#83〜残された者たち〜
神聖教団による誘拐事件及び商業都市イスタリアム襲撃事件は、多少の被害が出たもののハルト、黒騎士、ローレン、ロロ、レヴィーの活躍によって誘拐された人々の救助、そして教団メンバーの撃退に成功する事が出来たが、今回の一連の事件に関与していると思われる教団の主要メンバーである白騎士、コルア、マイン三名は逃亡。
そしてハルトとエレナ、他数名の誘拐された人達は教団によって連れ去られ、黒騎士達の心の中に大きな傷跡を残し今回の一件は幕を閉じた。
商業都市イスタリアムでは緊急時における対策の一つとして、宿泊エリア内にある施設を臨時の避難所及び負傷者などを収容し手当等をする場として提供するようになっている。
今回の一件でパナケイアの地下からマーガレットとロロを含む救助された人達、白騎士との戦闘で深手を負った黒騎士は都市が指定した宿泊エリア内にある臨時施設へと運ばれ治療が施された。
そして翌日、宿泊エリアの臨時施設で療養している黒騎士の元にローレンとレヴィーが様子を見に行くと、安静中だったはずの黒騎士はベットから起き上がり漆黒の輝きを失った鎧を装備し、旅立ちの準備をしていた。
「黒騎士様!!」
「黒騎士!!」
「二人共元気そうだな。」
黒騎士は何事も無かったかのようにローレンとレヴィーに普段通り接した。
「私達は何とか…。ですが黒騎士様!あなたはまだ起き上がれる程傷が癒えていないはずです!!安静にしていて下さい!!」
「そうだよ黒騎士!!」
「二人共…心配かけてすまんな。だが、私なら大丈夫だ。私の体はそんな柔に出来ていなのでな。」
「ですが…。それに鎧まで装備されて…何処かへ向かわれるのですか?」
ローレンのその言葉に黒騎士は準備をしている手を止めると、ローレンとレヴィーの方を向き自身の今後の事について話し始めた。
「私はこれから”ある場所”に寄ってからハルトとエレナ達の救出に向かう。」
「なっ!?それなら私も一緒に!!」
「いやっ、ローレンの申し出は嬉しいが…今回は私一人で向かう。」
「なぜです黒騎士様!!」
「そうだよ!!一人で行く事ないよ黒騎士!!!それにまた一人で教団を相手にするなんて…今度こそ本当に命が危ないよ…。」
レヴィーは目に涙を浮かべ声と身体を震わせながら黒騎士に訴えかけた。
その様子を見た黒騎士は腰を下ろしレヴィーの頭を安心させるように優しく撫でると、なぜ一人で向かうのかを二人に話し始めた。
「確かに教団は思ってた以上に強い…それは事実だ。まさかあの白騎士まで教団の仲間になっていたとは思ってもみなかった…。もし仮に白騎士とコルア、その二人と同等の力を持った相手と戦闘になればレヴィーの言った通り今度こそ命が危ないだろうな…。複数人だと尚更だ。」
「そこまで理解しているのならなぜ!?なぜ黒騎士様はお一人で向かおうと言うのですか!?」
「今回の一件で私が教団に関して思った事は、教団の影が何処に潜んでいるのかが全く分からない事、そして教団は目的の遂行の為なら手段を選ばないという事だ…。現に冒険者協会の受付嬢だったマリンは教団の手先で私達の素性や冒険者協会内の潜入に関しての情報を入手し、それを他のメンバーへと伝えていた。それにロロの師匠でもあるコルアだ…。教団は私達が思ってる以上に周囲に馴染み、匂いを消し何処に潜んでいるのかさえ分からないのが現状だ…。」
黒騎士は下ろしていた腰を上げ会話を続けた。
「そして白騎士は去り際に『ロロもいずれ回収する』と言っていた。となればロロの事を近くで守る者が必要になる。そこでその役目をローレンとレヴィー、そして意識が戻ったらマーガレットに任せたいと私は思っている。今回の戦いで教団はローレンとレヴィーの力を知った。となれば次にロロを回収しに来る際は、今回以上に力を持った者を刺客として送り込んでくる可能性もある。そうなった時の為に二人にはここでロロを守って欲しいのだ。」
「それは…そうですが……。」
ローレンは黒騎士の考えに納得しつつも、エレナとハルトを教団の手から一刻も早く救い出したいという気持ちも捨てきれずにいた。
「ローレン…。私が何としても二人を救出する…だからここは私に任せてくれないか?それに、私一人で向かうと言ったが何も考え無しに行く訳では無いぞ?」
「では何か策があると?」
「まぁな。それにハルトは強い…。きっとエレナの事も守ってくれるはずだ。」
ローレンはしばらく考えた後、黒騎士のその考えに賛同しエレナとハルトの救出は黒騎士に任せ、自分はマーガレットとレヴィーの二人とロロの事を近くで守る事に専念すると決めた。
レヴィーもローレン同様に黒騎士の考えに賛同すると、エレナとハルトの事を黒騎士に託した。
話がまとまり黒騎士が旅立とうとした時、ローレンは白騎士からの伝言を思い出し黒騎士が旅立つ前にそれを伝えた。
「そういえば黒騎士様、あなたに伝言が…。」
「私にか?」
「えぇ。伝言のお相手は黒騎士様が戦っていた相手…白騎士からです。『この七色に輝く大剣…”ミストルティン”は俺が頂いていくと』と…。」
「そうか…。」
