#76〜転生と百年の代償〜
「今度はこちらから参ります!!!」
ローレンはそう言うと影乃魔刃が呼び出した”因幡之白兎影”に向かって走り出す。”赤の門”を解放したローレンは驚異的なスピードで”因幡之白兎影”の元へ辿り着くと、その巨大な腹部に赤いオーラを集中させた拳を勢いよく打ち込んだ。
ドヒュゥゥゥゥッ!!!
拳を打ち込んだとは思えない程の打撃音と衝撃波が騎士団長の間を駆け巡る…。
…
……
………
ギョッピィィィ…。
”因幡之白兎影”は、ローレンが打ち込んだ一撃をもろともっせず不気味な擬音を発しながら真っ赤に染まった眼でローレンを見ていた。
「ほう…。まさかこの一撃を耐えるとは…たいしたものですね…。」
ローレンは打ち込んだ拳をスッと下げると、その真っ赤に染まった眼で自分を見ている”因幡之白兎影”を見上げながら下げた拳を上下に払うと、再び邪霊拳の構えをし次の戦闘に向けて備えていた。
「まだまだこんなもんじゃないぜ?」
「ほぅ…。」
影乃魔刃はニヤリと笑みを浮かべ再び両手を左右に大きく開くと、広げた両手を勢いよく”パンッ”と叩いた。
すると”因幡之白兎影”は影乃魔刃が叩いた音に反応し、その巨体からは想像出来ない速さでローレンに向かって『ギャッポゥゥゥゥ』と歪な擬音を発しながらその巨大な拳を振りかざした。
バッコォォォォン!!!!!
振りかざされた”因幡之白兎影”の一撃は地面を抉り、その衝撃によって騎士団長の間全体に煙幕が立ち込めていた。”因幡之白兎影”はゆっくりと地面に抉りこんだ拳を引き上げて行き、影乃魔刃は徐々に薄れゆく煙幕の中を目を凝らして見ていた。
「………。」
しかし引き上げられた拳の先にローレンの姿は無く、地面には”因幡之白兎影”が打ち込んだ拳によって地面に拳サイズの穴が空いていた。
「間一髪…。まさかその巨体でこれ程のスピードを出すとは…。それにこの威力…まともに食らってしまえば無傷では済まなそうです。」
「まさかあの一瞬で”因幡之白兎影”の一撃を避けるとは流石…っと言いたいが、まだまだこれからが本番よぉぉぉぉ!!!」
”因幡之白兎影”は影乃魔刃の気持ちに共鳴するかのようにローレン目掛けて走り出すと、今度は手先から爪のような物を出現させると素早い動きでローレンに切り掛かる。
ローレンは椅子に鎖で囚われている男性や、人文字にされている兵士達に攻撃が当たらないよう”因幡之白兎影”の戦闘スタイルを冷静に分析しつつ、繰り出す猛攻を見極めながら回避していた。
「影を自在に変化させ状況に合わせた戦闘スタイルに切り替え、持ち前のこのスピードを活かして相手を追い詰めて行く…。厄介な相手です。」
「くっ…!!何で攻撃が当たらないんだよ!!しっかりと捉えているはずなのに…。相手は直ぐ目の前に居るってのによぉぉぉ!!!」
ローレンに攻撃が当たらない事に影乃魔刃は次第に焦りと怒りが見え始めていた。
「くっそぉぉぉぉぉ!!!!」
「甘い!!」
完全に敵の攻撃を見切ったローレンは”因幡之白兎影”が繰り出した攻撃を可憐にかわすと、敵の猛攻を見極めている間に最初に打ち込んだ時よりも更に多くのオーラを凝縮させていた拳を、”因幡之白兎影”の腹部に連続で打ち込んだ。
ドッピョォォォォ!!!
