#33〜悪夢〜
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………
意識が徐々に戻り始め目を開けて周囲を見渡して見ると、自分が今いるこの場所は深い暗闇の中だった。
『ここ…どこだ…?確か僕は…ベルゼブブと戦っていて…』
どこまでも続く深い暗闇の中を浮遊しながら僕は自分に何が起こったのか思い出そうとするも、記憶に覚えているのはベルゼブブとの戦いの最中までだった。
その先の記憶が無いっと言う事は…もしや自分はベルゼブブに負けて死んでしまったのだろうか…?だとしたら…ここは死後の世界か何か…?もしそうだとすればこれで2度目になる。でも1度目と違うのは周囲が暗闇に包まれている事と神様が現れない点だ。
元居た世界とこっちの世界では仕様が事なるのだろうか…?そんな事を考えていると何処からかうっすらと声が聞こえて来た。
『…っす』
『?』
どこか聴き覚えのある声が遠くから聞こえる。
僕は浮遊している身体を起こすとその声が聞こえる方に集中して耳を澄ませる。
『…ろす』
『…』
『殺す!!!』
『!?』
聞き覚えのある声でその言葉を聞いた瞬間、辺り一面が紅の炎に包まれると目の前に人影が浮かび上がりゆっくりとこちらへと近づいて来る。
『殺す…何もかも……この世界全てを…』
『だっ…誰だ!?』
『俺が誰だって…?そんなのお前が1番よく知っているだろう?』
次の瞬間、僕の目の前に1人の男が下をうつむきながら立っていた。
『おっ…お前は…一体!?』
『俺は…』
そう言うとその男はゆっくりと顔を上げ行く…。
…
……
………
徐々に見える男の素顔に僕は言葉を失う。
『おっ…おま…え…はっ…』
その男は僕の困惑している姿を見てニヤリと笑みを浮かべると僕にこう告げた。
『俺はお前だよ…ハルト…。』
そう。目の前に居る男の正体は僕自身だった。
そしてその瞳は紅に染まっており額には『α』の文字が浮かび上がっていた。
『お前が…僕…?』
『あぁ…これがお前の本当の姿さ…嘘偽りない…本当の姿。これを見ろハルト。」
額に『α』の文字を輝かせ自分と酷似した姿の男はそう言うと、右手を宙に掲げてパッチンと音を鳴らした。その音が周囲に鳴り響くと辺り一面が一瞬にして姿を変え、目の間には火の海と化した見覚えのある街の光景が広がっていた。
『ここは!!」
『そう、ここはお前がよく知っている街だ。』
火の海と化していたその街は僕とマーガレットがお世話になった街、”ノルズの街”だった。その男は続いてある方向を指差した。僕はその男が指す方向に目を向けるとそこには目を背けたくなるような信じがたい光景が目に入って来た。
『マーガレット!!!』
男が指したその場所にはマーガレットがボロボロの姿で横たわっていた。
僕は急いでマーガレットの元へ行き横たわっているマーガレットを抱き抱えて名前を叫ぶ。
『マーガレット!!マーガレット!!!どうして?何があった!?』
『うっ…ハッ…ハルト…様…』
マーガレットは辛うじて僕の声に反応すると意識を戻し僕の方を見た。
『ご…めん……なさ…い。私…ハルト様を……救う事が…でき………ません…でした…』
マーガレットは抱き抱える僕にそう伝えると、
最後の力を振り絞って僕に笑顔を見せて静かに目を閉じた。
『マーガレット!?マーガレット!!!』
僕の大事な人が僕の腕の中で静かに息を引き取った。
僕の腕の中で静かに眠る彼女の表情は優しい笑顔を見せており、まだ少しだけ温かった。
『これはお前が招いた結果だ。周りをよく見てみろ。』
僕は恐る恐る顔を上げて周りを見渡していると、そこにはジャバルさんやルミナさん、そしてこの街の人達が息絶えて横たわっている姿だった。
『ジャバルさん…ルミナさん……それに街のみんなも…誰が…誰がこんな酷い事を…』
『自分の姿をよく見てみろ』
男のその言葉が耳に入った瞬間、僕の目の前にはマーガレットを抱き抱えている自分の姿が映っていた。しかし目の前に映るマーガレットを抱き抱えている僕の姿は血に塗れており、その表情は悲しむどころか幸せそうな笑顔を見せ額には『α』の文字が輝いていた。
『そっ…そんな…僕が……マーガレットやジャバルさん達を…?』
『そうだ。』
『僕が…』
『俺が…』
『”みんなを殺した”』
その言葉と共に僕の身体から漆黒の闇が放出され始める。
