#62〜潜入捜査Ⅲ〜
会議室を出た僕とローレンさんは、ドールさんとサムさんの記憶を頼りにイスタリアム騎士団の本拠地へと向かっている。イスタリアム騎士団の本拠地は3階から5階までの作りになっており、それぞれの階で様々な用途によって使い分けられているらしい。
そして、僕とローレンさんはイスタリアム騎士団の上層部がいる最上階の5階へと向かっている。
それぞれの階層は階段で行き来をする事が出来るみたいだが、各階に転移魔法陣が設置されているので騎士団を含めほとんどの人は転移魔法陣を利用して行き来しているようだ。
「どうやらあの転移魔法陣で各階に行けるようですね。」
「いよいよでございますね…。拝借したこの方の記憶によれば素顔を隠していたその人物は、騎士団の上層部の元を訪ねているところを目撃していたようです。そして騎士団の上層部がいるのは最上階…。他の階を調べてからでもいいですが…今は1番可能性がある最上階を目指すのが良いかと。」
「確かに…。僕達にはあまり時間がありませんし、ローレンさんの言う通り今は可能性が少しでもある場所を調査するのが僕も良いと思います。」
「では…早速行くとしましょう。」
この作戦のタイムリミットは日が昇る夜明け前までだ。
それまでにエレナさんやその他の誘拐された人達に関する何かしらの情報を得られなければ…。今回のように今後も上手く潜入出来るとは限らない。最上階へと向かう転移魔法陣へ意を決して足を踏み入れようとしたその時、予期せぬハプニングが僕達を襲った。
「ドールさんサムさん、どちらへ行かれるのですか?」
「!?」
最上階へと向かう僕達を呼び止めたのは、冒険者協会で受付をしているマインさんだった。まさかとは思うが…マインさんに変装している事がバレてしまったのだろうか…。
それにローレンさんの精霊魔法”容姿変化”で姿を変える事は出来ても、声帯は以前のままだ…。もしこの状況で一言でも声を発してしまえば怪しまれてしまう…。どうすれば…。
「あっ!!」
「…!!」
まさか…マインさんに正体がバレてしまった!?どうする…?
徐々に心臓の鼓動が高鳴って行くと同時に、僕の脳内では最悪な想像が次ぐ次と過ぎって行く。もし正体がバレてしまったら…。いや…まだ正体がマインさんにバレたと決まったわけでは無い…。たぶん……。
僕は動揺している事が悟られないよう深く深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。
「ドリュアス森林への調査の日程が決まった事を上層部へ報告しに行くんですね!!引き止めてしまって申し訳ありませんでした。」
ふぅ…。間一発……。
どうやらマインさんに正体がバレてしまったという訳でないようだ。
マインさんはそう言うと僕達に一礼して受付の方へと戻って行った。
「一時はどうなるかと思いましたが、無事に乗り切りましたね。」
「えぇ…。」
ローレンさんは受付に戻っていくマインさんの後ろ姿をしばらく見ていた。
「ローレンさん…?マインさんがどうかされたんですか?」
「いえ…。無事に乗り切れて私も安心しました。気を取り直して最上階へと行きましょう。」
「はい。」
そして僕とローレンさんは、最上階へと向かう転移魔法陣の中へ入り一瞬にして最上階へと辿り着いた。最上階にはイスタリアム騎士団の上層部がいるという事もあって転移魔法陣周辺には警備の兵士が複数配備されていた。
ローレンさんは左手を握りしめそのまま胸元まで持って行きその姿を警備している兵士に向けて見せると、警備している兵士もそれに応えるかのようにローレンさんと同じポーズを返した。どうやらこのポーズはイスタリアム騎士団の間では敬礼のようなものらしい。
きっとサムさんの記憶を見て兵士間でこの敬礼のような挨拶を交わすところを見ていたのだろう。教団やエレナさんに関する事を探るので精一杯だけの僕とは違って、流石ローレンさんと言ったところだ。
