適切な距離感
あの鍋パーティから数日、蒼一は一人森の中を歩いていた。
元の身体と比べるとどうしても違和感を感じずにはいられなかったの身体も、何だかんだと数日過ごすうちに慣れてきて、今ではその違和感も気にならない。
一度安定を得ると人間(?)というのは欲が出てくるもので、蒼一はある願いを叶える為に朝早くからブリ雄に会いに行くべく巣穴を目指していた。
「お?」
そんな時、進行方向から蒼一の方へと近づいてくる人影が見える。
その人影も蒼一に気が付いたのか、一瞬だけ足を止めるも直ぐに歩を進め蒼一からも近づいていく。
「おはよう、イーサン」
「おは、ようざいま、す」
互いの姿がハッキリと視認できる距離まで近づいてから蒼一が挨拶をすると、イーサンと呼ばれた男は拙い挨拶を返しながら一礼する。
「仕事、頑張れよ」
それだけ言って蒼一はイーサンとすれ違い、巣穴の方に向かう。
道中、イーサンと同じように食料調達に向かう者や巣穴近くで自分の役割に従事していた者達と会い、軽く挨拶を交わしていく。
あの鍋パーティから皆の蒼一に対する接し方は明確に変わった。
以前であれば顔を合わせれば畏まって頭を下げるだけで、酷い場合は気分を害してはいけないと立ち去る者も居たくらい腫れ物のような扱いを受けていたが、今はそれも無くなり挨拶すれば拙い挨拶を返してくれるし、一回頭を下げるだけで後は蒼一が傍に居ても気にせず仕事をするようになり、蒼一としても非常に接しやすくなったのは間違いない。
可能ならブリ雄くらい気安く接してくれた方が蒼一としても有難いのだが流石にブリ雄と同程度を求めるにはまだ距離が詰め足りないし、蒼一を敬う気持ちが邪魔をしてブリ雄程気安くはなれないだろう。
無論、ブリ雄に蒼一を敬う気持ちが無いという訳ではなくブリ雄の場合はそこのところを上手く両立させているだけで、蒼一を敬うという気持ちだけで言えばむしろ他の者よりも強いくらいだ。
蒼一は気が付いていないが、鍋パーティが始まった当初、まるで神事のようだと感じていた蒼一だったが実際ブリ雄はそういう方向へと誘導していたのだ。
ブリ雄も蒼一の思いを汲み取り皆と距離を詰める事それ自体には賛成していたが、しかしそれによって蒼一をに対し礼を欠く程気安く接する者が出る事を懸念していた。
ブリ雄が目指す最善の形は皆が必要以上に蒼一を恐れないようにしつつ、それでいて敬う気持ちは決して損なわせないというものであり、それを目指した結果があの鍋パーティだった。
最初は神事のような厳格な雰囲気を漂わせ、自分達は蒼一から恵みを貰って生きているのだと刷り込みつつ、その上で蒼一に対して親近感を湧かせる為にブリ雄はクレアの存在を利用した。
元々蒼一には皆が気軽におかわり出来る雰囲気を作る為に、最初におかわりさせるのは子供にしようという話は通していたのだ。
クレアの役割を大人にやらせると間違いなく緊張が他の者達だけでなく蒼一にも伝わり、結局神事のような雰囲気になるだけだっただろうが、クレアが最初におかわりした事によってそんな雰囲気は微塵も無くなり、子供相手という事で蒼一も素で接する事が出来たしそんな素の蒼一の姿を見たからこそ、他の者達も蒼一とはもっと気軽に接して大丈夫なのだと理解した。
唯一の誤算だったのはクレアを見た蒼一がブリ雄の指示を待たずにクレアにおかわりをさせてあげたいと考えた事で皆が好き勝手おかわりをして、全員に最低でも二杯は行き渡る予定だったのに一部の者が三杯目のおかわりもしてしまい、おかわり出来なかった者が出てしまった事だろう。
ブリ雄の予定ではあくまでも厳格な雰囲気が無くなるだけでおかわりに関してはしっかりと列を作って守らせるつもりだったのが、食べ終わってない者がいる中でおかわりタイムに突入してしまったせいでその予定も崩れてしまった。
それでも結果的に見れば蒼一を敬う気持ちは残しつつ、こうして適度に距離を詰める事が出来たのだから成功したといって差支えはないだろう。
そうして出来た気安い雰囲気を堪能しつつ、蒼一は目当てのブリ雄を見つけ声を掛ける。
「おーい!ブリ雄!」
「蒼一様、おはようございます」
「おはよう、朝からで悪いんだがちょっと良いか?」
「はい、何でしょう?」
定期報告の時間を待たずに来たという事は何か緊急性の高い用件なのだろうとブリ雄が背筋を正して蒼一に向き直ると、蒼一は真剣な顔でこう告げる。
「ブリ雄、俺に魔術を教えてくれ!」
イーサンの名前に込められた意味は"強い"や"厳格"といったものです。
別に最近発売されたバイオに影響されたとかそういう訳では無く想い付きです。




