#103〜ヴァラマ聖戦〜
それから気持ちを落ち着かせたヘラは、一度脱いだ服をガングレトさんに手伝ってもらいながら再び黒いドレスをその身に纏うと、今にも崩れ落ちてしまいそうな古びた長椅子に腰を下ろし聖堂内に置かれた両親の銅像を見ていた。
本来の姿が屍人のように燻んだ肌の色をし、今にも肌が爛れ落ちそうな身体をしていても両親の銅像を見るその神秘的な色をしたその瞳だけは以前と変わらず、聖堂の外から差し込む光もあってかその神秘的な瞳は余計に輝いて見えた。
そんなヘラの姿を見て僕の中でふとある疑問が浮かび上がった。
その疑問というのはヘラの持つ能力の中の一つ、”奪った生命の魂を自らの生命エネルギーへと変換しそれを吸収する事で自身の成長を急速に促す”という部分だ。
目の前で父さんを亡くした事がトリガーとなり、無意識とはいえトールが率いていた複数の兵士の魂を奪いそれを食した事で自身の成長を促し、仮初の姿へと自身を変化させたと言っていた。
つまりヘラにとって魂とは自身の成長を促す為に必要な養分のようなもの…。
もしヘラが魂を食し続けているのであれば、食した魂はヘラの成長を促す為の養分として吸収され、その力は更に強大なものとなり見た目も今よりも成長した姿になっているに違いない。
だがヘラが人の姿を連想させる魔法陣から大量の魂を放出させ本来の姿を僕達に見せた時、その見た目が変わっただけでその他の部分、声や性格、背丈などに関しては仮初の姿の時のまま。
つまり何が言いたいのかと言うと、もし魂を食し続けて成長を促した状態が仮初の姿だとすれば吸収した魂を放出し本来の姿を見せた場合、”仮初の状態の姿よりも幼くなるのではないか?”という事だ。
しかし本来のヘラの姿は見た目以外は何も変わらないまま、そして人の姿を連想させる魔法陣から放出された大量の魂…。それらの事を踏まえて考えられる仮説は、”ヘラは魂を食さず、人の姿を連想させる魔法陣に魂を吸収する事で仮初の姿を得ていた”のではないかとい事だ。
それがどんな仕組みなのかは分からないが、もしその仮説が当たっているのだとすればヘラは魔法陣に吸収した魂を消滅させず生きながらせながら永続的にその姿と力を維持できる方法を見付けた事になり、ヘラがもう一度人の姿を連想させる魔法陣を展開し、その展開した魔法陣の中に魂を吸収すれば再び仮初の姿に戻る事も可能…というわけだ。たぶん。
そんな事を考えながらヘラの方を見ていると、僕の視線に気付いたヘラはその神秘的な瞳を輝かせながら僕の方を振り返ると『どうされましたかお兄様?』と声を掛けてきた。
こちらを振り返り、鮮やかな赤と青が混ぜ合わさった神秘的な色をし宝石のように輝いているヘラのその瞳に僕は吸い込まれるように見入ってしまい、思わず口から『綺麗だ…。』と心の声が溢れてしまった。
「へっ!?おっ…お兄様!?」
「あっ…!!いや…その……。」
溢れた心の声にヘラは顔を赤らめ動揺し僕は一瞬にして我に返り、そんな僕達の様子をガングレトさんは微笑ましい笑顔で見守っており、それもあって僕は余計に恥ずかしくなってしまった。
「ふふっ。これじゃあ兄妹というよりも、付き合いたての男女のようですね。」
「ちょっ!!ガングレト!!!何言ってるの!!!」
「そっ!そうですよガングレトさん!!何を言って…。」
「お二人して同時に否定すると、余計にそう見えてしまいますよ?」
まさか完全無欠の究極パーフェクトメイドであるガングレトさんが、こんな冗談を言うとは思ってもみなかった…。それにしても冗談とはいえ”付き合いたての男女”と言われると変に意識してしまうのは僕だけだろうか?