白騎士からの伝言をローレンから聞いた黒騎士は、兜ごしからでも分かる程の深刻な雰囲気を醸し出すと下を俯き考え込み始めた。
「黒騎士様…いかがされましたか?」
「まぁ…少しな…。」
「差し支えなければ…その伝言の意図をお聞きしても?」
黒騎士は一呼吸すると白騎士が残した伝言の意味を話し始めた。
「私が持っていた七色に輝く大剣…”ミストルティン”は、別名”神殺しの剣”とも呼ばれたいる。」
「神殺しの剣…でございますか?」
「あぁ。その名の通り”ミストルティン”を用いれば、どんな強大な力を持った神でさえ殺すことが出来る…。使用者が望めばの話しだがな。それを白騎士が奪ったという事は恐らく…神殺しを行うに違い無い。」
「神殺しを!?」
「あぁ。もし白騎士がその目的を達成すれば世界は未曾有の危機に陥るだろう…。だが、私がそうはさせない!!白騎士から”ミストルティン”を取り返し、エレナとハルト達を救出しこの場所に皆んなで戻ってくる…必ず!!だからそれまで頼んだぞ!ローレン、レヴィー!!」
黒騎士はローレンとレヴィーに二人を必ず連れて帰ってくると約束すると、商業都市イスタリムを後にしエレナとハルト達の救出、そして奪われた七色に輝く大剣”ミストルティン”を取り戻す為に商業都市イスタリアムを旅立ったのだった。
黒騎士が商業都市イスタリアムを旅立ってから二日後、意識を失っていたロロが目覚めた。
目覚めた当初はコルアが呼び起こした”元の正しい記憶”のトラウマから情緒不安定な状態が続いていたが、ローレンが施した精霊魔法とレヴィーの必死の看病のおかげで精神的にも安定し次第に落ち着きを取り戻した。
意識を取り戻したロロは、自分が意識を失ってからの出来事をローレンとレヴィーの二人から聞くと、肝心な時に自分が何も出来なかった事に負い目を感じていたがレヴィーの励ましのおかげで少しずつ立ち直り、今の自分にしか出来ない事をするべくコルアの作った”麻導薬”を投与された人達を助ける為にポーションを作成に取り掛かった。
そしてマーガレットを含むコルアによって”麻魔薬”を投与された人達は、ロロの作ったポーションのおかげで投与後しばらくすると意識が戻り始めた。
ロロの作ったポーションのおかげで無事に意識を取り戻したマーガレットは、ロロが目覚めた時と同様、ローレンとレヴィーから今回の一件に関しての情報とエレナとハルトが教団の元へ連れ去られた事を告げられた。
「そっ…そんな!!ハルト様が教団に!?」
「申し訳ありませんマーガレット様…。私が一緒に付いていながら……。」
ローレンは自分が付いていながらもハルトを教団に連れ去られてしまった事を今だに後悔し、自分を責め続けていた。そして何より、その事実をハルトの事を想っているマーガレットに報告する事が何よりも辛く心が締め付けられた。
「私は…肝心な時に…何も出来なかった……。ハルト様の剣なのに…。」
「お姉ちゃん…。」
「申し訳ありません…マーガレット様……。」
ローレンはマーガレットに向けて深く頭を下げ謝罪をした。
「お姉ちゃん…。みんな頑張ったんだよ…ローレンも黒騎士もロロちも…お姉ちゃんだって…。」
「でも私は!!私は……!!!」
マーガレットは自分の無力さと何も出来なかった事への悔しさから瞳から大粒の涙を流し、その場で泣き崩れた。
ローレンとレヴィーの二人は何か言葉をかけまいと考えるが、マーガレットに何を伝えればいいのかが分からず、締め付けられる胸を堪えながらマーガレットを見守る事しかできなかった。
それからしばらくしてマーガレットの気持ちが少し落ち着いた頃、部屋のドアをノックする音が聞こえ、ローレンが部屋のドアを開けるとそこには”麻導薬”の治療を終えたロロが部屋を訪ねて来た。
「おっ…お邪魔する…です…。」
「!!」
ロロの声が耳に入った来たマーガレットは頬を流れる涙を裾で拭うと、溢れ出そうになる涙を堪えながら俯いた顔を上げ訪ねて来たロロへと顔を見せた。
「良かった…。ローレンさんとレヴィーから助かったと話は聞いていましたが…。思ったよりも元気そうで私は安心しました。」
「はっ…はい!!です…。これも…マーガレットさん達のおかげ…です!!」
「いえ…。私は何もしていませんよ。」
「そっ!そんな事ない…です!!!マーガレットさんやレヴィーが来てくれなかったら…私は今頃…どうなっていたか分からない…です……。なっ…なので!マーガレットさんに…お礼を…言いたくて来た…です!」
ロロは少し恥ずかしそうにしながらもマーガレットへ感謝の気持ちを伝えた。
「お姉ちゃん…。お姉ちゃんは自分で何もしていないって言うけど、こうやってロロちの事を救ったんだよ?それにお姉ちゃんがあの時ロロちの様子を見に行こうって言わなかったら、今頃ロロちや誘拐された人達がどうなってたか…。」
「レヴィー…」
「だからね?自分を責めないでお姉ちゃん…。」
「うっ…うぅ…。」
ロロの感謝の言葉とレヴィーの暖かい言葉にマーガレットの心は少しずつ晴れて行き、マーガレットの瞳からは暖かい涙が溢れ出たのだった。