僕もローレンさんに続いて警備している兵士に向けて同じポーズをしてローレンさんの後へと続いた。
「流石ローレンさんですね。記憶を見て兵士間での挨拶まで覚えてるなんて」
「昔から何事にも慎重なものでして。今回も万が一の事を考えて覚えておきました。慣れればハルト様でも出来るようになりますよ。」
ローレンさんはそう言うと奥へと進んで行った。
進んでいく様子を後ろから見る感じ、ローレンさんはどこか目的地を定めて進んでいるようだ。この先は…。後ろをついて行くと同時に僕はドールさんの記憶をもう一度見る事にした。
…
……
………
体を動かしながらでは長時間記憶を見る事は難しいが、ローレンさんが向かっている場所がどこなのかを何とか見る事が出来た。
どうやらローレンさんが向かっている場所は、おそらくイスタリアム騎士団上層部の中でもトップに君臨する騎士団長の間へと向かっているようだ。確かにトップの騎士団長が居る場所なら何かしらの情報があるに違い無い。しかし騎士団長の間となれば警備も厳重だろう…。それに騎士団長本人が居るとなれば、難易度は更に上がってしまう。ローレンさんには何か考えがあるのだろうか…?そんな事を考えていると、僕達はイスタリアム騎士団のエンブレムが刻まれた扉の前へと着いていた。騎士団長の間だ。
本来、こういった重要な場所には警護する兵士を配備しそうなものだが…。しかしそういったイメージが強い分、目の前にある扉からは余計に不気味な雰囲気が醸し出されていた。
「ローレンさん…ここって騎士団長の間…ですよね?」
「はい…。」
「僕の気のせいかもしれないんですけど…。僕の勝手なイメージですが本来ならこういった場所には転移魔法陣付近にいた兵士のように、扉の前に警備の兵士を配備しそうなものですけど…。」
「ハルト様の仰る通り、本来なら警備の兵士を普通は配備するでしょう…。しかし本来警備されているはずの兵士がいない…。でも転移魔法陣周辺には複数の兵士が配備されていた…。それに騎士団長の間に行くまでの道中、誰1人として兵士の姿を見ませんでした…。」
言われてみれば転移魔法陣から騎士団長の間までの道中ローレンさんの言っていた通り、転移魔法陣周辺に居た兵士の姿以外誰の姿も見ていない…。
「まさか…。」
「そのまさか…の可能性もあるかと…。」
僕とローレンさんの脳裏に浮かんだ”その可能性”というのは、僕とローレンさんが内部潜入している事が教団にバレている…という可能性だ。そして転移魔法陣周辺に兵士を配備しているのは、僕達がこの場所から逃げれないようにする為…。そして僕達に残された選択は、この騎士団長の間に入る他ないという事だ。
「入るしかない…ようですね…。」
「えぇ…。暖かい歓迎が待っている事を願いましょう…。」
僕とローレンさんは扉の取手に手を差し伸べドアを開けようとしたが、取手に手が触れようとした瞬間、そのドアがまるで僕達を地獄へ誘うかのように『ギギギギギッ』と鈍い音を鳴らしながら開いて行った。
ゆっくりとそのドアが開いて行くと、中から信じられない光景が目の前に広がっていた。
「こっ…これは……」
「誰がこんな酷い事を…」
扉が完全に開くと騎士団長の間全体が血の海と化し、壁にはイスタリアム騎士団の兵士達の身体を使ってこの世界の文字で『ようこそ』人文字で書かれており、部屋の中央には1人の男性が身体中を鎖で繋がれて半殺しの状態で椅子に固定されていた。
想像しなかった光景に僕とローレンさんは言葉を失いその場で立ち尽くしてしまっていると、背後から不気味な視線を感じ恐る恐る振り向くと、そこには見覚えのある人物の笑顔があった。
「ようこそ、騎士団長の間へ…。転生者ハルト様…そして…エルフのローレン様。」
「ど…どうしてマインさんがここに…!?」
「ふふっ。それは私が神聖教団のメンバーだからですよ。」
そう言うとマインさんは殺気に満ちた笑顔を僕達に見せたのだった。