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ブリ雄新生!

久しぶりに見直すと誤字とかがやっぱ見つかる。

(よぉぉし!出来た、出来たぞ!!)


あれから凡そ一時間、何十億回にも及ぶ試行回数を経て、蒼一は無事目当ての物を完成させた。


それは蒼一が以前情報改竄を行いゴブリンモドキ達の主食となっているあの木の実だったが、今はその木の実の一つが青白い光を放っており、明らかに他の木の実とは異なる様相を呈している。


この木の実の正体は蒼一が更に手を加えて作り出した"知恵の実"だ。


ゴブリンモドキ達の知能向上を図った蒼一は、木の実を頬張るゴブリンモドキを、正確に言えばその手の内にある木の実を見てとある事を思いついた。


それは『創世記』に登場したアダムとイヴのお話。

人を神に背かせようとする蛇に唆され、アダムとイヴの二人は禁断の果実に手を出してしまう。

その話を思い出した蒼一は何を血迷ったのか"世界内に存在するあの膨大な知識の塊を木の実に押し込んだら知恵の実が出来るんじゃね?"という馬鹿げた発想へと至りそれに着手、多数の木の実と膨大な時間(実時間においては一時間程度だが)を使い、この怪しい木の実の生成に成功したのだった。


(結局、全体の三割も入れられなかったなぁ……まぁ、それ以上無理に詰め込もうとすると破裂するか木の実の情報が上書きされて消滅しちゃうから仕方ないんだけど)


完成度は兎も角、それだけの知識があればゴブリンモドキでも人並の知性を手に入れる事は出来るのではないかと蒼一はゴブリンモドキ達の誰かがその木の実を食べてくれるのを待った――が、しかし


(何故だ、何故誰も手を付けない?既存の情報は書き換えてないし、追加したのも純粋な知識だけで毒性の類の情報は無い筈なのに……どうして)


当たり前だがそんな事を理解しているのはそれを自ら生み出した蒼一だけであり、ゴブリンモドキ達の視点からすれば青白く光る木の実なんて怪しさしか感じられず、普通の木の実も傍に沢山生っているのだからそれをわざわざ口にする理由も無い。


そういう訳で何時まで経っても知恵の実を食べようとするゴブリンモドキは現れず、悶々とした時間だけが過ぎていく……そんな時だった。


木の実を採取しにやってきたゴブリンモドキの中に、蒼一は見慣れた姿を発見する。

ゴブリンモドキの雄こと、ブリ雄の姿だった。


(ブリ雄ー!おぉぉい!ブリ雄ーー!)


ガッサガッサと知恵の実の生る枝を揺らし、ブリ雄の気を惹こうとする蒼一。

突如独りでに動き出した枝に殆どのゴブリンモドキ達は驚き逃げ出してしまったが、唯一ブリ雄だけがその場に残っていた。


(流石ブリ雄だ!好奇心の塊のお前だったら絶対気を惹かれると思ってたぞ!)


この一週間、蒼一は何だかんだとブリ雄の事を気に掛け、一緒に(ブリ雄は蒼一を認識していない為一方的にだが)行動を共にしてきた。


ブリ雄と一緒に巣穴に戻り木の実の生えていた場所まで群れを導いたり、少し離れた川へ水遊びしに行ったり、海で魚獲りに興じたり、子供の御守を一緒にやったり……時間に換算すれば一日かそこらでしかなかったが、蒼一がブリ雄の性格を理解するのには十分過ぎる時間であった。


(ほらブリ雄!美味そうな木の実だぞー!)


枝を限界まで撓ませ、ブリ雄がジャンプすれば届く高さまで木の実を地上へと近づける。

枝を直接切り落としても良いが、そこまで露骨に食べろアピールを繰り返すと流石のブリ雄でも怖気付く可能性があったので、自分から手を出させる事で警戒心を下げようと蒼一は画策していた。


その蒼一の考えは的を射ていたのか、ブリ雄も見慣れた筈の見慣れない木の実の姿に戸惑いを見せながらも、おっかなびっくりといった様子で恐る恐る手を伸ばす。

指先でチョンチョンと木の実の表面を突き、触れても特に異常が無いのを確認すると両手で包み込むように木の実を枝から捥ぎ取ると、マジマジとその木の実を観察し、最終的には好奇心と空腹に耐えかねたのか大きく口を開いて知恵の実を一口で頬張る。


シャクシャクと辺りにはブリ雄の咀嚼音だけが響き、やがてそれも聞こえなくなり静寂が降り、そして――


「ゲェ?!」


突然ブリ雄が腹を抑えながらその場でのた打ち回り、苦し気に鳴き声を上げる。


(ブリ雄!?)


