世界の情報
ブリ雄が知恵の実を食べ知能が向上した事によって色々と聞きたい事もあった蒼一だったが、外面上は元通りになったとは言え実際には以前の肉体との齟齬が発生しており、その事でブリ雄が違和感を呈したので、その日はそのままお開きと相成った。
その翌日の昼過ぎ頃、ブリ雄も今の身体に慣れて来たという事で蒼一は改めてブリ雄から話を聞く為、二人(?)は落ち着いて話せる場所という事で海岸まで移動する。
(さて、いきなりで悪いんだがブリ雄、お前が得た知識ってどんなものがあるか教えてくれないか?)
「はい?知恵の実に知識を入れたのは蒼一様なのですから、そんな事わざわざ訪ねなくとも――あ、いえなるほど、そういえばそうでしたね」
当たり前の疑問を呈したブリ雄だったが、直ぐにその理由についても自分の中にある蒼一の情報を照会する事で納得する。
(もう分かってるみたいだけど、俺は世界に包括された知識にアクセスし、それを閲覧する事は出来るけど問題はその量が膨大過ぎるのと、それも一遍に送られてくるから何が何だか分からないんだ)
「世界というコンピュータにファイルシステムが搭載されていないという事なんでしょうね。人のように個々の情報を自らの記憶領域から引っ張る必要性なんて世界に関していえば皆無でしょうから」
プログラマであった蒼一の知識を吸収した影響だろうが、例えがそっち方面に偏るのは仕方がないとはいえ、ファイルシステム云々と語るブリ雄の姿は何ともシュールであった。
しかしソフト畑の蒼一からしてみればブリ雄の例えは非常に理解し易かったのでその面では非常に有難いので変に茶々を入れるような真似はしない。
(俺の感覚で行くと、世界はハードでその上に意識として存在してる俺がオペレーティングシステムを担ってるって感じだから、何方かと言えば俺の機能不足って認識なんだけどな)
「そこに関しては徐々にアップデートを繰り返していくしか無いでしょう。事実、最初と比べれば随分と出来るようになった事も多くなったでしょうし」
(違いない、ちょっとずつだけど意識の及ぶ範囲も広がってる感じもするからな)
蒼一の感覚では初日と比べて意識が世界内に偏在する領域は五割増しで大きくなったように感じる。
五割増しと聞くとかなりの範囲だが、世界の広大さを考えると微々たる変化であり、世界の全てを手足のように動かせるというにはまだまだ程遠い。
「そのまま意識が順調に大きくなっていけば、あの膨大な知識も並列で処理出来るようになるでしょう。恐らく原因は蒼一様の意識の大きさ、メモリ容量の不足に感じられますので」
(流れ込んでくる情報量に対して、俺の処理能力がまるで追い付いてないって事か)
一体どれ程処理能力が向上すれば良いのか、皆目見当も付かないなと蒼一は半ば自ら知識を読み取る事を諦めつつ、ならばと当初の予定通りブリ雄に何の知識を得たのかを訊ねる事にした。
(で、結局どんな知識が得られたんだ?全体の三割程度とはいえ、かなりの知識量になったと思うんだが)
「そうですね、大半がこの世界の辿って来た歴史のようなものでしたが、蒼一様が興味を持ちそうなもので言えば魔術でしょうか」
(魔術!)
魔術――その言葉に蒼一は好奇心を抑えられなかった。
もし蒼一が人間の肉体を持っていたなら、目を輝かせていたに違いないだろう。
言葉には出さなかったが、早く話せという蒼一の無言の圧を感じ取ったブリ雄は魔術に関する詳細を進めていく。
「蒼一様が想像なさっている通り、魔術とは魔力と呼ばれるエネルギーを使い世界の理に則りその法則を意図的に発現させる事の出来る力です」
(おぉぉぉ……お?ん?)
想像通りと言われて一瞬テンションの上がった蒼一だが、その後に続いた説明のせいで良く分からなくなってしまった。
(えっと、魔力を使うってのはイメージ通りで分かるんだが、世界の理に則るってのは?ご都合主義的に何でも出来るって訳じゃないのか?)
