世界を管理する神
神を自称する存在が二人の前に現れてから、浜辺には膠着状態が生まれていた。
蒼一を蹴り飛ばした自称神に対しブリ雄は敵対的な視線を向けてはいたが、蹴られた方の蒼一はというと目の前の存在が自分に害を成す存在には見えず、とりあえず会話を試みる事にする。
「えっと、その神様がどうしてこんな所に?」
「ここは私の世界なのだから私が居て当然だろう。むしろそのセリフはこっちが言いたいくらいなのだが?」
「あーはい、それは何というかすみません。でも俺も好きでここに来た訳じゃないんですよ?。信じて貰えるか分かりませんけど、帰宅途中に変な奴らに襲われて気が付いたらここに居たんです」
「あぁ、それは知っている。全く、あの者達も人の世界で好き勝手やってくれる」
「ッ、神様はあの男達の事を知っているのですか?」
自分を異世界に拉致した謎の男達、その正体が分かるのではと期待に満ちた瞳を神に向ける蒼一だったが、神はその視線に心底面倒臭いと言った顔をする。
「お前よりは知っているのは間違いないが、お前が期待する程には知らん。第一私はお前と関わり合いになるのは御免だ」
それは明らかな拒絶の意思、突然現れてはそんな事を告げられ、蒼一は思わず顔を顰めてしまう。
「関わり合いになりたくないと言うなら、じゃあ何で俺の前に現れたんだ?」
敬語も忘れて蒼一はその疑問を目の前の存在にぶつけると、それを気にした様子も無く神は平然と言葉を返す。
「それはお前が迂闊にもその魔方陣に"始源"を注ぎ込もうとしたからだ」
「シゲン?魔力じゃなくてか?」
聞きなれない単語に蒼一がそう問い返すと、神は蒼一のその勘違いを正すように告げる。
「お前の身体を満たしている物は魔力ではなく、その素となった力だ。厳密に言えば魔力に限った話ではなく、この世界に存在する全ての"始"まりであり、全ての"源"なのだがな。この世界における魔力とはその始源を極端に薄めただけの代物なのだ」
「じゃあ俺はその魔方陣に魔力の原液を注ごうとしたって訳か。っで、それが問題なのか?」
「問題に決まっておろう馬鹿者が、濃度が高まればそれだけ行使される魔術の威力も跳ね上がる。お前の持つ始源をその魔方陣にそのまま注いでみろ。この辺り一帯が消し飛ぶぞ」
「それ程、ですか?」
蒼一の中にある魔力――正確には始源がそれ程の力を持っているのかと、ブリ雄が問うと神は呆れた顔をブリ雄に向けた。
「それくらいの判断はして欲しかったのだがな。これではお前を生かした意味がない」
「私を生かした?」
それは一体どういう意味かとブリ雄が怪訝な顔をする横で蒼一が何かに気付いたように神の顔を凝視する。
「もしかしてブリ雄が知恵の実を食べた時、助けてくれたのはアンタか?」
「ふん、お前には知恵を出し導く存在が必要だと考えたまでだ。物事を正しく認識せずに行動する程危険な行為は無いからな。それはお前が良く理解してるだろう?」
ブリ雄の存在を抹消しかけたあの一件と先程の魔方陣の件の事だろう。
どちらも蒼一が正しい知識を持っていなかったからこそ起こった問題であり、蒼一が事前にそれらが分かっていたのなら問題は無かった。
「今のお前は曲がりなりにも世界と同化している状態だ。お前の滅亡はこの世界の滅亡へと繋がる以上、私としてもそれは望ましくない」
「だからブリ雄を助けて、何かあった時に俺の暴走を抑制する為のブレーキ役としたと?」
「そういう事だ。だというのに今回の件があったのでな、肝心のブレーキが作用しなかったので私自ら止めに来たという訳だ」
全く面倒なと不機嫌さを隠す素振りも無く神は二人をねめつけ、そんな視線を向けられているというのに蒼一は何処か穏やかな顔で神を見つめ、不意に頭を下げる。
「ありがとうございました!」
「…………何のつもりだ?」
「神様にそのつもりが無かったとしても、ブリ雄を助けてくれたのは事実ですし、俺もブリ雄を殺さずに済んだんです。あの時聞いていたかもしれないけど、こうして顔を合わせたのなら改めてお礼を言いたかったんです」
「私の都合でやった事だ。礼を言われる筋合いは――」
「言ったでしょう。"そのつもりが無くても"です」
へりくだっている筈なのに、この謝辞だけは受け入れて貰うという強い意志を感じさせる蒼一の瞳に、神が一瞬押し黙り直ぐに何事かを告げようと口を開くも、それよりも先にブリ雄が会話に割り込む。
「私の方からも礼を言わせてください。貴女のお陰で私は今もこうして蒼一様や同胞達と共に居られた。本当にありがとうございます」
出鼻を挫かれ、更に謝辞を重ねられた神はまたもや面倒臭そうに溜息を吐くと、諦めたような顔をする。
「分かった。その謝辞は素直に受け入れよう。それと口調は崩して構わん、敬われるのは慣れていないのでな」
「神様なのに、ですか?」
「神だからこそさ。私は今まで地上に姿を現した事も無ければ他者と関わった事も殆どない。例外は私と同格の管理神達だが、同格故に敬うという事は無かったしな。正直言って神というだけで無条件に媚び諂う者なぞ見ていて怖気が走るわ」
「……そっか、じゃあ口調は戻させて貰うよ」
敬われるのは得意ではないという神の言葉、その口調からそれが気遣いでも何でもなく真実であると理解した蒼一は素直に口調を戻す。
「えっと、じゃあ神様は……そういや神様って名前は何なんだ?」
「名は無い。管理神は各世界に一柱のみ、故に識別子は不要だ」
「え?でもさっきの話だと他の神様と交流があるんだろ?不便じゃないか?」
「あやつらが異常なだけで本来管理神は異なる世界を管理する都合上、互いに接触する事はまず無い」
「しかし不便なのは間違いないでしょう。蒼一様、お礼もかねて名前を考えて差し上げるというのはどうでしょうか?」
「止めんか!壊滅的なセンスで考えた名前なぞ要らんわ!」
「か、壊滅的?」
ブリ雄という安直過ぎる名前を付けた以上、センスが良いだなんて言うつもりは毛頭ないがそれでもまさか壊滅的とまで言い切られるとは、蒼一はショックを受け両膝をつく。
そんな蒼一を尻目に神は何度目かの溜息を吐くと、ふわりとその場に浮かび上がる。
「少々喋り過ぎたな。私はもう消えるとしよう」
「え、もうか?」
「言ったであろう。私はあくまでお前を止めに来ただけであって、堕し児であるお前と関わり合うつもりは無いと」
「ッ――そうだ、その堕し児ってのは一体何のことなんだ!?」
拉致される直前、あの男達も口にした"堕し児"という言葉、その意味は分からないが少なくとも自分がその堕し児と呼ばれる存在だったからこそ狙われたのだろうという事だけは理解していた。
どうして自分が狙われる事になってしまったのか、その原因を知りたいと蒼一は神に懇願するも、しかし
「それを知ったところで何になる。そしてそれをお前に教えて私に何の得があるというのだ」
「それは……」
「望むな、願うな、頑張るな。真実など求めず、お前はただこの島で静かに生きていれば良い」
鰾膠も無く告げられたその言葉に蒼一は今度こそ言葉を失くし、蒼一がそれ以上何も言って来ない事を知ると神はそのまま姿を消すのであった。