ブリ雄に起きた異常事態を蒼一は直ぐ様理解し、そしてそれが今の自分ではどうしようもない事も理解した。


経口摂取した膨大な知識の情報はブリ雄をブリ雄たらしめていた既存情報と衝突し、混ざり合い、ブリ雄の存在を根底から脅かす実体を持たぬ概念的な毒素として、その身を蝕んでいく。


直接情報を書き込む訳じゃない。

知識を内包した果実を介し、間接的に知識を与えるだけなのだから大丈夫な筈だと、そんな根拠も何もない希望的観測で安易な行動に走った蒼一は己が行動を激しく後悔していた。


ブリ雄を構成する肉体、遺伝子の情報が知恵の実から流入した知識という名の情報に侵され、その体裁を保てなくなる。

崩れる皮膚、機能を失う感覚神経、身体から漏れ出る蒼光は時を追う毎にその輝きを増していく。


(クソッ、ブリ雄!!)


このままではブリ雄が死んでしまう。


そう考えた蒼一は一か八かブリ雄の情報を侵食する知識の排除に動こうと――


"――邪魔だ、黙って見ていろ"


(…………え?)


突然横合いから聞こえて来たその言葉に、蒼一は動きを止める。


空気を揺らし聞こえる声ではない。

蒼一という存在に直接言葉だけを届けたような、そんな謎の思惟に蒼一が戸惑っていると、ブリ雄の方にも変化が起きた。


ブリ雄の既存情報を濁流の如く強引に上書きしていた知識の情報群が、まるで意思を持ったように穏やかな沢の如くブリ雄の中で流れ始め、徐々にその動きは停滞して行き、最終的には完全にその動きを止める。

それと同時に崩れ落ちたブリ雄の肉体の再生も始まり、失った身体機能も完全に復活、全身から漏れ出ていた蒼光も収まった。


時間にすれば十秒にも満たない僅かな時間、終わってみれば後に残ったのは意識を失ったブリ雄と呆然とした蒼一だけがその場に取り残されていた。


(今のは一体……)


蒼一のその言葉に答える者は誰も居らず、あの謎の言葉の主も分からないままだったが、少なくともあの言葉の主がブリ雄を救ってくれたのだという事だけは理解出来たから。


(ありがとうございました)


返事も期待はしてないし、聞こえているのかも分からないけど、蒼一は謎の言葉の主に向けて精一杯の感謝の祈りを捧げる。


そうして暫し感謝の祈りを捧げた後、蒼一は気を失ったままのブリ雄の方へと意識を向けた。


ブリ雄という存在の消滅は阻止され、肉体も外見上は元通りにはなっているが、知恵の実から流入した情報は以前としてブリ雄の中に存在したままだ。


(この情報、どうにかした方が良いのか?。いや、やっぱ止めた方がいいよな……)


そうやって起こした安易な行動の結果、ブリ雄を危険な目に合わせてしまったのだからと、蒼一は余計な真似はせず静かにブリ雄が自然と目を覚ますのを待ち続けた。


それから時間も経ち日が暮れてた頃、気を失ったブリ雄が風邪をひかないよう周囲の気温を一定に保ちながら蒼一がブリ雄の目覚めを待っていると、ゆっくりとブリ雄の瞼が開かれていく。


(ブリ雄!目が覚めたか!身体は大丈夫か!?)


聞こえていないとは分かっているが、それでもそう声を掛けずには居られなかった蒼一が心配しながらブリ雄を観察していると、目覚めたブリ雄は周囲をグルリと見回した後、徐に喉に手を当て、その掌から淡い光が零れ出す。


(な、なんだ!?)


発光するブリ雄の掌、それに触れていた喉を構成する遺伝子の情報が組変わっていく様子を見て蒼一が混乱していた、その時――


「――これは魔術でございますよ、蒼一様」


(………………は?)



聞こえて来たその声に、蒼一は本日二度目の思考停止に陥る。


(え?あ、う?)


一拍を置いて再起動を果たした蒼一だが、思考回路は混迷を極め、状況を飲み込むまでに世界にとっては多大な時間を要しはしたが、最後には意識をブリ雄の方へと向けた。


(ブリ雄、なのか?)


「はい、蒼一様」


(俺の言葉が聞こえているのか?というかなんで俺の名前を?)


