#104〜聖戦の結末〜
「ヴァラマ聖戦が原因で僕が…眠りに?」
「はい…。お兄様は死者の国を訪れる前に対ヴァラマ連合に加盟している国や多種族の各代表、そして連合の考えに賛同している神と天使達をヨトゥンへイムに招集をかけ会合を開き、ヴァラマ帝国に対して宣戦布告する事を提案したそうです。」
ヴァラマ聖戦が起きた事を考えればこの提案が可決された事はまず間違いないだろう。
目覚めてから時間さえあればなぜ自分が眠りに付いてしまったのかその理由をずっと考えて来た。
目覚める以前の記憶が無い中で自分なりに眠りに付いてしまった原因を考えてみた結果、自分の中で真っ先に思い浮かんだのは戦いや抗争に巻き込まれた、あるいは病か呪いの類が原因で眠りに付いてしまったのではないかと自分の中で考えていたが、まさか本当に自分が眠りに付いてしまった原因が戦いによるもので、その聖戦を引き起こした発起人も自分自身だったとは思ってもみなかった。
そして僕自身がこのヴァラマ聖戦が原因で眠りに付いてしまった事、それと妹のヘラが今だにこの死者の国から外の世界へ出る事ができない現状を見ると、この聖戦の結末がどうなったのかは容易に想像が付いた。
「ヴァラマ帝国に対して宣戦布告する提案は可決され、それから直ぐにお兄様達はヴァラマ帝国との戦いに向けて準備を開始しました。そして後は帝国に対して宣戦布告するだけだけとなった頃、お兄様は帝国に宣戦布告する前にスリュム王、モルドレッド、ガングレト、堕天使サタンと一緒にこの死者の国を訪れ、お兄様は私と再会を果たしました。」
僕がスリュム王だけでなく、同じ真円卓の騎士のメンバーで帝国の内通者として協力してくれていた”剣の中の王者”の名を持つモルドレッド、そして当時僕にメイドとして支えていたというガングレトさん、そして堕天使サタンをヘラに会わせた理由、それは僕達対ヴァラマ連合がヴァラマ帝国に対して宣戦布告する事が関係しているとヘラは言っていた。
宣戦布告をする前…。
宣戦布告をする事が関係……。
…
……
………
…………
「!!」
「その様子だとなぜお兄様が私にスリュム王以外の三人を私に会わせたのか、その理由が分かったようですね。」
僕はヘラに深く頷き、なぜヴァラマ帝国に宣戦布告する前にその四人を連れて死者の国を訪れヘラに会わせたのか、その理由について自身の考察も交えてヘラに話した。
「当時この死者の国を管理していたのは、他でもない神柱最高神であるオーディン。もしもこの死者の国に誰か近づきヘラと接触、あるいはヘラの存在を知った者がいるとなればオーディンはまず黙っていないはず。ましてや実の兄でもある僕がオーディンを裏切り帝国に反旗を翻し宣戦布告したとなれば、オーディンは間違いなくこの死者の国に軍勢を送り込み、僕とヘラを接触させる事をなんとしてでも阻止するに違いない。もし僕がオーディンの立場なら間違いなくそうすると思う。」
ヘラは僕の推測混じりの考察を真剣な眼差しで聞いていた。
「遅かれ早かれ僕達が死者の国を訪れた時点でその事はオーディンに必ず伝わる。でも宣戦布告する前と後じゃヘラと再開するまでの難易度は格段に違うのも事実、だから宣戦布告する前に僕は死者の国を訪れた。それとスリュム王と当時メイドとして僕に仕えていたガングレトさん以外の二人、モルドレッドと堕天使サタンとどんな間柄だったかは知らないが、少なくとも信頼できる程の仲だったんじゃないかと僕は思う。そして宣戦布告して前線に赴く僕に代わって、ヘラの事をその四人に頼んだんじゃないか…ってのが僕の考察だ。」
「流石お兄様。なぜ当時のお兄様がその四人を私に会わせたのか概ね今話して頂いた通りでございます。」
「概ねって事は何かしら僕の考察とは違う部分があるって事?」
ヘラは小さく頷いて見せると僕に事の真実を話し始めた。
「宣戦布告する前にこの死者の国を訪れ私と再開した理由、そしてスリュム王、モルドレッド、ガングレト、堕天使サタンを私に会わせた理由は先ほどお兄様が話してくれた通りです。唯一その考察と違った所は、私を守る為に死者の国に残ったのはモルドレッド、ガングレト、堕天使サタンの三人でスリュム王はお兄様と自ら戦いの前線へ赴きました。」
「スリュム王自ら前線に!?」
「はい。お兄様は最後の最後までスリュム王に説得をしていましたがその意志は固く、最後はお兄様が折れる形となり、お兄様はモルドレッド、ガングレト、そして堕天使サタンに私の事を託しスリュム王と共に死者の国を後にしました。」
戦いの最前線に王自ら赴く事で連合の士気は上がり敵陣に圧力を掛ける事はできるかもしれないが、それはあまりにもリスクが大き過ぎる。それに前線へ赴き軍を率いたとしても敵は真っ先にスリュム王に標準を定め首を狙ってくるに違いない。何か考えがあっての事かもしれないが、そこまでのリスクを背負ってでも何か成し遂げたい何かがスリュム王にはあったって事なのだろうか?