オーラが凝縮された拳を打ち込まれた”因幡之白兎影”は、歪な擬音と共にその場に崩れ落ちた。ローレンはすかさず倒れ込んだ”因幡之白兎影”の真上へと飛ぶと、今度は右足にオーラを集中させ拳を打ち込んだ部分目掛け渾身の一撃を浴びせた。
ギョ…ッピョォォ……
ローレン渾身の一撃を浴びた”因幡之白兎影”は、弱々しい擬音を発しながら地面から這い上がろうとするがその形状は徐々に崩れ始め、もはや”兎”の原型を留めていなかった。
「私の勝ちです刃さん…。」
「いやまだだ!!まだ俺はっ…!俺は………。」
「転生者はその能力を使用する際”マナ”を使用すると聞きました。刃さんが呼び出した”因幡之白兎影”………あれを維持するのに相当の”マナ”を消費したと私はみています。序盤こそスピードと威力はありましたが、次第に動きも衰え攻撃も単調になり今では元の原型にすら戻せない…。それが貴方が大量の”マナ”を消耗したという何よりの証拠です。」
「分かったような口…を………。」
ローレンの言う通り影乃魔刃は既にかなりの”マナ”を消費していた。
『まだ勝負はついていない』
影乃魔刃はローレンに向けてそう言おうとしたが大量の”マナ”を消費したせいで意識が朦朧とし、その場で立っているのがやっとの状態だった。
そしてもはや原型を留めていない”因幡之白兎影”も『ギョ…ギョ……ッポ…。』と弱々しい擬音を発しながら元の液状の影へと戻りつつあった。
「まっ…まだ……だ!!まだ俺はやれる!!!」
影乃魔刃は液状に戻りつつある影に手を翳し再び”因幡之白兎影”を呼び出そうとするも、力を使い果たしてしまったのか身体から力が抜けたように膝から崩れ落ち地面へと倒れた。
そして再び”因幡之白兎影”へと形状を変化しようとした液状の影も、影乃魔刃が地面へと倒れ込むと同時に地面へと溶けるように消えて行き、倒れ込んだ影乃魔刃の影へと戻って行った。
「刃さん!!」
ローレンは地面へと倒れ込んだ影乃魔刃の元へ向かうと、倒れ込んだ影乃魔刃の身体を起こし名前を呼びかけた。
「うっ……」
影乃魔刃はローレンの何度目かの呼びかけで目を覚ますと、どこか満足そうな笑みを浮かべていた。
「さっ…流石……”邪の道を極めし者”…だな…。俺の完敗…だ……」
「貴方も十分お強かったです。それに貴方は一度私に勝っているではありませんか。」
「クククッ…。そう…だった……か?」
「えぇ。私も久々にこれ程の力を出して戦いました…。」
「そう…か……。」
影乃魔刃は再び満足げな笑みを浮かべる。
そして影乃魔刃の身体から灰のようなが噴き出ると、影乃魔刃の身体は次第に崩壊し始めると同時にその容姿は徐々に老け始めて行った。
「こっ…これは!?」
「これが…転生と百年の代償…か……。」
「転生と百年の代償…?」
徐々に老いていき身体が崩壊して行く中で影乃魔刃は残された力を自身の言葉に注ぎ込むと、ローレンの方を見てこう伝えた。
「いっ…いいか…?奴には……あっ…あの女……マインには気を付けろ…よ…。」
その言葉と共に影乃魔刃は灰と化し消えて行った…。
「………。」
影乃魔刃…。
確かに彼はファナ様の仇でエレナ様を誘拐した神聖教団のメンバーであったが、互いの拳を交えたローレンにとって力を求め戦いを楽しむ影乃魔刃の姿がどこか昔の自分と重なり、彼の事を完全に憎む事が出来なかった。
もし違った形で出会う事が出来たのなら…。
ローレンは地面に散った灰を手に取り握りしめながらそう思った。
「行かなくては…。」
そう言って立ち上がると身体中を鎖で繋がれた状態で椅子に固定されている男性の元へと向かった。
ローレンはその男性に何度か呼びかけるもその男性からは何も反応は無く、このままの状態にしておく訳にはいかないと思ったローレンはその男性の鎖を解こうと鎖に触れると、触れた鎖はまるで霧のように消え始めた。
「なっ!?」
それは鎖だけでは無く椅子に囚われていた男性と壁に人文字として貼り付けにされていたイスタリアムの騎士団の兵士達もその鎖同様に霧のように消えて行った。
そして椅子に鎖で固定され囚われていた男性が完全に消えると、その椅子に『奥の部屋へ』とメッセージが書かれていた。
「………。」
そのメッセージを見たローレンは影乃魔刃が最後に言った『マインには気を付けろ』、そして影乃魔刃と同じ神聖教団暗躍部隊のメンバーかとマインに聞いた時に彼女が答えた、『私は”彼”とは違う』っという言葉が脳裏を過ぎった。
最初は単に神聖教団の暗躍部隊では無く、違う部隊や組織あるいは教団には属しているが部隊や組織に属せずに個人で動いていると思っていたが…。影乃魔刃が最後に言った様子からすると影乃魔刃もマインの事を警戒していた…。そう解釈する事も出来る。
それにこれ程の幻術や相手の思考を読む事が出来るのであれば、自分達を殺そうとすればいつでもその機会はあったはず…。だがマインはそれをしなかった。
それにこのメッセージをわざわざ残していると言う事は初めからこうなる事を予想していた…?
