食料の情報改竄
ゴブリンモドキとの再遭遇から暫らく経ち、一人と一匹――否、一世界と一匹は森の中を当ても無く彷徨い続けていた。
「グィ……」
(見つからねぇなぁ)
物悲し気に鳴くゴブリンモドキに聞こえもしない相槌を打ちながら、蒼一は食べられる物を探して地面や枝先へと視線を向けていく。
(お、今度のこれはどうだ?)
蒼一がそれらしき物を見つけて、ゴブリンモドキがそれをスルーしそうになった時は枝を揺らして注意を引き、ゴブリンモドキにそれが食べられる物かどうかを判断して貰うという事を繰り返していた。
「グゥゥ……」
(これも駄目か……)
ゴブリンモドキがたわわに実った木の実へと視線を向けた後、小さく喉を鳴らして視線を逸らしたのを見て蒼一はこれが食べられない物であると理解する。
(こうしてみると随分と喰えない物が多いんだな……安易に手を出さなくて本当に良かった)
試行錯誤を繰り返した後にゴブリンモドキ達に見向きもされない場合も悲惨だが、それ以上にもしゴブリンモドキ達が飢えに耐え兼ねてそれを口にしてしまい、それが原因で死んでしまえば蒼一は一生のトラウマを抱える事になっただろう。
そうして何回ものゴブリンモドキチェックを経て、島を半周したのではないかという頃、ついにそれは見つかった。
「ギャ!ギャァ!!」
(んお、どうした?)
突然騒ぎ出したゴブリンモドキに蒼一が周囲を見回すも、特段変わった物の姿は見えない。
(興奮してる?一体何に?激昂してるとか怯えてるというよりは、喜んでるような……まさか)
その答えを確かめるように蒼一がゴブリンモドキの視界の先、上へと視線を向けて見るとそこには空を覆い隠す豊かな緑とそこから差し込む木漏れ日、それと――
(これか!)
視界に映った小さな木の実に蒼一はゴブリンモドキに一歩遅れて興奮を露にした。
(でかしたぞぉブリ雄!)
"ブリ雄"とは行動を共にする内に蒼一が勝手に名付けたこのコブリンモドキの呼称であり、ゴブリンっぽい生き物で性別が雄だったのでブリ雄という、何とも安直なネーミングだ。
これが雌だったなら"ブリ美"とか"ブリ子"と名付けられていたかも知れないと考えると、まだブリ雄の方が数段マシだろう。
閑話休題――島を半周してようやく見つけた食料に蒼一とゴブリンモドキのブリ雄はわいわいと騒いでいたものの、蒼一は直ぐに気持ちを落ち着けると、その小さな木の実へと意識を向ける。
木の実の一つ一つは指の先程の大きさで、数はそれなりにあるが飢餓状態にある三十匹近いゴブリンモドキ達を満腹に出来る程ではない。
ならばやる事は一つであり――
(よぉし、こっからは俺の出番だ任せとけ!)
蒼一はそう気合を入れると、目の前の木の実の情報改竄を開始するのだった。
木の実の情報を手当たり次第に弄り回す事数分、試行回数が一億回にも及んでも尚、蒼一はこれといった成果を出せずにいた。
(ぐっ、ここを弄ってもダメ……目に見えた変化が出たのは木の実の色合いが変わっただけか)
これがもし普通の人間であったなら、先の見えない難行に心を壊して居ただろうが、幸いにも世界となり肉体を失い精神構造に変化が現れたのか、蒼一はこの難行を前にしても心が壊れるような事も無く、むしろ活き活きとした様子で解析作業に勤しみ、その間も一緒に行動していたブリ雄は地面に落ちた木の実を食い漁る。
(生前だったら間違いなく"こんな訳の分からんコードが読めるかァ!!"って匙を投げてただろうなぁ……というか、この何もやるべき事が何もないという状況だからこそ嬉々として作業に没頭出来たのかもしれないなっと、さて後弄ってない部分は……これか)
何気なくスクロールバーをスライドさせるように情報を動かしたその時だった、蒼一が情報を改竄していた木の実が突然枝に吸収されるように消えてなくなった。
(お?今のはもしや)
その光景を見て蒼一は別の木の実へと意識を集中させると、今度は先程弄った情報を反対方向へとスライドさせる。
するとまだ青かった木の実は赤く色付き、次の瞬間に茶色に変色して一瞬にして腐り落ちてしまう。
(これは……言うなれば生育度合いのパラメータってところか?)
