#45〜イスタリアムに向けて〜
私は商業都市イスタリアムに向けて出発の準備をしている時に、このパラマ村やロロの事について色々と尋ねてみた。どうやらこのパラマ村はかつての厄災で住む場所を失った人々が集まって出来た小さな村で、この近くでしか採取する事しかできない貴重な薬草やこの広大な土地を活かして畜産業を営み、それらを商業都市イスタリアムでパラマ村の特産品として販売して生計を立てているとか。
そしてロロは幼い頃から人と関わる事が苦手な性格で、1人で薬学や魔術の勉強をしていたおかげで今ではこの村1番の魔術の使い手で薬学の知識にも長けておりこの村の薬草採取は主にロロが担当しているそうだ。
「ロロは才に長けているのですね。」
「いっ…いえ……そんな事はありま…せんです。」
「そんな謙遜なさらず、もっと自信を持ってよろしいと私は思いますよ?」
「はっ…はい。ありが……とうございます…です。」
ロロは頬を赤くしながら私に感謝の気持ちを込め頭を下げると、採取した薬草や小瓶に入った透き通った緑色をした薬液らしき物を背負い袋の中へと収納し始めた。
「ロロ、これは薬液か何かですか?」
「これは…この地域で…採取した薬草……を…私が調合して…作った……新しい…回復の…ポーション…です。」
「これをロロが1人で作ったのですか?」
「はっ…はい……です。ローレン…様の怪我にも……使用した…です。」
「これを私にもですか?」
「はい…です。」
まさかこれ程の物を1人で作り上げるとは…どうやらロロには薬師としての天性の素質があるようだ。
これ程の透き通った緑色をした回復ポーションは今まで見たことが無い。ポーションはその用途に応じて使用する薬草や薬品によってそれぞれ異なる色をしている。そして従来のポーションはどれだけ貴重な薬草や薬品を使用しても、ロロが作ったこのポーションみたいに透き通った色を出す事は出来ず濁った色になってしまう。それに私の致命傷を治す程の効力を持ったポーションは、私が知る限りロロが作ったこのポーション以外この世界には存在しないだろう…。
「ロロ、商業都市イスタリアムには薬草とそのポーションを販売しに行くのですか?」
「えっ…えと……イッ…イスタリアムに…私の……お師匠様が…お店…してるので……そこに…持って行く…です。」
「お師匠様がいらしたのですか…。ロロのお師匠という事は余程立派なお方なのでしょう。お店に持っていかれる際は是非、私にもご挨拶をさせて下さい。」
「はっ…はい……です。」
もしロロの作ったこのポーションの存在が誰かの耳に入れば、喉から手が出る程欲しがる輩が出て来るはず…ロロの命を奪ってでも欲しがる輩が…。本人は気付いていなかもしれないがロロの作ったこのポーションはそれ程の価値がある物だ。エレナ様の件もありますがロロには命を救ってくれた恩がある。せめて商業都市イスタリアムに着きロロが無事に師匠様の元に辿り着くまではお守りしなくては。疑っている訳ではありませんがロロの師匠に会ってどんな人物か見極め、信頼できる人ならばこの事を相談してみるのもいいでしょう。
「ロッ…ローレン様……じゅ…準備が出来ました……です。」
「そうですか。それでは商業都市イスタリアムに向けて出発しましょう。案内は任せましたよロロ。」
「はい…です!」
そして私とロロは商業都市イスタリアムに向けて出発したのだった。
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<商業都市イスタリアム領土内の街道にて>
ドリュアス森林をこのキャビン付き自転車で出発して2日が経った。その道中、僕はマーガレットとレヴィアタンに『Ω』の一部を解放して扱うことが出来るようになった事を報告し力を解放した姿を2人に見せた。
マーガレットは僕が暴走するのではないかと最初は心配していたが、ちゃんと力を制御出来ている姿を見ると少しだけ安堵した表情を見せてくれた。
そしてこの力を解放して背中に生えている1枚の翼の能力に関して分かった事もある。まず背中に生えているこの翼は自分の手足のように思った通りに動かす事が出来るという事、それと空を飛行する事は出来ないがこの翼を利用して高く飛んだり下降する際の落ちる速度を調整する事が出来る。これは力を解放している時だけに限られた能力だが、いざと言う時には役に立つに違いない。もし背中の翼が2枚になった時は空を飛行する事が出来る様になるのだろうか…?そうなった時は是非とも無限の彼方にでも行ってみたいものだ。
「ハルト、もうそろそろ商業都市に到着するぞ。」
「はい!」
商業都市イスタリアムに向けて旅をしている間に黒騎士さんとの距離もだいぶ縮まり、今では僕達の事を名前で呼んでくれる様になった。それに時間を見つけては剣の稽古や魔法に関する知識など色々と教えてくれるなど黒騎士さんには感謝しかない。それと意外にも料理を作る事が好きらしくその腕前はマーガレットも認める程だった。
そんな道中を過ごし僕達は目的地でもある商業都市イスタリアムの近くに到着したのだが…ここで一つだけある問題が生じていた。それは昨晩からレヴィアタンが不機嫌なのか一言も喋らなくなってしまったのだ。いつもなら僕に抱きついて『おにーたん』と連呼しながらスリスリをしてくるのだが、それも昨晩から全くしなくなり今に至るまでずっと黙り込んだ状態が続いている。
「マーガレット…」
「何でしょうかハルト様?」
「レヴィアタンの事なんだけど…僕……何かしたのかな?」
自分で思い付く限りの事を考えてみたが思い当たる節は何も浮かばなかった。
「いえ…私も考えてみましたが特に思い当たる事は何もありませんね…」
「だよなぁ〜…」
僕は後ろのキャビンに座っているレヴィアタンの方を見てみると、レヴィアタンは僕の方を見ながら口に空気を溜めて膨らまし目を細めて圧をかけながらこちらを見ていた。
なんだ?何がそんなにレヴィアタンの機嫌を損ねているのだ!?兄である僕とこれから先一生喋ってはくれないのだろうか?それとも何だ?デレデレからツンデレへと属性チェンジでもしたのか…そういう事なのか!?
