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混迷する時代背景

ブリ雄が持ってきた鼠色の作業着、それは間違いなく蒼一が元居た世界で工場等に勤めている人間が着ているような代物であった。


「それ……作業着だよな?」

「はい、蒼一様的にもこれが一番馴染み易いかと思いまして」

「作業着の類は殆ど着た記憶は無いんだけどな。うちは基本的にスーツだったし」

「それでも他の衣服よりは絶対に馴染みがあるかと」

「まぁ……それは確かに」


十七、十八世紀辺りの衣服を想定していただけに、こうして現代の作業着を出されればこれが一番馴染み易いというブリ雄の言葉を疑う余地は無い。

むしろここまで見慣れた服がよくこの世界にあったなと驚きつつ、そして同時にこの世界の時代背景が蒼一には余計分からなくなる。


「ここは異世界だし、魔術で発展した世界だってのは分かってたけど」


それでもこれは余りにもチグハグ過ぎやしないかと考えながら、蒼一が作業着を手に取り生地を確かめてみると明らかに麻や木綿といった生地ではない。


「どう見てもポリエステル製だよな……これ。いや、異世界だしあくまで似たようなものでしかないのかも知れんが」


蒼一は知らないが元居た世界でポリエステルが登場したのは二十世紀の半ば頃と約二世紀程のズレでしかないのだ。

姿形や本質もまるで異なるものの魔術によってスマホの類似品なんてものが存在する世界なのだから、二世紀ぐらいの技術の差くらい魔術でどうにでも出来るという可能性は否定できない。


それでも一応確認の意味も込めて、蒼一はブリ雄へと質問を投げる。


「これって、この世界で作られた物で良いんだよな?別の世界から流れて来たとかそういう可能性はないか?」

「異世界から、ですか。正直その可能性を問われると絶対に無いとは言いきれませんね」


意識だけとはいえ現に異世界からやってきた蒼一という存在が居るのだから、異世界から何か物が転移して来ないと断言する事はブリ雄には出来ない。


しかし――


「ただ、この手の服がこの世界で作られているのは間違いないです」

「そうなのか?」


確かな口調で答えたブリ雄に対し蒼一がその理由を問うと、ブリ雄は何とも言えない表情で答える。


「えぇ、ただ何処でどう作られているのか、という知識までは私は持ち合わせていないのですがね……蒼一様、以前に私が"地域差はあるが極端な物を除けば大体が十七、十八世紀辺りの水準"と言ったのを覚えていますか?」

「覚えてるけど、それが?」

「その作業着もそうですが、私が得ているこの世界の三割の知識の中に、明らかに近代の技術を超える代物が多数存在しているのです」

「それは、ただ魔術でどうこうしてるだけではなく?」


科学ではなく魔術で栄えている世界なのだから近代を超える技術、それこそ蒼一が生きていた時代をも凌駕する技術が存在しても不思議ではない。

ブリ雄が使う転移魔術もその一例だろう。


そんな蒼一の当然の疑問を、ブリ雄は首を横に振って否定する。


「私の得た知識の中には高度なAIを持つロボットにそれが管理する未来都市と言えるような場所の情報なども存在するのです。それにこの島に流れ着いたものの中にも明らかに魔術ではなく科学技術で作れた戦闘機の残骸などもあります」

「未来都市に戦闘機か……」


ブリ雄の言葉に、それが事実なら確かにそれは可笑しいと蒼一は頭の中で今得た情報を整理していく。


産業革命が始まったくらいの時代にロボットが管理する未来都市に科学技術で作られたと見られる戦闘機というのは確かに違和感が凄いし、時代背景的に可笑しいのは明らかだ。


「なぁブリ雄、その戦闘機の残骸ってのを見る事は出来るか?」


話を聞くだけでなく、実際に一度それを見てみたいと蒼一はブリ雄にそう告げると、ブリ雄は直ぐに頷くのであった。







ブリ雄達が普段使っている穴倉、正確にはそこから少しズレた倉庫として使われている別の穴倉に蒼一は案内された。

穴倉の入り口傍には食料や襤褸布などブリ雄達が頻繁に利用する物が纏められ、この島に流れ着いたものの殆どは穴倉の一番奥に運ばれ、蒼一達はその最奥を目指す。


「分かり易い例として戦闘機を上げましたが、この奥にはそれ以外にも明らかに科学技術で作られたと思われる物が多数存在しています」

「他にもあるのか。しかしブリ雄、そんな物があるならどうして教えてくれなかったんだ?」

「……理由としましては、単純にどう説明して良いのか、私としても非常に困惑していたのです」


もしブリ雄が蒼一の知識を得ていなければ、こうもブリ雄が悩むことは無かっただろう。

この世界はこういうものなのだと、尋ねられるまま蒼一に答えていたに違いない。

しかしブリ雄は蒼一の知識を得た事で自分達が生きるこの世界が明らかに可笑しい事を理解してしまった。

これでブリ雄が世界の全ての知識を有していたのなら上手く説明出来たかもしれないが、ブリ雄が持つのはあくまでも三割、しかもその殆どが断片的な情報であるせいで何故一つの世界にここまでの極端な文明レベルの格差が存在しているのか、それを知る事は出来ない。


