バハムートのムー
前話のシリアスからのこのサブタイである。
まぁ本作自体はシリアス成分薄いですからね。
シリアス成分の殆どは本作外の物語関連だったりですし、本作の基本はほのぼのです。
「という訳でこの島の新しい住人となったバハムートのムーだ!」
「ムー!」
「…………はぁ」
夕方、定期報告をしに来たブリ雄はザックリとした説明で昨夜の出来事を聞かされていた。
「つまりあの神様がまたやって来て、しかも神様の友人……いえ友神を連れて来て、蒼一様も魔術が使えるようにしてくださり、ついでに私が倒したあのモンスターの仔魚を託されたという訳ですか。それに魔術と科学それぞれで発展を遂げた二つの大陸……私の中にあった科学知識の出所がこれでハッキリしましたね」
「あぁ、東の大陸に関しては可能な限り関わり合いになりたくないってのも判明したな。古典的なディストピアだって話だし、面倒しか感じない」
「その意見には賛成です。しかし知らなかったとはいえそんな危険な存在達の抑止力となっていた存在を倒してしまったとは……申し訳ありません」
「そう自分を責めるなよ。元を辿れば素体を探してきてくれと頼んだのは俺なんだし、ブリ雄だけの責任じゃない」
「ムー!」
「ほら、ムーだってそう言ってるぞ」
「……本当にそう言ってるのですか?」
全てをムー!の一鳴きで済ませてしまうバハムートの仔魚に、果たしてそれだけの知能があるのだろうかとブリ雄は疑わし気な視線をムーに向ける。
「ムー!」
「心外だって怒ってるぞ?」
「……確かに、そう聞こえなくも無いですね」
心無しか鳴き声の調子に怒気が込められているように感じ取れたブリ雄は素直にその事実を認め、蒼一の掌の上から迫力の欠片もない眼を飛ばしてくるムーに対して謝罪を述べた。
「すみません。どうやらムーはとても賢いようですね」
「ムー!」
「お、許してやるのか?ムーは優しいなぁ」
そう言ってムーの事を猫可愛がりする蒼一は昨夜開発された黒鉄を装着しており、あれから更に改善点を創造神に伝えた結果、バックパックスラスターその物には手を加えず追加装備として蒼一の両肩にはコンポジット・スラスターが装着されていた。
背部のスラスターとは違い、肩部のスラスターは一見してスラスターには見えない外観をしており追加装甲にスラスター本体が内蔵された形だ。
複合の名の通りそれは単なるスラスターではなく装甲には推進力を得る以外にも別の機能も組み込まれており、そちらを優先したが為にデザインや機能的な問題でスラスターも内蔵式に変わり、噴出口のフィンの向きを変える事で上昇と左右へのクイックブーストは可能になったものの下降に関しては改善されなかった。
これは改善する手立てが無かったという訳ではなく単純に優先度が低く、下降も可能にしようとするとスラスターの可動域を増やす為に内蔵式を止めてスラスターを装甲の外に出さねばならず、両肩からスラスターが大きく突き出た外観を"かっこ悪い"と蒼一が嫌がったのが一番の理由である。
「しかし、大丈夫なのですか?」
「ん?何がだ?」
「その木の実ですよ」
ブリ雄の視線の先には蒼一がムーに餌として与えている蒼く発光した木の実へと向けられていた。
その光度こそ格段に落ちるもののその光は間違いなくブリ雄が過去に口にした知恵の実と同じものだ。
過去に自分の存在が抹消されかけた事を思い出し警戒心を露わにしたブリ雄に対し、蒼一は大丈夫だと管理神から受けた説明をブリ雄にもする。
「大丈夫、ムーは始源を食らって成長する生き物だ。この程度の始源なら問題なく仔魚の頃でも問題なく吸収出来るらしい。知恵の実レベルでも成魚になったら問題なく吸収出来るってさ」
「流石は海神と呼ばれる存在ですね」
「それを単独で倒したブリ雄も大概だけどな」
「蒼一様の始源を一端とはいえ持っている以上、負ける訳にはいきませんでしたから」
「なんだ、その拘りは」
そんな事よりも怪我をしないようにして欲しいなと付け足しながら、蒼一は木の実を大きくしたり小さくしたりを繰り返し、十分に始源が注ぎ込めたところで木の実を指先サイズまで小さくしてからムーの口元へと運ぶ。
ムーはそれをパクリと口に咥えるとモゴモゴと口を動かし、回りの果肉を刮ぎ落としてからペッと種を吐き出す。
それを何度も繰り返し、二十個近くの木の実を食べ終えた頃にはムーも満足したのか膨れたお腹を空に向けるように寝転がり、静かに寝息を立てる。
そんなムーを起こさないよう蒼一は近くの岩の上にムーをそっと置いてから、少し離れた位置でブリ雄との会話を再開した。