もしや今までずっと聞こえていたのではないかという考えが一瞬脳裏を過ったが、だとしても自分が蒼一だなんて自己紹介した記憶も無ければわざわざ言葉に出した覚えも無い。


何度記憶を遡ってもブリ雄が蒼一の名を知っている理由が分からず、蒼一が疑問を抱いているとブリ雄がその答えを口にした。


「蒼一様がお創りになったあの木の実でございますよ。あれには蒼一様ご自身の情報も多分に含まれておりましたので」


(俺の情報も?…………あっ!)


そう告げられた蒼一はどうしてそんな事になってしまったのか、その原因に思い至る。


知恵の実を作ろうとした時、蒼一は木の実にそのまま世界が内包する知識をぶち込むような真似はせず、一旦自分の所を経由してから知識を木の実に移すという行程を挟んでいた。

その理由としては直接繋げてしまうと情報が勝手に木の実へと流入してしまい情報量の調整が難しく、また繊細な作業をするならば一旦自分の元に引っ張って来てからの方がやり易かったからだ。


ただその結果として世界が内包していた知識と蒼一という個人の知識が混ざり合い、その混合物が知恵の実に知識として内包さてしまったのだろう。


(ちなみに俺の情報って、具体的にはどれくらい知ってるんだ?)


「どれくらい、ですか。そうですね、小学生の頃に初恋の子の気を惹こうとその子が傍にいるタイミングで歌を歌い、翌日くらいに"煩い!"と言われて意気消沈としていた、とか」


(あぁ……うん、そっかー……出来ればその情報は忘れて欲しいなぁ)


それは蒼一の若気の至り、どういう思考回路でそういう考えに思い至ったのかは分からないが、当時よく遊んでいたゲームのオープニング曲を自信満々に歌って隣に座っていた女子の気を惹こうとし、こっ酷くフラれたという蒼一の黒歴史。


そんな黒歴史が出てきたという事は名前や性別、身長、体重といった個人情報だけではなく、蒼一が今まで生きて来て、そしてあの知恵の実を完成させるまでの全ての情報がブリ雄に渡っていると考えてまず間違いはない。


「忘れろですか……正直難しいですね。これらの情報は脳の記憶領域ではなく魂に情報として刻み込まれてしまっているで、申し訳ないですが情報の劣化は不可能です」


(そうか、そうかぁ……)


己の過去の恥部、その全てがブリ雄に伝わってしまったのかと考えるだけで、蒼一は今すぐにも消えてしまいたいという感情に支配されてしまう。


そんな蒼一の思考を読み取ったのか、ブリ雄が蒼一をフォローしようとする。


「蒼一様、他人に知られたくない恥部というのは誰しもが一つや二つ持っているものです。確かに蒼一様の場合はそれが多少多いように感じられますが、十分許容範囲でしょう。オンラインゲームのチャットで誤爆し、仲間内へ向けて自慢げに語った"俺の嫁"発言を当時付き合っていた女性とギルドメンバー達に聞かれたくらい可愛い物ですよ」


(やめろォッ!それ以上俺の古傷を抉るなァ!!)


フォローという名の追撃を食らった蒼一が吼えると、ブリ雄はこれ見よがしに肩をすくめて見せた。


「そうですね、意地悪もこれくらいにしておきましょうか。蒼一様も十分恥ずかしい思いをしたようですし、これで帳消しとしましょう。ですから蒼一様もこれ以上私の事で気に病むのは止めてください」


(ブリ雄……お前)


ブリ雄の言動の意味を理解した蒼一は驚いた様子を見せ、直ぐに言葉を重ねる。


(ごめん、ブリ雄……謝って済むような事じゃないけど)


「そう思うなら謝らないで下さい。これで帳消しだと言ったでしょう。蒼一様に悪意が無かった事も、あんな事が起こるだなんて予想も出来なかったというのも、良く理解しておりますので」


そんなつもりは無かった、悪意はなかったなんて、そんな言葉で済ませて良い程蒼一がやらかした事は軽い物では無い。


一つの命――否、一つの存在をこの世から消し去りかけたのだ。

謝って済むような問題では無いというのは分かるが、かと言ってじゃあどんな償いであればそれを赦されるのかと問われれば、答えられる者は居ないだろう。

存在を消滅させかけたという特級の異常事態を帳消しにする贖罪なんて蒼一は分からないし、ブリ雄も知らない。

結果だけ見れば被害らしい被害も無いのだからそれを補填する事で贖罪とするという事も出来ない以上、結局この手の問題の落としどころとしては被害者が加害者の謝罪を受け入れ赦すというのが後腐れのない解決方法なのだろう。


結局謝り続ける蒼一の言葉をブリ雄は受け入れ、それで今回の事は手打ちとなるのだった。

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