異世界という名の身体
説明回は今回まで。
取り合えず次からは暫く説明は少なくなる予定です。
あくまで予定ですが……。
蒼一が異世界に転生させられてから創一にとってそれなりの時間が経ち、異世界そのものという訳の分からない物に魂を入れられてしまった蒼一だが、時間も経てば多少は世界の事も理解出来てきた。
人の身体のような四肢は存在しないが、代わりに風を吹かせたり、地面を動かしたり、波を荒立たせたり、天候を操ったりと視線を動かす事しか出来なかった最初と比べればかなりの進歩だろう。
そしてこの時間で更に判明したのは、今まで蒼一が"ノイズ"として感じていた何かは、どうやら世界の内に流れる情報であった事だ。
情報と言っても言語化されたような代物ではない為、勝手に流れ込んでくるそれを蒼一は情報として認識する事が出来ず、暫く"ノイズ"のようなものと判断していたのだが……それはさておき、肝心の情報の内容だが言語化されていないので蒼一自身それが一体どういう情報なのかはイマイチ理解出来ていない。
ただ漠然とこれは樹木、これは土とそれに含まれる微生物等、かなりザックリとした感じである。
(この情報に何かを書き加えたりすれば多分それそのものに干渉出来るんだろうけど、可読性が壊滅的なんだよな……それに迂闊に書き込むと何が起きるやら)
そもそも例え蒼一が理解出来る状態で情報が流れていたとしても、他人のソースコードを読む事が苦手な蒼一では世界の構成物一つ一つのコードの解読など不可能に近い。
それとこの勝手に流れ込んでくる情報だが、蒼一の意識がある箇所から一定範囲内に存在する物の情報が流れてくる為、以前に森に入ってからノイズを煩く感じたのは何もない砂浜から木々が鬱蒼と生い茂る森へと移動した影響だろう。
周囲に存在する全ての物体の情報が蒼一へと勝手に流れ込んでくる為、情報の総量は語るまでも無く砂浜よりも森の中の方が圧倒的に多い。
また一度海を渡り人の居る大陸を目指そうとした蒼一だが、海に出た途端海の中を漂う多種多様な生物の情報が滝のように流れ込み、とてもじゃないが処理が追い付かなくなり早々に孤島へと引き返していた。
(あー、俺は一体何すれば良いんだろうか。幸い……とは言いたくないけど、人としての身体が無いから餓死する事も無いし、外敵の心配も皆無だからな。お陰で暇で暇で仕方ないが)
当然だが人間の身体ではない為、食事を取る必要も無ければ寝る必要もない……というよりは、肉体が無いのだからそもそもそれらの行動が一切出来ないと言った方が正しいのだろう。
その為、暇だからといって寝て過ごすという事も出来ず、意識のシャットダウンが不可能な蒼一は暇潰しに肉体が無くても出来る言葉遊びや思考ゲームに興じていたのだが、それにも世界特有の問題点があった。
(しりとり、リス、スイカ、カラス、スリッパ、パンダ、ダイス、ストーカー、カメラ、ラクダ、堕落、クリ、理科室―――(中略)―――マラカス、スリランカ、カメレオン……あ、終わった)
一人しりとりを終え、自分は一体何をしているのだろうという虚しさを感じながらも蒼一が真っ直ぐに森の方を見つめる。
(今回は結構続いたんだけどなぁ……開始前に舞い散ってた木葉がまだ地面に落ちてない。実際には一秒たりとも掛かってないんだろうな)
そう、世界特有の問題点、それは情報処理能力の高さであった。
世界として自身に流れる多大な情報を処理する必要があるのだから、その処理能力も当然人間の脳なんかと比ぶべくもない。
普段の思考が途方もない速度で処理出来るという本来であればプラスに働く筈のその処理能力も高さも、暇を持て余す蒼一にとっては暇潰しで一切暇を潰せないというデメリットでしかないのである。
無論、それ程の処理能力があったからこそ、蒼一はこの短期間の間に大雑把でも世界の使い方を覚えられた訳だし、それには蒼一にとってはそれなりの時間を要したものの、実時間に換算して一時間も経っていないと考えれば有能な能力である事に違いはない。
これでも蒼一はまだ世界としての機能を十全に発揮出来ておらず、その証拠に海を越えようとした際、流れ込んでくる多種多様な生物の情報に頭がパンクしたのが正しくそうだ。
そして最後、それなりの時間を掛けて蒼一が出来るようになった事の一つで、それはこの世界の歴史や知識を読み取れるようになった事。
但し選んで読み取るというよりはこれも閲覧しようとした途端に勝手にどんどん流れ込んでくる為、欲しい情報だけとはいかないし、記録にアクセスし続ければ直ぐに頭がパンクしてしまう。
これも世界そのものとして存在している弊害だろうが、世界内に存在する情報を得ようとすると、どうしてもそこにある全てが見境無く流れ込んできてしまうらしい。
(どうにかして情報の取捨選択を出来るようにならないと、こんなごった煮状態じゃ分かるものも分からなくなる)
とはいえ、今の蒼一にはそんな芸当が出来る筈もない。
やるべき事も分からず、暇潰しで暇も潰せない蒼一は、不意にあのゴブリンモドキの事を思い出す。
(アイツは一体何を探していたんだろうか。一匹みたいだったし、もしかして仲間が居るのか?。ちょっと気になるな)
現状、やれることも何もないからと、蒼一はあのゴブリンモドキの様子を見に行く事にしたのだった。