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バハムートの牙

狂気の森で倒したモンスターを見せて欲しい、そう言われたブリ雄はこの難題を乗り切る為、蒼一に声を掛けた。


「蒼一様、少々宜しいでしょうか」

「ん?どうした?」

「実は狂気の森で狩ったモンスターを見せて欲しいと言われましてね、蒼一様に問題ないか確認しようと思いまして、何分大きさが大きさですから」

「……え?」


ルドルフとの会話に夢中になっていた蒼一にとってその言葉は寝耳に水であり、蒼一の頭が一瞬真っ白になるも、即座に再起動を果たし状況判断に入る。


(待て待て、なんでそんな話になったんだ?ブリ雄なら言い訳の一つや二つ考えらえるだろうに……そうしなかったって事は何か当てがあるって事なんだろうけど、俺らが狩ったモンスター以外に見せられる物なんて――)


蒼一がそこまで考えた時、不意に蒼一の脳裏にとあるモンスターの名前が過った。

狂気の森というネームバリューを背負うに値するモンスターの死骸、そしてブリ雄が口にした"大きさ"という言葉から導き出される答えは蒼一の知る限り一つしかない。


「まさか、アイツを出す気か?」


蒼一の脳裏を過ったのは海神バハムートの死骸、蒼一の肉体を作る為に肉や内臓の一部は消費したが山のような巨体から人間一人分の肉を剥ぎ取っただけなのでその大部分は未だに異空間の中にしまい込まれたままであった。


蒼一はぐるり倉庫を見回し、空いてるスペースの広さを確認する。

ブリ雄との戦闘で下半身を欠損しても尚、その亡骸は小さな山と形容出来るくらいの大きさがありとてもじゃないが倉庫に収まるサイズではない。


「どう考えてもここじゃ収まり切らないだろうに、この区画を潰す気か?」

「勿論全てを出す訳じゃありません。精々が太い牙の一本程度です」

「それなら……まぁ、収まるか?」


バハムートの口から生え伸びた太い四本の牙、あのサイズ感を思い出しながらそれならギリギリここに収まらない事も無いかと思案する蒼一を他所に、二人の会話を端で聞いていた職員が恐る恐るといった様子でブリ雄に声を掛ける。


「何か凄い不穏な会話が聞こえて来たんだが、一体何を狩って来たんだ?」

「それが私達も名前は知らないのですよ。他のモンスターなら倒さずとも躱したり振り切ったりは訳ないのですが、今回出そうとしているモンスターは今まで見た事も無い新種でこちらの探索範囲を凌駕する圧倒的な知覚を持ち、その巨体に似合わぬ俊敏さで追いかけて来ましたね。振り切る事が出来ずに止むを得ず相手にした一体なのです」


ブリ雄が案じた一計とは問題点のあった前者を採用したものだったが、全てのモンスターを躱して来たと言った場合と殆どを躱す事は出来たがどうしても無理なものがあったという場合、その差異は一体のモンスターに見つかったか否かの違いでしか無いが、それによって相手に与える印象には決定的な違いが生まれる。

たった一度の失敗も無いなんてそんなものはあり得ない、完璧なんて幻想だと疑われるのが常だが、たった一度の失敗でもあれば途端に現実感が出て本当かも知れないと信じてしまうのが人間だ。


「百聞は一見に如かず、とりあえず出して見ますか」

「待て待て!そんなにデカイならこんなところで出すんじゃねぇ!ちょっと端の空いてる方に移動するぞ」


職員に連れられ、蒼一とブリ雄、それにルドルフ達も一緒になって倉庫の角の方にあった空いてるスペースへとやって来る。


「ここなら大丈夫だろ……いいか、一気に出すなよ?ゆっくり、ゆっくりで頼むぞ?」

「分かっています。それでは――」


そう言ってブリ雄は杖を構え、もう一度異空間への入り口を開く。

但し先程とは違い地面に対し入り口が水平になるようにではなく垂直に、横向きに取り出すような形で穴を広げる。

壁に沿うように空いた真っ黒な穴の中心から白い牙の突端が姿を現し、それが一メートル、二メートル、三メートルとその姿を露にしていく度に騒めきが走り、十メートルを超えた辺りで誰もが言葉を失った。

一向に途絶える気配のない牙にもしも根本の太さがあの異空間の入り口と同じ太さなのだとしたら、ここから更にどれだけ伸びるのだと誰しもが不安を抱く。


「おい蒼一、これ本当にここに収まるんだろうな?」

「……多分?」

「多分って何だよ多分て、お前は一度見てんだろ?」

「いやぁ……こうしてみると本体がデカ過ぎて相対的に小さく見えてたけど、牙単品で見ると思ったよりもデカかったんだなぁって」

「それはつまりここには収まんねぇって事じゃねぇか!!」


過少評価していた状態の蒼一ですら"収まるかも"と疑問符を浮かべていた時点で、その評価が改められた今、倉庫に収まり切らないと悟ったルドルフが声を荒げる。


「おやっさん、もう十分だろ。倉庫の壁に穴が開く前に止めとけ」

「ギリギリまで見てみたいところだが……ッチ、しゃーない。もうしまって良いぞ!」


これ以上見続けたところで牙が太くなっていく様しか見れないと分かったのだろう。

職員がそう言うとブリ雄はバハムートの牙を異空間に収納し、圧倒的な存在感を放っていた牙が姿を消した事で周囲の空気が幾分か和らぐ。


「あんな大きな牙を持つモンスターが狂気の森に居るなんて、驚き」

「驚きっていうか、そんな巨大なモンスターが居るなら森の外からも姿が見えて大騒ぎになってるでしょうし、普通に考えて有り得ないわよ」

「あぁ、発見されなかったのは単純にこのモンスターが基本的に地中を移動するモンスターでしたので仕方ないかと」

「地中を?そんな巨大なモンスターが地中を掘り進んでたら地盤とか滅茶苦茶になるんじゃないか?」

「恐らくドマリオと同じく地中を掘るのではなく泳ぐ(・・)モンスターなんだろうよ。魔術を使って土や岩の中を水中のように移動するんだ」

「そんなモンスターが居るのか……」


ガルフの疑問にルドルフがそう答え、その解答にガルフ達が驚きを露にする横で顔には出さなかったが蒼一も内心で驚いていた。


(流石ファンタジー、そんなモンスターも居るんだな……海から上がれないだろうと高を括ってたが、まさかレヴィアタンもその気になれば地中を泳いで大陸までやって来れたりしないよな?)


気絶させた隙に通り抜けた為に追われるような事は無かったが、もし気絶させず強引に通り抜けていたら……嫌な想像に蒼一は一人身震いする。


「どうした蒼一、なんか震えてるみたいだが」

「いや、さっきの牙を持ったモンスターの同族というか、同類というか……気絶させて逃げて来た類似存在の事を思い出してちょっとな」

「……今凄い嫌な単語が聞こえて来たのは私の気のせいかしらね」

「止めろカリル、この世には気にしちゃいけない事ってのがあるんだよ。俺らが狂気の森に行かなきゃ気にする必要も無い情報だ。今の話は忘れよう」


正しくは狂気の森ではなく沖に出たらの話なのだが、それを知らないのはガルフ達にとっても幸運と言えるだろう。

先程の牙の持ち主が自分達が海神と呼び恐れているレヴィアタンと同じ怪物と知れば、その動揺は今の比では無かった筈だ。


こうして上手い事真実を隠しつつ、蒼一とブリ雄は当初の予定通りモンスターの素材を精算する事が出来たのであった。

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