「そういう訳にはいきませんよ。簡単に言えば世界の敷いた法則を無視した事は出来ないという事です。魔術によって実現可能なのはあくまでも世界が定めた法則内に限定されます」
(うん……うん?)
世界の定めた法則内とは言われても、正直ピンと来ない蒼一にブリ雄はもう少し噛み砕いて説明する。
「そうですね、要は魔術で出来るは再現までという事です。例えば魔術で数千度の炎、或いは数万度、数億度の炎といった物を再現する事は可能ですが、対象の発火点を無視して燃焼を起こす絶対零度の炎といった存在し得ない現象を引き起こす事は出来ません」
(あぁなるほど、法則に則ったってのはそういう事か)
要は"理屈や理論を無視した現象は起こせません"という事だ。
魔術はあくまでも理論に基づいた技術であって、その範疇を超えた奇跡を起こす事は出来ないという事なのだろう。
(で、具体的にはどうすれば扱えるんだ?俺でも使えるのか?)
疑問が晴れた途端、蒼一は迷うことなくブリ雄にその問いを投げる。
蒼一にとって魔術の何たるかなんて正直言ってどうでも良く、肝心なのは自分も使えるか否かなのだから。
そんな蒼一の期待を込めた言葉に、ブリ雄は申し訳なさそうに首を振る。
「いえ、正直に申しますが今の蒼一様には魔術を使う事は難しい……いえ、不可能かと」
(え)
難しいではなく不可能、それもわざわざ言い直したのだからそれがどれだけ絶望的な事なのかは蒼一も理解出来た……が。
(な、なんで?俺世界だよ?世界に出来ない事なんてあんの?)
理解と納得は別物であり、諦めきれない蒼一はブリ雄にその訳を問う。
「世界だからこそ出来ないのですよ、蒼一様。ご自身の発言を思い出してください、蒼一様は世界というコンピュータ、正確に言えば世界を操るオペレーティングシステムです。魔術とは人間が世界の機能を比較的簡単に扱えるようにした、要はアプリケーションなのです」
(魔術はあくまで人間が使うものであって、俺に出来るのはそれを管理する事だけって事か……)
自分と魔術の関係性がOSとアプリのようなものだと説明され、確かにその状態では人間のようには扱えないと蒼一は渋々、本当に渋々だが魔術の事は一旦諦める。
それでも一旦なのは蒼一も中年のおっさんとは言え"男"という事なのだろう。
現状手立てが思いつかない以上は仕方ないが、今後何か進展でもあれば間違いなく蒼一は魔術に手を出し始めるのは間違いない。
そんな蒼一の内心を知ってか知らずか、ブリ雄は魔術の説明を終え次の話に切り替えた。
「さて次になりますが、先程の魔術の話からも出てはいましたがこの世界の人類に関する知識ですね」
(人間、か。やっぱり存在するんだな)
「えぇ、この島には一人も存在しませんが、海を渡った大陸には大勢の人間が住んで居ます」
(この世界の文明レベルはどれくらいなんだ?)
蒼一の脳裏に真っ先に思い浮かんだのは中世ヨーロッパ、この手の異世界転生といえばという定番の時代背景だ。
それくらいだと分かり易いと有難いなーなんて蒼一が考えていると、そんな蒼一の願いをブリ雄の言葉が打ち砕く。
「文明レベルで言えばそうですね。大まかに十七、十八世紀くらいでしょうか」
(…………それって中世?)
「いえ、もう近世ですね。中世と呼ばれるのは五世紀から十五世紀までですから」
(中世って案外広いな!)
「……この知識は蒼一様が保有していた物の筈なのですが、覚えておられないのですか?」
ブリ雄が伝えた知識は昔に蒼一が学校の授業で習ったものであったが、蒼一にしてみれば三十年も前の話であり、知識として蒼一内に蓄えられてはいたものの、蒼一にとっては古い記憶でありすっかり忘れてしまっていた。
(学生時代の授業内容なんてもう殆ど覚えてないぞ。特に世界史なんて……それより十八世紀って具体的には何があったっけ、産業革命終わってる?)