僕はその事がどうしても気になり、なぜスリュム王がそこまでのリスクを負ってでも戦いの前線にその身を投じたのかヘラに尋ねた。
「どうしてスリュム王はそんなリスクを負ってまで前線に?」
「それが…ちゃんとした理由は私にも分からないんです。」
「ちゃんとした理由が分からないってどういう…?」
「死者の国を後にしたお兄様とスリュム王は帝国に対して宣戦布告を宣言し、二人は自ら最前線に立ち連合を率いて帝国に攻撃を開始しました。帝国に匹敵する程の規模と力を手に入れた連合と帝国の戦いは、日に日に激しさを増していったと聞いています。そしてヴァラマ聖戦が始まって数日が経ったある日、突如お兄様は一人この死者の国に戻って来ました。」
「僕が一人で?」
「はい。戻ってきたお兄様は片腕を失い腹部を貫かれ生きているのが奇跡としか言いようが無い状態でしたが、その場に倒れ込んでも残ったもう片方の手に握っていた一本の槍だけは決して離さず持っていました。お兄様が握りしめているこの杖は一体何なのか気になりましたが、それよりも今は手当をする事が先決だと思い私とガングレトは急いでお兄様に手当てを施そうとしましたが、そんな暇を与えないかのように私達の目の前にオーディンが姿を現し、私とお兄様に向けてこう告げました。『槍を取り返し悪魔の末裔を滅ぼす』と…。」
「悪魔の末裔…。それに槍を取り返すって…?」
「オーディンの言ったその言葉が何を意味するのかは分かりません。ですが恐らく、私達兄妹がヨトゥンへイムの血を受け継いでいる事が関係しているのではないかと私は思います。そしてお兄様が握りしめオーディンが取り返そうとしたその槍の正体、それは神柱最高神であるオーディンが持つ神器”グングニル”でした。」
「オーディンの神器!?」
目覚める以前の記憶が思い出せなくても”神器”が何なのかは不思議と覚えており、それを”所有者以外の者が所持している”という事がどんな事を意味しているのかも理解した。
「本来”神器”とはその所有者以外扱う事はできません。もしそれができる者がいるとすれば”原初の神”くらいしか私は思い付きません。ですがどういう訳か、お兄様と堕天使サタンはだけはそれを可能にし扱う事が出来たのです。」
「堕天使サタンも!?」
「はい。そしてオーディンがお兄様から神器グングニルを取り返そうとした時、この機会を待っていたかのように堕天使サタンはお兄様の手からグングニルを手に取ると、そのまま左眼を貫きオーディンに重傷を負わせました。それから重傷を負ったオーディンにサタンが止めを刺そうとした時、オーディンの側近の一人でもあるヘイムダルが虹の橋を使って現れその一撃を食い止めると、『この勝負、我々帝国の勝ちだ』と言い残しオーディンと共に虹の橋の中へと消えて行きました。」
オーディンを助けたヘイムダルの言葉から察するに、このヴァラマ聖戦の結末は思った通り帝国側の勝利で幕を下ろしたのだろう。
「オーディンがヘイムダルと共に虹の橋の中へ姿を消した後、堕天使サタンは瀕死のお兄様の事を気にする素振りもせず、オーディンの後を追うかのように神器グングニルを握りしめたまま死者の国を後にし姿を消しました。そして私の腕の中で今にも意識を失ってしまいそうになっているお兄様は、私に『約束を守れなくてごめん』と言い残しそのまま…。なのでなぜお兄様が瀕死の状態で死者の国に帰って来たのか、なぜスリュム王が前線に赴いたのかその理由が私には分からないんです…。」
「そっか…。」
「ヘイムダルが最後に言い残した言葉の通り連合は帝国に敗北しヴァラマ聖戦は幕を閉じましたが、ヘイムダルが言ったその言葉の本当の意味はまた別にありました。帝国がこの戦いで勝利した事を民衆や同盟国に宣言する際にオーディンが勝利の象徴として掲げたのが、ヨトゥンへイムの王であるスリュム王の首でした。そしてオーディンはスリュム王がこの戦いを企てた侵略者で、ヨトゥンへイムがいかに危険な存在かという事を皆に宣言したのです。」
「そんな…。スリュム王が……殺された…?」
「私もどういった経緯でそうなったのかは分かりません…。ですがヘイムダルが最後に言い残した真の言葉の意味、それは”連合を率いている王の命を奪った”という事だったのでしょう…。そしてお兄様もこの時からずっと眠ったままの状態になり、私達はこの戦いで多くの物を失ってしまいました。」
