独りぼっちは寂しい
蒼一が異世界にやって来て――正確には異世界となり、ゴブリンモドキ達を飢饉から助けてから一週間が経っていた。
ゴブリンモドキ達はどうやら祭壇に自分達の祈りが届いたと思っているらしく、あの岩を乱雑に積み上げただけの祭壇の周りには色々な供物が備えられるようになった。
蒼一が改竄した巨大木の実を始め、ゴブリンモドキ達が手作りしたと思われる藁人形的な何かや、石を削って作った槍、捧げものとしてどうなんだというランナップも多分に含まれてはいたが、それが蒼一に向けた感謝の印と思えばその内容は兎も角、喜ばしいと感じるのは当然だろう。
日に日に元気になっていくゴブリンモドキに増えていく捧げもの、蒼一は気持ちが満たされていくのを感じながらも、それに呼応するように別の感情が蒼一の中に生まれるようになった。
(コイツらと意思疎通が出来るようになればなぁ……)
それは疎外感、自分もここに居るというのにそれに誰も気が付かないという状況に、蒼一はモヤモヤとした感情を抱く。
これまでも何度か意思の疎通を図ろうと地面を操って文字や記号、絵などを地面に描いてみたりもしたが、文字や記号は論外、元居た世界の言語がこの異世界で通じる訳も無いしそもそもゴブリンモドキが文字や記号を理解出来る程知能に優れているという訳でもない。
絵の方は興味を引く事に成功し、面白がった何匹かが真似をして地面に落ちてた枝を使い地面に何かを描いたものの、とてもじゃないが意味のあるものには見えなかった。
肉体さえあれば身振り言語で意思疎通が出来たであろうが、生憎実体のない意識状態の蒼一には無理な話だ。
(土人形は失敗だったし……どうしたものか)
前に土を操って人型を作り、それを使って意思疎通を図ろうとした事があったのだが、突然地面から生え出てきた人形にゴブリンモドキ達は怯えて逃げ出してしまい、意思疎通どころではなくなってしまった。
(コイツらと意思疎通出来る方法かぁ……難しいなぁ。もう少し知能が高かったら――)
そこまで考えて、ふと蒼一の頭の中にある考えが浮かぶ。
世界そのものとなった自分の力を使えば、ゴブリンモドキ達の知能アップも可能なのでは?。
(具体的には情報を弄れば……いやいや、どこをどう弄れば知能が上がるかなんて分からないし、迂闊に情報を書き加えたりなんかしたらどんな不都合が発生するか)
生き物が保有する情報量は木の実なんかとは比ぶべくもない。
あの小さな木の実一つに何億回という試行回数を重ねたのに、それを生物でやろうと思うと少なくとも十億、百臆どころか兆という試行回数が必要になってしまうだろうし、その間にどれだけの命がその実験の犠牲となるかも分からないのだ。
自分の寂しさを紛らわす為だけにそんな命を弄ぶような非道な真似は出来ないしやりたくもない。
(はぁ……異世界なら装備したり食べたり飲んだりしただけで知能が上がる不思議アイテムとかないかなぁ……まぁ、あったとしてもそれをどうやって入手するかって話だけど)
世界そのものとなり全能の力を得たようにさえ思われる蒼一、実際世界そのものと化しその全てを自由自在に操れるのだから全能と言っても過言ではないのだろう。
ただ問題はその力を今の蒼一ではまだ十全に活用する事が出来ていないという事だ。
世界に流れる情報を理解する事が出来ず、弄る事が出来るのも既存の設定値を動かす程度で新たに設定値を書き加えたりといった真似はまだ出来ない。
いや、やろうと思えば書き加える事自体は今の蒼一にも可能だろう。
ただ問題なのは――
(今解読出来てるのは"色"と"大きさ"、それに"質量"だけ、それらを書き加える事は可能だろうけど、それらの情報は全ての物体に既に存在してる情報だからなー……書き加える意味がない)
色に大きさ、質量の存在が情報しない物体にならば意味があるだろうが、じゃあそれは一体どんな物体だと問われれば蒼一には思いつかないし、そんな物があったとしてそれにわざわざその設定値を書き加える必要性も分からない。
結局、現状の蒼一では世界としての機能を一割どころか五分も発揮する事が出来ないというのが正直なところである。
(打つ手はない、か)
ゴブリンモドキ達との意思疎通は諦めるしかない――そう考えながら蒼一が木の実を頬張るゴブリンモドキ達の幸せそうな顔を眺めていた時、ふと蒼一の脳裏にある考えが浮かぶ。
(知恵……木の実……そうだ!)
その想い付きを早速実践すべく、蒼一は一週間探し当てたあの木の実の群生地へと意識を向けるのだった。