「いえ、産業革命が始まった頃合いですね。ただあくまでも例えでしかないのでこの世界に関していえば部分的には結構な違いが存在しますが」
(まぁでもそれくらいの文明レベルではあるんだろう?)
「そうですね、地域差はありますが極端な物を除けば大体が十七、十八世紀辺りの水準だと考えて頂ければ問題はないかと、但し科学技術ではなく魔術によって発展してるのが大きな違いです」
(ふむふむ、なるほどな?)
取り合えず分かった風にしている蒼一だったが、具体的に元居た世界の十七、十八世紀頃と同じくらいの発展度合、それも魔術によって遂げてると言われても正直ピンと来ない。
最初に思い描いていた中世の時代より近代化が進んでいるのは間違いないが、十七世紀、或いは産業革命が始まった十八世紀中頃の街並みを思い浮かべようとしても頭に浮かぶのは織物工場ばかりと、蒼一の近世に関する知識――正確には記憶が乏しい事が伺える。
「……分からないなら正直に分からないと仰って下さって構わないですよ。私で分かる事なら何でも答えますから。とはいえ私のこの知識も元を正せば蒼一様の物ですので、蒼一様が忘れている事なら兎も角、知らない事は答えようがありませんが」
(まぁ……だよな。取り合えず元の世界の時代を参考にするのは止めにして、普通にこの世界には今どんな物があるのか教えて貰えるか?具体的には文明レベルが分かるようなもので)
「であればまずは……そうですね、ライフルなんかは存在しますよ。但し弾丸ではなく魔力の弾を撃ち出す代物ですが」
(おぉ、所謂魔銃って奴か。如何にもファンタジーって感じがしていいねぇ。でも銃くらいなら結構昔からあるんじゃないか?それこそ中世にだって)
「確かに中世にも銃は存在しますが、あれらは前装式でこちらの世界の銃は後装式です。元の世界で後装式の小銃が出始めたのは近世の頃ですので、凡そ時代背景的には合っているかと」
(魔力を使うのに前装式とか後装式とか関係あるのか……?)
魔力なんて実体のないものを弾にするのだから前込めも後込めも糞も無いだろうという身も蓋もない考えが一瞬過るも、そんな事をブリ雄に言っても仕方がないかと蒼一は次へと話を進める。
(とりあえず銃は置いといて、他には何かあるか?)
「じゃあ次は蒼一様にも馴染みのある物で、これは大分時代が進むのですが通信機の類、元居た世界で言えばスマートフォンに似た物が存在しています」
(え、スマホがあるの?そりゃまた随分と……)
時代が飛んだなぁと考える蒼一だが、直ぐにあくまでも似た物であり根本的にはまるで違うものなのだろうという考えに至る。
何せこの世界は科学技術ではなく魔術によって発展している世界だ。
電波以前に電気という概念があるかさえ怪しいものであり、間違いなく蒼一の知るスマートフォンとは似て非なる物だろう。
(そのスマホらしきものは具体的に何が出来るんだ?ゲームが遊べたりとかそういう機能があるとは考えられないんだが)
「確かにその手のアプリケーションは存在しませんね。正確に言えば長方形の板状のカードリーダのような代物で、そこに特定の呪符を差し込む事で様々な機能が使えるのです。通話は勿論、文章の送受信、魔術の発動媒体、身分証明書としても扱えます」
(似てるのは形状と通話とメールの送受信機能があるくらいか。まぁ予想の範疇だな)
スマートフォンを類似品として例に出したのだからそれくらいの機能はあるのだろうと想像はしていたが、呪符を差し込むカードリーダ形式というのはガジェットが好きな蒼一としてはちょっと気になる。
何時か島の外に出られるようになったら是非とも入手してみたいなと考えつつ、蒼一は今まで気になっていたこの世界ついての情報をブリ雄から提供して貰うのだった。