だとすれば彼女は一体…。
色んな考えが頭の中を過ぎるが、今はマインが残したと思われるメッセージに従いローレンは奥の部屋へと足を運んだ。
ギギギッ………。
奥へと続く扉を開けると、そこには複数のイスタリアム騎士団の兵士と他数名の人達が鎖で身体の身動きを封じられ囚われていた。その中には先程霧のように消えた”椅子に囚われていた男性”と同じ容姿の人物の姿もあり、ローレンはすぐさま囚われている人達の鎖を解き解放した。
「ありがとう…貴方のおかげで助かった…。」
「いえ…。私はすべき事をしたまでです。」
そう声を掛けてきたのは騎士団長の間で幻術で作られた”椅子に囚われていた男性”と同じ容姿の男性だった。どうやらこの男性はイスタリアム騎士団の団長で、その名は”ジェラリク・ガバルティン”というらしい。
それからローレンはジェラリクとここに居る騎士団の兵士に今起きている状況を説明すると、パナケイアへと向かう前にマインと”素顔を隠した人物”についてジェラリクに尋ねた。
「まさかマインが神聖教団のメンバーだったとは…。確かに言われてみれば彼女がいつから受付嬢として冒険者協会に属していたのか記憶が無い…。それによく考えてみれば私は彼女の事をよく知らない。ただ…上手く言葉にする事は難しいし変だと思うかもしれないが、私の中で彼女は”昔から冒険者協会の受付嬢だった”という認識しかない…。それと…貴方が言う”素顔を隠した人物”についてだが、私が知る限りの記憶ではそのような人物が訪ねて来た事は無いな…。」
潜入前に精霊魔法、”記憶抽出”で騎士団から抽出した記憶では確かに”素顔を隠した人物”がイスタリアム騎士団の上層部の元へ訪ねているところを目撃していたはず…。
まさかその記憶だけ消された…?
「なるほど…。他の皆さんはどうですか?」
ローレンの質問に騎士団の兵士や他数名の人達もジェラリクと同様マインに関しては同じ認識で、”素顔を隠した人物”については誰も知らないようだった。
「分かりました。それと…ジェラリク団長達はいつからここに?」
「私が覚えている限りでは、今日の夕方頃にマインが私の部屋を訪れたのを最後にそこから先の記憶が無い…。おそらくはその辺りから何らかの方法で私達はこの場所に囚われたんだと思う。そして次に覚えている記憶は貴方がこの部屋に来る少し前だ…。」
今日の夕方頃という事は、冒険者協会へ潜入する前に協会内の視察とクエストを受注しに行った後という事になる。そしておそらくその時にマインに心を読まれ、私の素性や潜入の事を知ったマインが行動を起こした…っという事だろう。
「そうですか…教えて頂きありがとうございます。では私はこれで…。」
「貴方は何処へ?」
「この近くにあるパナケイアというショップがあるのはご存知ですか?」
「あぁ…。この都市では有名な薬師の店だろう?」
「えぇ。その有名な薬師であるコルアも神聖教団のメンバーです。そしてその店には私の探している人や友人、それに誘拐された人達がそこに囚われている可能性があります。」
「まさか薬師のコルアまでも教団のメンバーだと!?どうりで誘拐された人達が見つからなかった訳だ…。それで…貴方は今からそこへ向かうと?」
「はい。」
「では私と他数名の騎士団も一緒に同行しよう。見た所、貴方はただの冒険者…っという訳では無いようだ。しかし教団が相手となればいくら貴方でも無事では済まないだろう。それに誘拐された人達がいるのなら尚更だ。」
”影乃魔刃”程の実力者が他にも数名いたとすれば、今度こそ無事では済まないのは確か…。
それにローレンは”邪気”を解放した事により肉体への負荷とそれなりに魔力を消耗していた。その事を踏まえローレンは騎士団長であるジェラリクの申し出を受け入れる事にした。
「感謝致します、ジェラリク団長殿。」
「こちらこそ宜しく頼みます。名前はーーーー」
「ローレンです。」
「では改めてローレン殿、パナケイアへと向かいましょう。」
「はい。」
ローレンはイスタリアム騎士団団長のジェラリクと他数名の騎士団と共に、パナケイアへと向かったのだった。