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HUGGING BIRD  作者: ぶどう屋
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赤い羽根


 募金は善意の上にこそ成り立つ。でも、結局大事なのはお金だ。

気持ちだけじゃ助けられないけれど、お金があれば助けられることはたくさんある。アフリカの子供、被災した地域、難病患者などなど。

 そして、今、募金箱を首から下げて、秋空の下立ち続けている私。私も、お金さえ集まれば、助かる。ここから解放される。お願いです!皆さん、私を助けてください!

行きかう人の群れに、大声で叫んでやりたくなる。


 募金してくれた人に赤い羽根を渡す。単純な作業だけれど、これはボランティアだ。無償の活動だ。やりたい人がやればいいのに、どうして私がやらなくちゃいけないんだろう。

 えらそうなおじ様方に、「こういうのは若い人がやる方が集まるしさ。」とかなんとか言って押し付けられた、白い箱と赤い羽根。商店街の組合で毎年やっているらしい。赤い羽根をすべて渡し切り、二千円集まったら会長の機嫌がよくなると言われた。機嫌がいいから何だというのか。募金なんだから、ノルマみたいな考え方はおかしいんじゃないか。いろいろ思うことはあるけれど、こういうことをいちいち口に出していたらきりがない。社会とはそういうものだ、と仕事をするようになってから学んだ。


 私は駅の近くの花屋で働いている。両親の店なのだけれど、父は配達に出ることが多いし、母は生け花教室を開いているから、店頭に立つのはもっぱら私の仕事だ。

 「お店の呼び込みにもなるし、ちょうどいいね」と母には言われたが、現実は厳しい。朝から募金箱を下げて店の前に出て、とうにお昼を過ぎたというのに、まだ四人しか募金してくれない。ほとんどの人が足早に私の前を通り過ぎていく。

 華麗なバラや上品なダリアには目もくれず、その横で純白の箱を抱え立つうら若き乙女こと私からも逃げるように去っていく人々。彼らはなぜあんなに無表情なのか。心がないんじゃないだろうか。じつはよくできたマネキンか何かなのかもしれない。そうでなければ、あんなにおっかない顔をして私を無視することの意味がわからない。

 私はなんだか腹立たしくなってきた。こんな赤い羽根を持って、募金お願いします、なんて言ったところで、誰が聞いてくれるんだろう。羽根を全部渡せたとして、何が凄いんだろう。お金を集められたとして、誰が得をするんだろう。全部無駄な気がした。

 

 うつむいてイライラをやり過ごそうとしていたら、いきなり風が吹いてきた。髪が鼻に当たり、思わず顔をしかめる。あ、まずい、と思った時には、すでに羽根の入ったケースを落としていた。留め具が壊れたらしく、転がるケースから赤い羽根がどんどん出て行く。風に吹かれて、人々の足の合間を滑るように散っていく赤。

 呆然としたのは一瞬だけだった。自由にどこかへ飛んでいく赤い羽根を見て、なんだか綺麗だなと思う。元来飛ぶために進化したものだ。どこへでも好きなところへお行き。

 呑気に眺めていたら、「あの、大丈夫ですか。」と声をかけられた。我に返って振り向くと、青年が眉を下げてこちらを見ている。今の一連の流れを見られていたらしい。恥ずかしくなって、思わず手をぶんぶん振ってしまう。

 「あ、いえ、すみません、大丈夫です。うっかり羽根を飛ばしちゃったんですけど、お金は落としてないので。それに、まだ四人しか募金してくれてなくて。全然集められなくて、終わりが見えなかったので、羽根がなくなるのは、募金を終わらせるのにかえっていい言い訳になるというか・・・。」

 慌てすぎて余計なことまで喋ってしまった。嫌々立ってたのが丸出しである。間抜けすぎる。

 青年はさらに眉を下げて、「それは大変ですね・・・。」と言ってきた。穏やかな声だった。この青年は絶対にいい人なんだろうなと思う。きっとボランティアもすすんでやるし、募金が集まらなくてもイライラしない人だ。この人にあと1分でも早く出会えていれば、きっと五人目の募金者となって、赤い羽根を進呈できていたであろうに。

 「あ。」

 青年が呟き、ごそごそとポケットを探る。

 「これ、良かったら。」

 そろりと手をグーにして差し出してきた。反射的に受け取ってみると、手のひらにジャラジャラと小銭の感覚がある。数枚と言うには多い量だ。両手で受け取りながら、慌てて青年の顔を見る。

 「あの、こんなにたくさん・・・。」

 「いいんです。募金します。」

 なぜか青年はにこにこしている。これは困った。

 「すみません、私が全然集まってないとか言ったからですよね。申し訳ないです。そんなつもりではないので、こんな気を遣わなくても・・・。」

 私は必死でお金を返そうとするのだが、青年はそれをあっさり遮ってくる。

 「気を遣ってるわけじゃないですよ。僕も小銭が邪魔で困ってたし、お姉さんも募金集まらない上に、赤い羽根飛ばしちゃって困ってたから。こうしたらちょうどいいなと思って。」

 そして青年はにこにこしたまま、「じゃあ、お疲れ様です。」と言って歩き出そうとした。

 「ちょっと待ってください。本当に、これ、全部募金してくださるんですか?」

 慌てて引き止めると、青年は平然とした顔で「はい。」と言った。澄んだ瞳で、まっすぐこちらを見ている。顔立ちや風貌的にたぶん年下だと思うけれど、こんなにあっさりお金を手放すなんて。私は衝撃を受けていた。

 見ず知らずの人間がちょっと困っているだけなのに。しかも、私のことを気遣いながら、こちらには気を遣わせまいとするスマートな返し。この青年は想像以上にいい人だ。いい人すぎてちょっと不安になるくらいだ。もし私が悪い人だったら、カモにしてもっと金を巻き上げようとしていただろう。

 しかし私は善良な人間だ。この青年に何かお返しがしたいと思った。本来渡すはずの、赤い羽根すら渡せないのだ。これではあんまりにも青年に申し訳ない。何か私にできることはないだろうか。この青年の善意に応えられる何かは。

 少し考えて、瞬時に思いついた。

 「じゃあ、うちのお花をお渡しします。いくつもというわけにはいかないですけど、少しなら。赤い羽根の代わりです。いかがですか。」

 店の方を示しながら、青年の目を見て言った。私にあげられるものはこれしかない。

 青年は目をしばたかせて「花?」と言った。そして「うーん」と少し悩むように眉を寄せていたが、やがてまっすぐこちらを見つめてくる。青年の瞳は相変わらず澄んで、綺麗なこげ茶色をしていた。

 「花はいらないです。映画館に行くのに邪魔だし、持って帰っても置く場所ないので。」

 そして「でもせっかくなら、もらわないと損だな・・・」と首を傾げてから、にっこり微笑む。

 「もし花が必要な時があったら来るので、そしたらください。」

 穏やかな声で言い切ると、今度こそ「じゃあ。」と歩き出してしまった。



 びっくりした。まさか、面と向かって「いらない」「邪魔」と言い切られるとは思わなかった。しかも「損だから、必要な時があればもらいに来る」とか図々しいことを言っていた。いい人じゃなかったのか、青年よ。

 私は呆然としながら、手の中の小銭に目を落とした。よく見ると、なんだか一円玉ばっかりな気がする。だから何というわけではないけれど。

 「・・・この小銭も、純粋に邪魔だからくれたってだけ・・・?」



 結局、大事なのはお金だけれど、本当に欲しいのは気持ちだったりする。かもしれない。


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