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蒼一お披露目会

ブリ雄が外へ出てから十秒、或いはもっと時間が経ったかも知れない。

蒼一にとっては長い時間、外の明りを恨めしそうに睨み続けていた時だ。


タァーンッ!


聞こえて来た地面を杖で叩くその音に、蒼一は歩を進める度に重くなる足をどうにか前へと押し出して、倉庫の外へと出る。


(うわぁ)


飛び込んできたその光景に蒼一は何とか口に出す事無く心の声で留めたものの、表情までは抑える事が出来なかった。

思いっきり顰めっ面をした蒼一だったが、幸いブリ雄を除く全員が平伏している為、その表情を見たのはブリ雄だけだ。


蒼一の視界に映ったのは半円状に並んで平伏する者達とそれらの者が頭を下げている方向の収束地点に再配置された石の祭壇、その祭壇脇に佇むブリ雄の姿。

供物の類はブリ雄が立つ方とは反対側の祭壇脇に積み上げられ、祭壇の上には何もない状態であった。


(あれ、この祭壇って)


再配置した為に乱雑に積んでいただけの祭壇は元の形からは大分変っていたのだが、それ以上に蒼一が気になった部分は物を置くのに適するように真っ平な石を一番上に置いてるのに肝心の供物を脇に避け、祭壇の高さも以前より低くなり膝くらいの高さしかない事だろう。


(これじゃまるで祭壇っていうか椅子みたいに見えるんだが)


もしかしてと蒼一がブリ雄に視線を寄越すと、蒼一の心の声――正確には世界の意思を聞く事の出来るブリ雄はしっかりと頷いて見せた。


(マジですか)


本当にここに座るのかと、出来ればもうちょっと皆とは距離を置きたかったと考えながらも自分が座らない事には進まないと、蒼一は意を決してその元祭壇の椅子へと腰を下ろす。


それを確認してから一拍置き、ブリ雄が杖を地面に二回叩くと今まで平伏してた者達が恐る恐る顔を上げ、椅子に腰掛ける蒼一の姿を見る。


(うっ)


自分に注がれる二十を超える視線に思わず顔を背けたくなるのをどうにか堪え、全員の顔をゆっくり見回すフリをしながら絶妙に視線を晒して精神の安定を図るも、正直言って気休めにもならない。

見回した限り子供の姿が無いのは幼い子供達にこの厳粛な雰囲気を守らせる事が出来ないからという判断だろう。


(俺はこっから何すれば良いんだよ)


事前の打ち合わせもしてない以上、迂闊に動く事も出来ない蒼一が扇風機の首振り機能の如く首を右へ左へと動かして視線を彷徨わせていると、隣に佇むだけだったブリ雄が蒼一の方へと向き直り、何かを手渡してくる。

手渡されたそれを見て蒼一は一瞬だけ目を丸くして、確認するような視線をブリ雄へ向けた。

蒼一の手の中にある物、それは普段ブリ雄達が食べているあの木の実、それも蒼一が大きくする前の普通の木の実であった。


(なんでコイツをこのタイミングで?食えと?)


木の実なのだからそれが正解かとブリ雄へともう一度視線を向けるも、ブリ雄はそれを肯定する素振りも見せず、スッと視線を平伏していた者達へと向ける。

それを見て数秒後、蒼一はブリ雄が何を考えているのかを理解し、視線をブリ雄と同じ方向へと向け、頭だけを上げた者達に木の実が良く見えるように掌を差出し、木の実の大きさと質量を変化させた。


おぉ……と平伏していた者達が(どよめ)く。

当たり前だが平伏してた者達は当初目の前の人間が本当に自分達が信仰している存在なのかどうかが分からなかった。

今まで姿はおろか声すらも聞いた事が無いのだから判断する為の材料が一切無いという状況で、目の前の人間がそうだと教えられても確信する事など出来る筈もない。

しかし目の前で木の実の大きさを変えるのを見せられれば話は別だ。


何故なら蒼一が見せたこの力こそ飢饉に陥っていた者達を救った力であり、それを成した蒼一こそ皆を救った救世主なのだから。

疑惑なんてものは一瞬で霧散し、次いで湧き上がってくるのは多大なる感謝の念、ある者は地面に痕が残る程に強く頭を下げ、またある者は随喜の涙を溢しながら身を震わせる。


滂沱の如く溢れ出る感謝の念を一身に受けた蒼一は頬を引き攣らせながら目線だけでブリ雄に助けを求めるも、静かに首を振るだけだった。


そんな二人のやり取りなど謝意で胸がいっぱいになっている者達は気にする事なく、地に両膝をつけたまま、ただただ精一杯の感謝をそれぞれが伝えようとするだけである。


(これ、何らかの行動を起こさないとずっと続くんじゃないか?)


流石に二時間も三時間もこの調子は有り得ないとは思うのだが、目の前の光景を見ていると絶対にそうとも言い切れない不安があり、蒼一としては早々にこの場を収めて気を休めたいという気持ちでいっぱいになっていた。


その為には一体どんな行動を起こすべきかと考えを巡らせていた蒼一だったが、自分の目の前、平伏していた者達の中で一番自分に近い位置に居た一人に目を留める。

その者は他の者達とは明らかに見た目の異なり、以前から群れを纏める立場にあった老婆の姿をした者だった。


ちなみに老婆の姿をしてはいるが、人間の年齢で言うと実際には四十代かそこらであり、これは蒼一の知識を得たブリ雄が群れを治める長を蒼一が見て判り易いようにと年老いた姿にしただけである。


蒼一は静かに椅子から腰を上げるとそんな見た目詐欺の老婆の元へ近付いていく。

自分に近付いて来る蒼一対し老婆は驚いたように目を見開き、立ち上がって迎えるべきか否かを逡巡している間に元から数メートルも無かった距離は手を伸ばせば届きそうなところまで縮まり、蒼一はすっと木の実を老婆へと差し出す。


蒼一の突然の行動に驚いた老婆だったが、直ぐに差し出された木の実を受け取れと促されている事に気が付き、恐る恐る皺くちゃの両手で包み込むようにして、恭しく木の実を受け取ると感極まった様子で深々と頭を垂れる。


それを見て蒼一は意味有り気に――実際には何の意味も無いが、笑みを浮かべて満足そうに頷くとザッ!と大袈裟に踵を返し、祭壇もスルーしてそのまま林の奥へ悠然と姿を消す。


じっと動向を見守っていた何人かがあれ?というような表情を浮かべていたが、感動に打ち震える自分達の長とこの場を用意したブリ雄が蒼一が立ち去った事に何も言わなかったのを見て、これで顔見せは終わったのだとそう納得するのであった。

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