備が始まった。
マーガレットとルミナさんは中央広場の飾り付やパーティー当日に向けての料理の仕込みなどを担当し、僕とジャバルさんと他数名の人達で中央広場に飾るツリーの準備に取り掛かっていた。
パーティーの準備が進むにつれて、ノルズの街並みは日に日にクリスマスの装飾や飾りが施されていった。そして中央広場にはドリュアス森林の中から選んだ一本の立派なツリーを立てクリスマスパーティー開催に向けて、街の皆んなでツリーに飾り付けをしていた。
「いよいよ始まりますね!クリスマスパーティー!!楽しみです!!!」
「そうだね、マーガレット。」
クリスマスパーティーを開催する事が決まってからのマーガレットは、準備も含めて毎日楽しそうに過ごしていた。そんなマーガレットの姿を見た僕もいつしかクリスマスパーティーが開催される日を待ち焦がれるようになっていた。
思い返してみれば、元居た世界ではクリスマスの時期には喫茶店前に雪だるまの置物を置いて…。店内にはじーちゃんとばーちゃんと一緒にクリスマスツリーの飾り付を今皆んなでしてるみたいにしてたっけ…。
そしてイヴとクリスマス当日にはサンタの帽子を被ったりして、常連のお客さん達や訪れたお客さんと一緒に楽しいクリスマスを過ごしていた。
あんな風に誰かとクリスマスを過ごせる日が来ないと思っていたけど、まさかこうして大事な人達や大切な人とクリスマスを過ごせる日が来るとは思ってもみなかった…。
「ハルト様?」
「ん?」
「クリスマスパーティー楽しみましょうね!!」
寒さで頬を赤らめたマーガレットが白い吐息を吐きながら笑顔で僕にそう言った。
「うん!一緒に楽しもう!!マーガレット!!!」
無事にクリスマスツリーの飾り付けが終わり、いよいよ皆んなが待ちに待ったクリスマスパーテーが開催されるのだった。