孤島の服飾事情
島に住む者達も既に寝静まった時合、月明りだけが頼りの薄暗い浜辺に蒼一とブリ雄の姿はあった。
「衣服に関しては完全に失念しておりました。申し訳御座いません」
「いやまぁ、ヘトヘトだったからなぁ。流石にそこまで頭回らんだろうよ。しかも二徹だろ?」
数年の間に残業に関しては蒼一が務めていた会社も厳しくなり残業も月四十時間程度に収まっていたが、一昔前は八十時間は当たり前、忙しい時期なんかは二徹した事もありそれがどれだけ肉体と思考能力に影響を及ぼすのかは蒼一もよく理解していた。
「これが街中に全裸で放り出されたとかだったら流石にアレだけど、人目の一切無い海岸だったからな。大した問題は無かったし、謝るような事は無いさ」
「そう言って頂けると幸いです。それでは衣服についてなのですが」
「あぁ、ブリ雄達が着てる襤褸布って余りはあるか?。それを分けて貰えれば良いんだけど」
「蒼一様がそれでも良いなら構いませんが、もっとちゃんとした衣服も御座いますよ?」
「え、そうなの?」
ブリ雄の口から出た意外な言葉に蒼一は驚く。
今まで蒼一がブリ雄達を見ていた限りでは全員が襤褸を纏っていたし、言っちゃ何だが衣服はおろか布を作る事が出来る程の知能を持ち合わせている様には見えなかった。
無論、知恵の実を食べた今のブリ雄は例外であり、もしかしたらブリ雄がそれらの知識を授けてちゃんとした衣服作りに着手でもしたのかと蒼一は考えるも、その考えは直ぐにブリ雄によって否定される。
「私達の衣服は時折この島に流れついた漂流物を流用した物でして、本当にたまにですが頑丈な箱に入れられた物なんかはしっかりと形を残したまま流れ着くのでちゃんとした衣服も数は少ないですが存在するのですよ」
「漂流物……そうか、島なんだしそういうのも流れ着いたりするのか。でもそんな衣服があるのに襤褸を着てるんだな?」
「理由はいくつかありますが、まず一つは先程も言ったように衣服の数が少ない事、共同意識の強い私達は可能な限り同じ服装を好みますので誰もその手の衣服を着たがらないというのと、もう一つは単純に知能が余り高くはないので服装の良し悪しが分かっていなかったというのもあります」
モンスターであるブリ雄達にしてみれば衣服の類は単純に寒さを凌ぐ為の物でしか無く、デザインなど二の次どころかそもそも査定に入ってすらいない。
重要なのは寒さを凌げるかだけであり、襤褸布とはいえその条件は満たされていた以上、ブリ雄達がわざわざ小奇麗な衣服で着飾る意味なんて無かった。
「なるほどね。じゃあそのちゃんとした服を俺が貰っても良いのか?」
「えぇ、構いません。今すぐにでも蒼一様に似合いそうな物を見繕ってきましょうか?」
「頼む。人目が無いとは言え全裸のままというのは流石に落ち着かないからな」
蒼一の言葉にブリ雄は頷くと蒼一に似合いそうな衣服を探しに巣穴へと戻っていく。
「十七、十八世紀頃の服ってどんなのだろ……この身体に似合う奴だと良いけど、贅沢は言えんよな」
どんな服にせよ、全裸よりはマシだろうと蒼一はブリ雄が戻ってくるのを今か今かと待ち続け、三十分程経った頃、蒼一の肉体側の知覚ではなく世界としての知覚によって浜辺に誰かが近づいてくるのを感じ取り蒼一が視線をそちらに向ければ案の定、そこにはブリ雄の姿があった。
そして蒼一の視線は自然とブリ雄の手の中にあった衣服へと向かい――
「――へ?」
蒼一はポカンと口を開け、間抜け面を晒したままその衣服に目を奪われる。
何故ならばブリ雄が持ってきた衣服、それは蒼一が元居た世界で目にした事のある作業着であったのだから。