「ふふっ。二人とも冗談ですよ?そんな真剣に受け止めないで下さい。」
そう言うガングレトさんの表情は不自然なまでにニヤついており、その言葉が本心ではないことを僕は確信した。
「わっ…私は別に……冗談じゃなくても…。」
「えっ?」
「なっ!なんでもありません!!!」
ヘラはむすっとした顔をしながらそう言うと古びた長椅子から腰を上げ、僕がヘラと再開し巫女の仮面を渡したその後について話の続きを話し始めた。
「再開を果たしたその後、お兄様は私に合わせたい人達がいると言い外の世界とこの冥界を繋ぐ唯一の巨大な門、”現世と冥界の門”へと向かいました。」
「外の世界と冥界を繋ぐ”現世と冥界の門”…。」
「私はお兄様に手を引かれながら現世と冥界の門へと向かいましたが、当時の私の心境はとても複雑なものでした。」
「複雑?」
「一つは単なる嫉妬心です。せっかく再開したお兄様との楽しい時間を誰にも邪魔されたくない…そう思ったんです。それともう一つの理由は、私がこの死者の国に幽閉されてからお兄様と再開するまでの間私は誰とも会う事がなかったからです。お兄様の事はお母様の記憶に触れてその存在は知っていましたし、唯一の私の肉親なので何の疑いも無く接する事が出来ましたが、当時の私はトールによって目の前で父を殺されオーディンによってこの場所に幽閉された事もあって、お兄様とお母様の故郷であるヨトゥンへイムの民以外の存在全てを恨み信じる事が出来ずにいました…。」
生まれた直後に目の前で父親を殺された上に、オーディンによって死者の国から外の世界へと出る事ができない呪縛を施されてしまえば、それが仮にオーディンやトールに近しい者じゃなくともそれはヘラにとって関係なく、外の世界に住む全ての存在を恨んでしまうのも当然だ。
「なので私はその方達と会う前にこの巫女の仮面を被る事にしました。この仮面を被っていればお母様やお父様、そしてヨトゥンへイムの民が私を守ってくれるような気がして…。」
「ヘラ…。」
「そして巫女の仮面を被って素顔を隠したまま現世と冥界の門へと到着すると、そこには四人の人物がいました。まず一人目がヨトゥンへイムの王であるスリュム王、二人目はお兄様と同じ新円卓の騎士でありながら内通者としてお兄様に協力し”剣の中の王者”の名を持つモルドレッド、三人目は当時お兄様に支えていたメイドのガングレト、そして最後の一人はかつて”光をもたらす者”の名で知られていた”堕天使サタン”でした。」
「えっ!?ガングレトさんが僕に支えていたメイド!?」
「はい。実は主様が幼少期の頃から近くでお世話をさせて頂いておりました。」
まさかガングレトさんとこれ程長い付き合いだったとは…。
それにヴァラマ帝国の内通者がまさか自分と同じ真円卓の騎士団の一人で”剣の中の王者”の名を持つモルドレッド、そして最後の一人が”光をもたらす者”の名で知られていた堕天使サタンときた…。目覚める以前の記憶は無くともその二人の名前には微かに覚えがあった。
それにしても母さんの故郷でもあるヨトゥンへイムの王、スリュム王にヘラを合わせるのは分かるが、なぜ僕は帝国の内通者で協力者のモルドレッドにガングレトさん、そして堕天使サタンをヘラに合わせたのだろう?
「それにしてもどうして僕はヘラをモルドレッドにガングレトさん、そして堕天使サタンに合わせたんだろ?母さんの故郷ヨトゥンへイムを治めるスリュム王に合わせるのは分かるけど…。」
「その理由はお兄様達がこれから行うことに関係していました。」
「これから行う事?」
「それはヴァラマ帝国への宣戦布告です。」
「ヴァラマ帝国に…宣戦布告!?」
「はい。そして対ヴァラマ連合がヴァラマ帝国に宣戦布告した事によって起こる戦い”ヴァラマ聖戦”が原因となり、お兄様は眠りに着く事になってしまったのです。」