「それで、蒼一様はどうするおつもりなのです。西の大陸へ行くつもりですか?」
「出来る事なら行ってみたいけど、その為にもまずブリ雄に相談しなきゃいけないと思ってさ。行こうって思って考え無しに行動に起こせば絶対碌な結果にならなそうだし、何より俺が長期的にこの島を離れるのは問題だろ?」
「そうですね、現状この島の食料事情は蒼一様のお力に依存している状態ですから、蒼一様が暫く不在というのは正直言ってかなり問題ですね」
「……すっげぇ今更な質問するんだけどさ」
そう前置きしてから蒼一は気になった事を尋ねる。
「今までずっとこの島で暮らしてきたんだよな?。食べられる木の実とかが絶対的に足りていない状態で今までどうやって生き延びて来たんだ?」
問題が解決してしまった事で気にしなくなっていたが、以前から住んでいた孤島でどうして飢饉に陥る事になってしまったのか、その原因をブリ雄に問うと少し困ったような顔をしながらブリ雄が口を開いた。
「それが、良く分からないのですよ。いえ、その原因それ自体はハッキリしているのですが、どうしてそうなったのかが分からない、といった感じでしょうか」
「どういう事だ?」
「端的に申しますと島の植物の大多数が突然毒性を発現させたのです。そのせいで可食物が大きく減り、一瞬にして食糧難に陥ったのです」
「やたらめったら食えない物が多いと思ったらそういう……しかし何故急に毒性が?」
「分かりません。何の前触れも無く今まで食べられた筈の物が毒性を有するようになったので」
「良くそれで無事だったな」
ある日突然、今まで食べていた物が食べられなくなる。
それも一つや二つではなく殆どがそうなったのだとすれば、普通に考えれば群れが全滅したって可笑しくはないのに、三十匹以上も生き残った事を考えれば奇跡と言っても良いだろう。
「口に入れた途端舌が痺れるような感覚があったので、飲み込む前に異変に気付いて吐き出したのですよ。何人かがそれを無視して飲み込んで毒死したのでかなり強い即効性の毒だったようです」
「食べられなくなった食べ物の全部がそうだったのか?」
「はい、舌の痺れる感覚も、飲み込んでしまった時の症状も同じと全て同一の毒物のようでした」
「誰かが毒物を島中の食べ物に注入した?いやでもなぁ」
真っ先に思い浮かんだ可能性を口にした蒼一だったが、この島にそんな事をする者も居なければ、そもそもそんな芸当が出来る者すらいない事に気付く。
毒物を用意する事は可能かも知れないが、島中の食べ物に誰にも気取られる事なく毒物を混入させるというのは至難の業であり、同時にとんでもない労力を必要とするだろう。
更に言えばその目的も不可解であり、ブリ雄達を殺す事が目的だったのだとすれば毒殺なんて手段ではなく、他にもっと簡単で効率的な方法だってある筈だ。
そうしなかったという事はブリ雄を殺す事が目的ではないという事なのだろうが、じゃあ一体何の目的でそんな真似をと聞かれれば蒼一もブリ雄も想像する事も出来なかった。
「人為的っぽいんだけど、それ以外何も分からないな」
「兎に角この毒をどうにか出来なければ食糧事情を改善するのは難しいですね。毒をどうにかする以外に方法があるとすれば海に出て魚を獲る事でしょうが、それだけで群れ全体の食料を賄えるかと言われれば、正直微妙ですね」
ブリ雄達が入れる浅瀬にもそれなりに魚は泳いでいるが、同時に食べられるかも分からない魚も多い。
世界の知識を一部得たブリ雄でもその全ては把握出来ないし、確実に食べられると判断出来る魚は浅瀬の中でも二割に満たない筈だ。
その二割に絞って狙い、効率的に食べられる魚だけを選んで朝から晩まで大人達総出で漁をしたとしても群れ全体の一日分も獲る事は出来ないだろう。
量を得ようとするなら船を作って沖に出るしか無いが、そうなると網や竿等の道具が無いので結局素潜りしか無く、浅瀬よりはマシだろうが獲れる量も高が知れている。
「後は海よりも向こう、別の大陸から食料を得るかですね。転移魔術があるのでこれが一番現実的かもしれません。問題点はアドレス側を転移先の大陸に置いて来なければならない事ですが」
「ソイツは俺が転移のマーカーとなる石杭を持って大陸に渡れば問題ない筈だ。海神対策の機能も創造神に付けて貰ったしな」
「ではその方向で話を進めましょうか。用心するに越した事はありません。しっかり何が必要かを話し合いましょう」
蒼一がこの世界に転生してから二ヶ月、ついに蒼一は孤島の外へと旅立つ時が来るのであった。