「はぁ…一体どうすれば……」
僕は憂鬱な気持ちを抱えたまま商業都市イスタリアムに入る為に、キャビン付き自転車を入り口から少し離れた場所へと止めた。それから中に入る為にキャビン内の荷物の整理を行いクリエイティブした自転車を解除すると、僕はレヴィアタンの元へと足を運んだ。
「レヴィアタン…」
「………」
昨晩から同じ様に呼びかけてもレヴィアタンは反応してくれなかった。
レヴィアタンが少しでも不機嫌になっている理由が分かればいいんのだが…。
「僕…何かレヴィアタンを不機嫌にさせる様な事をしたかな?色々と思い返してみたんだけど何も浮かばなくて…」
「………」
再度呼びかけてもレヴィアタンは何も答えてくれなかった。
どうしたものか…僕が頭を抱えて悩んでいると意外にも声を掛けてきたのは黒騎士さんだった。
「ハルト…」
「はい…どうしました黒騎士さん?」
「これはあくまでも私の推測でしかないのだが…レヴィアタンはハルトに名前を付けて欲しいのではないか?」
「名前…ですか?」
「うむ」
僕は黒騎士さんのその言葉を聞いてレヴィアタンの方を見ると、さっきまで口に空気を溜めて目を細めていたのが今では少し恥ずかしそうな表情を浮かべ下を向いていた。
「そうなのレヴィアタン?」
僕の問いにレヴィアタンは小さく頷くと口を開いた。
「昨日の夜…おにーたんがヴァルキリーに”マーガレット”って名前を付けた話しを聞いて……それで…ズルいって思った…。」
「レヴィアタン…」
確かに昨日の夜、黒騎士さんとレヴィアタンに僕とマーガレットの出会った時の話をした。その話しの流れで名前を付けた事も話したが…まさかこれが原因だったとは……。
「それならハルト様に直接お願いしたらよかったのではないですか?ハルト様なら快く承諾してくれたと思いますよ?」
「でも…おにーたん色々と忙しそうだったし…頑張ってたから……邪魔したくなかったの…。」
そう言うとレヴィアタンは目に涙を浮かべていた。
それを見たマーガレットはレヴィアタンの元へ行き抱きしめると、涙を堪えているレヴィアタンの頭を優しく撫でた。
「ハルト様の邪魔をしないようにしていたのですね…。偉いですねレヴィアタンは、お兄さん思いの優しい妹です。」
「うっ……うぅ………。」
レヴィアタンの言う通り、ドリュアス森林を出発してから僕は前の方でずっと自転車に乗っていたし、野営している時や休憩している時も黒騎士さんに色々教わったり『Ω』の力に慣れようと暇さえあればそれに時間を費やしてレヴィアタンに構ってあげる事が出来ず、妹に寂しい思いをさせてしまった。
「ごめんねレヴィアタン…気付いてあげられなくて…。」
「うぅん…。おにーたんは頑張ってから…悪くないの……。」
「ハルト様…」
マーガレットの言わんとしてる事を理解し、僕は頭をフル回転させレヴィアタンの新しい名前を考えてみた。
「ん〜…」
正直”レヴィアタン”という名前は個人的には合っていると思うし可愛いと思うのだが…。
しかし、ここは兄として可愛い妹の願いを叶えてあげなければ!!”レヴィアタン”という名前を残しつつ可愛くて妹っぽい名前…名前……妹っぽい…名前………。
「レヴィー…はどうかな?」
「レヴィー…?」
「うん。僕は”レヴィアタン”って名前は可愛いし似合ってると思うんだ。だから”レヴィアタン”って名前を残しつつ妹っぽい名前って事で『レヴィー』って思い付いたんだけど…どうかな?」
「レヴィー…おにーたんが私に付けてくれた名前…凄く気に入った!!」
「そっか…気に入ってくれてよかっ……」
考えた名前を気に入ってくれた事に安堵していたその時、僕の唇に柔らかい感触が走った。
「!?」
目の前には頬を赤くし視線を時折逸らしながらも僕を見つめているレヴィーの姿があった。僕は予想だにしない突然の出来事に言葉を失いその場で固まってしまった。
「名前付けてくれたお礼…。おにーたん大好き…。」
再度レヴィーは僕の唇にキスをすると僕の胸元に顔を埋め『おにーたん』と連呼しながらスリスリを始めた。そして僕は妹とキスをしてしまった事に動揺するのと同時に、横から物凄い殺気を感じた。
「ハ〜ル〜ト〜さぁ〜まぁ〜?????????」
「はっ…はい。」
「私以外とキスをするなんて……覚悟は出来ているんでしょうね?」
「こっ…これは…黒騎士さん……助け……」
黒騎士さんに助けを求めようとしたが、いち早く危険を察知したのか既に荷物をまとめ遠くの方へと避難していた。
「さぁ…ハルト様……覚悟はよろしいですか?」
「ごっ…ごめんなさあぁぁぁぁぁいっ!!!!!!!」
快晴な空にマーガレットが放った往復ビンタの音が激しく響き渡ったのだった。