確かにヘラの言う通りこの戦いでみんな多くの物を失ってしまった。
そして恐らく、僕が瀕死の状態で死者の国に帰って来た時には既に勝負は決まっていたのかもしれない…。当時の僕はそれを分かったの上で死者の国に戻って来たのか…それとも何か考えがあって戻って来たのか、目覚める以前の記憶が無い僕にとって今はそれを知る術は無い。
だが、神柱最高神オーディンの神器グングニルを瀕死の状態で持ち帰って来た事、そしてそれを僕と堕天使サタンがなぜ扱う事が出来たのか、その理由を知る事ができれば事の真相が分かるかもしれない。
だとすれば僕が次にする事はただ一つ、それは堕天使サタンに直接会って当時の事を話してもらうしかない。
僕は堕天使サタンが今どこに居て何をしているのかヘラに尋ねようとした時、聖堂の入り口から聞きなれない男性の声が聞こえて来た。
「主様、少しよろしいでしょうか?」
聞きなれない男性の声に反応したヘラは僕から巫女の仮面を受け取って被ると、その声の主を聖堂内に招き入れた。
「どうしたガングレティよ。何か問題か?」
その声の主はガングレティとい名で赤いスーツに身を包み眼鏡をかけた高身長の男性だった。
それにしてもその男性が聖堂内に入って来てからというものの、ヘラの口調や雰囲気が一瞬にして別人のように変わった事に僕は驚いてしまった。
「調査に出ていたナゴミから至急主様にお伝えしたい事があるそうで、女王の間にて待機させております。」
「ふむ…。何か動きがあったようだな。分かった、ガングレティは先に戻ってナゴミに直ぐ向かうよう伝えておいてくれ。」
「かしこまりました。それでは…。」
ヘラに報告を済ませたガングレティはそう言うとすぐさま聖堂を後にした。
それにしても調査って一体…?それにナゴミって誰だ!?
目覚めてから僕は妹のヘラとガングレトさん、それと数人のメイドとしか顔を合わせた事がない。正直、他に誰かいるのか気にはなっていたがまさかこんな形で知る事になるとは思ってもみなかった。
それからガングレティなる人物が聖堂を後にしたのを確認したヘラは被っていた仮面を外すと、術式のような魔法陣を胸元を中心に七つ展開し始めた。
その魔法陣はヘラが真の姿を見せる際に展開した魔法陣と酷似しており、次第に展開した七つの魔法陣は機械仕掛けの歯車のように胸部の魔法陣に向かって動き出し噛み合わさっていき、気付くとその魔法陣は人の姿を連想させる巨大なものになっていた。
ヘラは目の前に展開しているその人の姿をした巨大な魔法じに向けて片手をかざすと、『”魂の吸収”』と呟いた。
すると今度は人の姿を連想させるその巨大な魔法陣に数えきれない程の大量の魂が集まり、紫色に輝き始めた。
そしてその輝く魔法陣に触れた手先から次第にヘラの身体は純白の白い肌へと変わって行き、気付くとそこには見慣れたヘラ姿があった。
「ふぅ…。どうやら上手くいったみたいですね。」
ヘラは自身の身体を見渡しそう言うと、改めて僕の方を見た。
「お兄様、私はお兄様にまだお話ししなければならない事があります…。もう少し時間に余裕があると思っていましたが、予定より早く事を進めなければならないようです。」
「えっ?時間に余裕…?事を早く進める…!?」
「今はとりあえず私を信じて下さいお兄様…。ガングレト、私は急いで女王の間に戻ってナゴミの話を聞きに戻ります。後の事は貴女に…。それと、白騎士、マイン、デュラハンの三人にもお兄様の事を正しく導くよう頼みましたと伝えておいて下さい。」
「かしこまりました。お嬢様。」
「それではお兄様、ガングレト、時が来たらまたお会いましょう。」
「ちょ!!ヘラ!!!それってどういうーーーーー。」
ヘラはそう言うと亜空間のようなものを呼び出してその中へと入ると、最後に僕に笑顔を見せそれを最後に亜空間の中へと姿を消した。
まるで怒涛の嵐のような急展開に僕は頭が追い付かずその場で立ち尽くしていると、ガングレトさんが僕の方へと足を運び今まで見せた事のない真剣な表情で僕にこう言った。
「では行きましょう。冥王様」