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大きさと質量

悠然とあの場から歩き去った後、自分の姿が全員の視界から離れた途端、蒼一はそそくさと森を走り抜け海岸沿いにぐるっと周り、定位置となった何時もの浜辺へと帰ってきていた。


「はぁぁぁぁ……」


砂浜の上に身を投げだした蒼一が、深々と溜息を吐く。


「しんどいなぁ、まさかこれから顔合わせる度にそれっぽいポーズしてろなんて事はないよな?」


お披露目会の時に見せた蒼一にとっては堅苦しい真似をこれからも続けて行く必要があるかも知れないと考えると流石にそれは受け容れられない。

最悪囲まれる事になっても気安く接した方が良かったのではと考えながら、不意に寝転がった体勢のまま首を曲げて森の方へと視線を向けると森の中から浜辺に寝転がる蒼一を見つめる者と目が合った。

蒼一の事を覗いていたのはあのお披露目会の場にも居た者達の内の一人で、この浜辺が蒼一の定位置である事を知っていた者だろう。

蒼一が居なくなって済し崩し的に解散となった後、蒼一の姿をもう一度見たいと直ぐに浜辺へとやって来たのだが、流石に声を掛けるのはと躊躇っていたら蒼一と目が合ってしまった形だ。


「ッ!」

「え、おい?」


まるで悪戯が見つかった子供のように、覗いていた者は頭をバッと下げると逃げるように森の奥へと消えてしまった。

折角来たなら言葉は通じなくても話くらいして行けば良いのにと思いながらも、逃げてしまっては仕方ないと、手持無沙汰の蒼一は一人オセロに興じる。

その間も蒼一がここに居る事を知っている何人かがやって来たが、誰一人として蒼一に話しかける者は居らず、もう自分から近づいた方が良いのではと考えていた時、草木を掻き分け誰かが背後から近づいてくる気配を感じ取り、やっと来たかと近づいてくる相手を驚かせないようオセロに集中してるフリをしていた蒼一だったが、その誰かが世界としての知覚範囲に入った瞬間、思わず溜息を吐く。


「なんだブリ雄か」

「なんだって何です?。誰を期待してたんですか――というのは、まぁ想像はつきますが」


ブリ雄が森の中からこちらの様子を伺う何人かを一瞥した後、蒼一の対面に座り込み既に並べられていた石の半分を雑に搔き集める。


「取り合えず予定通り、暴走する者が出なくて良かったです。厳粛な雰囲気のまま終えたので一部の積極的な者もこうして様子を伺うだけで迂闊に近づいては来ませんし」

「この状況を予想してたのか?。これならいっそ一回揉みくちゃにされてた方が良かったように思えるんだが」

「腫れ物のように扱われるのが嫌ですか?。しかし蒼一様の為にも皆の為にもこちらの方が間違いなく最善策だと思いますよ」

「その心は?」

「もし気安い雰囲気でお披露目を行った場合、間違いなく揉みくちゃにされていたでしょうし、その後もずっと蒼一様の周囲に親衛隊の如く何人かが張り付いていたでしょうね。具体的には今森の中から覗き込んでる人数くらいが常に蒼一様と行動を共にしたかと」


