始まらない"物語"
蒼一とブリ雄が森の中でモンスターの捜索を始めてから二時間、蒼一の世界としての知覚のおかげで様々なモンスターを狩り、二人はそろそろ街道に出て街を目指そうという段になっていた。
「色々と狩れましたが、こうしてみると蒼一様が最初に相対したあのモンスターはかなり手強い部類だったようですね。あれは後日換金して貰いましょうか」
「あー……そうだな」
「蒼一様?」
気の抜けた返事を返す蒼一にブリ雄が訝し気に名前を呼ぶ。
「どうかなされたのですか?」
「いや、どうにもなってはないんだが、だからそれが引っ掛かるというか」
その要領を得ない返事にブリ雄は少々考えた素振りを見せつつ、質問を投げた。
「この森に何かあるのですか?」
「いや、この森になんかある訳じゃないんだ。どっちかっていうとあるのは俺っていうか、いやこの場合は無いのか?」
「もう少し要点を分かり易くお願いできませんか?」
流石にそんな曖昧な返事ばかりでは何時まで経っても分からないとブリ雄がそう聞き返すと、蒼一は言葉を選びながら答える。
「お前に堕し児についてはブリ雄にも説明したよな?」
「えぇ、私が寝ている間にいらした創造神という方から聞いたお話の事ですよね?」
「じゃあ堕し児が持つ"物語"ってのも覚えてるか」
「それは勿論覚えていますが……もしや蒼一様」
「あぁ、創造神の話だとかなり強制力の強いって話だったし、この手の話じゃ人里に降りて来た主人公ってのはまず最初に襲われている人間を助けたりするのがテンプレなんだ。だからそういう場面に遭遇したりするもんかと警戒してたんだけど」
「今のところその気配はありませんね。なるほど、だからですか」
蒼一が何を気にしていたのかをようやく理解したブリ雄は、小さく溜息を吐くと蒼一に向き直ってから口を開く。
「蒼一様、あまりご自身の事について思い詰めないで下さい。創造神様が仰っていたように、それはもう運命なのでしょう?。思い詰めてどうにか出来るなら、創造神様や管理神様も苦労はしない筈です」
「でもさ、俺の所為でどこかで誰かがピンチになってたとしたら、それは何としても助けないと――」
「蒼一様、自分の所為だなんて言葉はお辞めください。全てを悪い方向に考えていては身が持ちませんよ」
「そうは言ってもなぁ、ブリ雄……」
どうしても悪い方へと考えてしまう蒼一に対し、ブリ雄は落ち着いた声色で諭すように告げる。
「でしたらこうお考え下さい。自分のおかげで救われた命があるのだと、その証拠が私と同胞達です。蒼一様が居なければ私達はもうこの世に居なかったでしょう」
「だからそれは俺が居たから起きた"物語"であって――」
「蒼一様」
何かを言い縋ろうとした蒼一の言葉を語気を強めたブリ雄の言葉が遮った。
「私達は蒼一様に救われました。それは私達にとって何よりも大切な思い出であり、宝物なんです。その宝物を悪く言われるのは……ハッキリ言って蒼一様であろうとも、許容する事は出来ません」
「ブリ雄……」
「だからお願いです。私達の為にも、そして蒼一様ご自身の為にも、それ以上悲しい事は言わないで下さい」
蒼一にとってはブリ雄達の飢饉は自分の"物語"の所為だと考えていた。
それは事実なのかもしれないし、そう考える者の方が多いのかもしれない。
それでも助けられたブリ雄達にとって、それは蒼一の所為などではなく蒼一のおかげなのだ。
蒼一のおかげで生きられた、蒼一のおかげで知識を得た、蒼一のおかげで皆が今幸せになれた。
自らを貶す蒼一の言葉はその思いすらも貶されているようで、ブリ雄にとってはそれがなにより我慢ならないのだ。
「悪かった……そうだな、もう少し前向きに考えてみるよ」
「そうして下さい。物事を悪くばかり考えて気落ちするだけなんて、百害あって一利なしですよ」
「はは、違いない」
ブリ雄の言葉で気を持ち直した蒼一はそう笑って見せた後、直ぐに表情を引き締めて言葉を続ける。
「でも"物語"が始まる気配すらないのは本当に引っ掛かるんだ。こんな恰好のタイミングで何もないってのは、創造神から聞いていた話とはなんか違う気がしてさ」
「そうですね、確かに話しに伺っていた通りであればとっくに何かあっても良いとは思うのですが」
森の中を彷徨う事二時間、何度もモンスターと戦闘になったが襲われている誰かに遭遇するどころかそもそも人の姿さえ見ていない。
「もしや街道に出た途端に馬車が盗賊とかモンスターに襲われてるパターンの方か?」
「モンスターは十分狩りましたし、一旦街道まで出て見ましょうか」
「分かった。そうと決まれば急ぐぞ!」
蒼一は海神が素体となった肉体の力で、ブリ雄は魔術に物をいわせ驚くべき速度で森の中を駆け抜けていく。
途中森を通るよりその上を飛んだ方が早いのではという話になり、二人は途中から空を飛びものの数分で街道に出る。
「さて、こうして上空から見回す限りそれらしい影は見えんが」
「蒼一様、とりあえず一旦街道に降りませんか?。私は兎も角、蒼一様の黒鉄は非常に目立ちます」
「確かに……俺の黒鉄って魔力を使用しているとはいえ魔術じゃなくて完全に科学寄りだしな」
割り合いで言えば燃料に魔力を使っている事以外殆ど科学寄りの為、九対一で科学の産物と言っても良いだろう。
故にこの西の大陸に置いては黒鉄は異質的な存在であり、とりあえずこの大陸に馴染んでいく事が最優先である現状は黒鉄の存在は隠した方が得策だと、二人は街道に降り立つのであった。
物語のおかげで助かったのか、物語のせいで死に掛けたのか、そのどっちと捉えるかはその人次第なんでしょうけどね。
大抵の堕し児はそこで死ぬ程悩んだり悔んだり、或いは"やっぱ堕し児って災厄だな!"と変に吹っ切れたりする奴も居たりする訳ですが、今作に関してはそんなシリアスするつもりは無いですから関係ないね!。
そう言いつつ前半部分はシリアスじゃないかって?。
あれくらいでシリアスなら筆者が普段書いてる作品のシリアスって一体何だって話になりますよ。
特に今ミッドナイトノベルズで連載してる方とかね、基本的に主人公の心をへし折りに行くスタンスでやってるので、シリアスの度合いがこっちとはまるで違う。
おかげで筆者も書いてて心が疲れるので本作の息抜き執筆がすごく楽しいです。