「実は近代ってのは過去の歴史の情報で、その未来都市が現在の情報って可能性は?或いは未来都市の文明が一回滅んで、文明レベルがリセットされた後だったりとか」

「それは無いですね。間違いなくその何方も現代の情報ではあるのですよ。だからこそ私も訳が分からないのですが……」

「むぅ」


良く分からない時代背景に困惑しながらも、二人は倉庫として使っている穴倉の最奥に到着する。


「あれが、そうなのか?」

「はい」


洞窟の最奥には様々な物品が乱雑に置かれていたが、その中でも一際大きい戦闘機の残骸と思われる物へと蒼一は近づいていく。

洞窟へと運び入れる為か、かなりバラされ原型を留めておらず元の形は分からないが少なくともジェットエンジンなど蒼一でも分かるような推力を使ってないのは理解出来た。


「何か分かりますか?」

「俺の知識を持ってるブリ雄なら知ってるだろうに、ソフト屋に分かる訳無いだろう」

「知識は共有していても、頭脳は別物ですからね。私が分からないからと言って蒼一様が分からないとは限らないでしょう」

「残念ながらその当ては外れた訳だ。これがハード屋や電気屋なら兎も角、いやそっちでも流石に戦闘機は無理か?」


ソフト屋という事でそっち方面の人間と一緒に働いた事もある蒼一だが、流石にハードや電気の人間が何処まで理解出来るのかというのは畑違いなだけに分からない。

そもそも目の前にあるのは蒼一達が生きていた世界よりも更に発展した科学技術で作られた可能性のある戦闘機であり、その時点で例えその手の専門家であろうとも理解するのは難しかっただろう。


「しかしこうしてみると、少なくとも魔術がどうこうって感じには見えないな。ブリ雄の言う通りしっかりとした科学技術で作られたみたいだが……さて、となるとこれはどういう事だろうな?」

「正直言って検討もつきませんね。間違いなく同じ世界に存在している筈なのに、ここまで文明レベルに格差が存在してるのは不思議でなりません」

「一番良いのは海を超えて実際に人里に向かう事なんだろうけど、どう思う?」

「オススメは出来ませんね。理由としては海を守る海神の存在がネックになります」

「カイジン?」


蒼一の脳裏には特撮物に登場する怪人の姿が浮かぶも、それを察したブリ雄が首を横に振って否定する。


「その怪人ではなく、海の神と書いて海神です。尤も神ではなくモンスターなのでしょうが」

「でもそう呼ばれるくらい強いって事だろ?」


そう確認する蒼一に、ブリ雄は静かに力強く頷く。


本質がモンスターとはいえ神と呼ばれる存在、弱い筈が無いし可能なら戦いたく等ないが、ブリ雄の言い方からして避けて通れるような存在でもないのだろう。

とはいえもしかしたら何か避けて通れる方法が見つかるかも知れないと、そんな僅かな希望に縋るように蒼一は口を開いた。


「ちなみに聞くけど、どういう風にネックになるんだ?海のモンスターなんだから例えば船は駄目でも空を飛べば通れたりとか」

「無理です。私が得た知識の中でも海神の被害を免れた者は存在しません。その中には遥か上空、それこそ雲の上を飛んでいたドラゴンですら海中の海神によって頭部を撃ち抜かれて海超えに失敗しています」

「やっぱドラゴンは居るんだ……というか、海中から雲の上のドラゴンの頭部を撃ち抜くって、精密射撃とかそういうレベルじゃないぞ」


蒼一には海中から雲の上までどれ程の距離があるかなんて分からなかったが、少なくとも数百メートルは上空であろうし、更に雲によってその姿が見えなかったとすれば最早それは精密などという言葉で表現出来るものではない。


どうにかして海神をやり過ごして人の住む大陸まで行けないかと考え、そもそもそれ以前に自分には海に出る手段が無い事も思い出し蒼一は深く溜息を吐くのだった。

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