ブリ雄の言葉に蒼一が森の方を横目に見ると、五人くらいの姿が見えた。


「それは……確かに嫌だけど」

「となれば皆との距離感を一旦離す必要が出る訳ですが、自分を慕う者に対して蒼一様は突き放すような真似が出来ますか?」

「……無理だな」

「でしょう?ならば最初から一定の距離を離してから少しずつ歩み寄って丁度良い距離感を探すのが双方の為なのですよ」

「突き放すよりは歩み寄るって考えた方が、確かに精神的負荷は断然後者の方が軽いもんなぁ」


それは蒼一に限った話ではなく、他の者達も同様であった。

近しい存在から突き放されるより遠い存在から歩み寄って貰った方がショックも受けないしむしろ喜ばしく感じるというのは間違いない。

そこも込みであの場をセッティングしたというのだからブリ雄には先を見通す力には頭が上がらないと、蒼一は素直にブリ雄を賞賛する。


「問題はどうやって距離を詰めるかですけどね。極端に距離を詰めてしまうと結局意味が無いですし」

「適度な距離感を探るってのが難しいな。俺の言葉は通じないし……って、そういやブリ雄は他の奴らとどうやって意思疎通してるんだ?」

「別に難しい事はないですよ。声の強弱や高音低音など声の出し方や身振り言語(ボディランゲージ)で意思疎通を図っているので人間の声帯でも意思疎通は十分可能なのです。それに本当に困ったら声帯を以前の物に戻す事も出来ますし」

「声帯の切り替えが出来るのは便利だな……ところで」


蒼一の視線がブリ雄の脇に置かれた拳程の大きさの木の実へと向けられる。

普段からブリ雄は蒼一とオセロに興じる際は摘まめる物として木の実を持って来ていたが、今日はその量が何時もより多かった。


「その木の実、もしかして俺の分もあるのか?」

「はい、蒼一様の身体を手に入れたのですし、食べますよね?」

「あぁ、ずっとどんな味なのか気になってたからな」


ブリ雄が差し出した木の実を受け取りそれをマジマジと観察した後、蒼一は木の実に思いっきり齧りつく。

シャクリと子気味良い音をさせながら咀嚼する毎に僅かな酸味と甘味を持つ果汁のジュースが溢れ出し、一口齧っただけなのに口の中が果汁でいっぱいになる。


「これ美味いな。有り得ないくらい瑞々しいし」

「そうですね。種も一緒に大きくなってるので果肉の部分は見た目程多くないですが、それでもこれ一個でコップ一杯分の果汁が採れるのではないのでしょうか」

「流石ファンタジー世界の木の実、どこにそれだけの水分が含まれているのやら」

「いえ、この木の実が水分を多分に含んでいるのは蒼一様の力が原因ですよ」

「へ、俺の?」


一個目を食べ終え、二個目に齧りつこうとした蒼一が、ブリ雄の言葉で手を止め問い返す。


「それってどういう事だ?」

「蒼一様は木の実の大きさと共に質量も増やしましたよね?。その際本来の質量を大きく超えた結果、水分が凝縮されてこれ程の瑞々しさを得たのですよ」

「ん?でも俺は大きさと同じ分だけ質量を増やしたんだぞ?。確かに質量は増えただろうけど密度は変わらないと思うんだが……」

「確かに同じ分だけ大きさと質量の値を動かしたのかも知れませんが、例えばこの木の実の元々の大きさが百、質量が十だったとしましょう。そこで蒼一様が大きさと質量を千ずつ足したら……どうなりますか?」

「あ!」


その説明で蒼一もブリ雄が言いたい事を理解した。

確かに蒼一は木の実を大きくした分だけ質量の値も増やしそれでバランスを取ったつもりだったのだが、それを値に換算して考えてみれば木の実の大きさは百から千百と十一倍に増えるが、質量の方は十から千十と百一倍にまで膨れ上がっている。


「元々はさくらんぼのように水分を多く含んだ柔らかい木の実でしたが、大きさに対して質量が大幅に上昇した為、密度が増してこうなったのですよ」

「そう聞くとかなり硬さが増してるな。うーん、単純に同じ分だけ値を増やしただけじゃ元のバランスを維持するのは難しいのか」


手の中の木の実を睨みながらこれは難しい問題だと蒼一は頭を悩ませる。


「まぁそこら辺は追々覚えていきましょう。この木の実に関して言えば私達としてもこっちの方が喰いでがあって有難いですし」

「確かに、噛み締める度に果汁が溢れ出す木の実ってのは実際有りだしな」


大きさと質量の問題については直ぐ片付くような問題でもないと蒼一は今は考える事を止め、口に広がる久しぶりの食べ物の味を楽しみつつ、ブリ雄とのオセロに興じるのであった。

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