その漆黒の闇はジャバルさんやルミナさん、そして街のみんなを次第に飲み込んで行き辺りは一面はまた漆黒の闇へと包まれて行った。
残ったのは漆黒の闇を発している自分と額に『α』の文字を輝かせ血塗られたもう1人の自分、そして僕の腕の中で息絶えているマーガレットだけだった。
『これで分かっただろう?あれが本来のお前の姿だ』
『僕の…本来の姿…?』
僕はいずれ…さっき見た光景のようにマーガレットやジャバルさん達を自らの手で殺めてしまうのか……?血塗られた姿で…殺戮を楽しむように…。
絶望に呑飲み込まれそうになっているその時、どこからかまた声が聞こえて来た。
「…まっ!」
「…様!!」
『この声は……?』
聞き覚えのある優しい声が何処からか聞こえて来る。
「…ルト様!!!ハルト様!!!!」
『マーガレット…?』
間違いない。この聞き覚えのある優しい声はマーガレットの声だ。
『まさか!?有り得ない!!!!この俺の精神世界に入って来るだと?』
「ハルト様!どうか…どうか目を覚まして下さい!!」
『マーガレット!!』
僕は抱き抱えているマーガレットの方を見ると彼女の体は少しずつ輝き始めており、その輝きは次第に増していき周囲を明るく照らし始めた。
『くそ!!行かせない…!行かせないぞ!!』
額に『α』の文字を輝かせ血塗られた姿のもう1人の僕は必死に呼び止めようとするが、マーガレットから発せられる輝きに次第に押し返されて行く。
『いいか!さっき見せた姿がお前の本来の姿だ!!どう足掻いても未来を変える事は出来ない!!!俺はお前だ!!!またいつか…俺は…お前を……』
もう1人の僕はそう言い残すとマーガレットの光に押し返され闇の中へと消えて行った。
「ハルト様!!お願いです…目を覚まして……」
『今帰るよマーガレット』
そして僕は抱き抱えているマーガレットから発せられる光に身を委ね、暖かな光の中へ包まれて行った…。
…
……
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…………
意識が徐々に戻り目を開けるとそこには涙を流しているマーガレットの姿があった。
「マー…ガレット……?」
「ハルト様!!」
マーガレットは意識が戻った僕に気付くと、勢いよく抱き付いて来た。
どうやら先ほどまで見ていたのは現実では無く悪夢だったようで、今のこの状況を見る限りベルゼブブは退けたようだ。僕は胸元で涙を流しているマーガレットの頭を撫でると彼女に向けてこう言った。
「ただいま、マーガレット。」
マーガレットは涙を流している顔を見られたくないのか胸元に顔を埋めて隠しながら「お帰りなさい」と言葉を返してくれた。
「無事に目が覚めたようだな」
「!?」
見知らぬ声の方向に視線を向けると、そこには漆黒の鎧を身に纏った騎士の姿があった。
「あっ…貴方は一体…?」
胸元で顔を埋めていたマーガレットが涙を拭いながら顔を上げると、僕のその問いに答えてくれた。
「この方の名は黒騎士さんです。暴走したハルト様を救って下さったお方です。」
「黒騎士…さん?それに僕が暴走?」
「やはり、その時の記憶は無いみたいだな…」
「すみません…覚えているのはベルゼブブと戦ってた時の途中までの記憶しか覚えていなくて…そこからは酷い悪夢を見ていました…。」
僕は黒騎士さんにそう告げるとマーガレットに支えてもらいながら身体を起こした。
「悪夢…?」
「はい…。」
「もし可能ならその内容を詳しく教えてもらえないだろうか?」
「分かりました。」
黒騎士さんに僕が見た悪夢の話をしようとした時だった。
「おにーたん!!!!」
「えっ?」
その声の方を振り向くと鮮やかな青色のグラデーションの髪をした1人の幼女が僕の胸元目掛けてダイブして来た。その幼女は僕の胸元に勢いよく抱きつくと、顔を左右に振りながら何度も顔を擦り付けて『おにーたん』と連呼していた。
「おにーたん!おにーたん!!おにーたん!!!」
痺れを切らしたのかマーガレットが僕の胸元からその少女を引き剥がすと、マーガレットはその幼女の名前を叫んだ。
「こら!!レヴィアタン!!!」
「!?」
自分の胸元で『おにーたん』と連呼し顔を擦り付けていた幼女の正体は、先程までマーガレットと死闘を繰り広げていたレヴィアタンだった。
「何しているんですか!!」
「おにーたんにスリスリ。」
レヴィアタンはそう言うと僕に天使のような眩しい笑顔を見せたのだった。