まるで時間を巻き戻したように木へと取り込まれた木の実と、それとは正反対に一瞬で成熟して腐り落ちた木の実を見て、蒼一は今弄った情報が木の実の生育を示すものであると推測する。
(今欲しい情報ではないけど、これは覚えておいた方が良いな)
今後この情報さえ見つける事が出来れば、作物などを種から一瞬で成長させて収穫するという事も出来るようになる筈だ。
(でも今は大きさの情報を見つけるのが最優先だ。成長させても大きさに変化が無いのは分かったしな)
このままではゴブリンモドキ全員の腹を満たす事は不可能であり、木の実の巨大化は必要条件だった。
(お、おぉぉぉぉぉ!?)
そうして更に試行回数を重ねる事数百万回、蒼一はついに大きさの情報を探り当てた。
情報を弄り回す毎に目の前の木の実が大きく膨らんだり小さくなったりを繰り返すのを見て、心の中でガッツポーズをする。
「ゲギャァ!!ギャア!!」
巨大な木の実を見て興奮したのだろう。
ブリ雄が巨大化した木の実の下で飛び跳ねながら全身で喜びを表現していた。
(ふふふ、そうかそうかブリ雄も嬉しいか!でもちょっと待ってろよ。この木の実は色々弄り回した奴だからな……見た目は元のままでも何か可笑しな事になってる可能性はあるし)
実験の為に散々弄り回したので成分などがどうにかなっている可能性は非常に高く、最悪食べれば死んでしまうという可能性も考えられると、蒼一は改めて一切の手を加えてない木の実を選び、大きさの情報を書き換えていく。
小指の先程の大きさしか無かった木の実がまるで風船のように膨らんでいき、拳大の大きさからバスケットボールくらいの大きさまで膨れ上がると、ブリ雄の興奮も最高潮に達していた。
(よし、これだけデカければ腹もいっぱいになるだろ。後はこれを木の枝から切り離せば)
蒼一がそうやって巨大化した木の実を枝から切り離した時だった。
一陣の風が森の中を吹き抜けていき、その風に攫われて巨大化した木の実が天高く舞い上がり、空の彼方へと消えていく。
「…………」
(…………)
天国から地獄への急転直下、目の前で食べ物を取り上げられたブリ雄が愕然とした顔で空を見上げる横で、蒼一は嫌な考えに辿り着く。
(まさか大きさは変わったけど、質量はそのままなのか?)
バスケットボール程の大きさの木の実がもしその見た目通りの質量を持っていたならば、風に攫われるような事は無かった筈、即ちあの木の実は見掛け倒しで文字通り空気を入れた風船のような物だったのだろう。
(大きさだけでなく、質量の情報も探し出して一緒に改竄しなきゃいけない訳ね……)
億を超える試行回数を経てようやく成功したと喜んだのも束の間、その成果が無駄であったと悟り思わず挫けそうになる蒼一だったが……
「グゥゥ……」
そのすぐ傍で両目から雫を零し悲しそうに鳴くブリ雄の姿を見て、蒼一は今一度自身に活を入れる。
(だぁぁぁ!もうこうなりゃ自棄だ!何億回でも、何兆回でもやってやろうじゃねぇか!!)
そう奮起した蒼一は更に数分後には見事質量の情報を探り当て、その際増大した質量によって密度と重量の増した木の実が枝から千切れ落ち、まるで弾丸のように地面を抉りそれに危うくブリ雄が貫かれそうになるといった事件も発生したが、最終的には大きさに見合った質量を持つ木の実の改竄に成功した蒼一は、無事にゴブリンモドキ達の食料問題を解決するのだった。