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野菜パーティー

あれから、噛むと炭酸水のように弾ける野菜やら、見た目は西瓜(スイカ)、中身は南瓜(カボチャ)という紛らわしいものやら、様々な異世界の野菜の味見を一通り終えた蒼一は、三品目の料理に取り掛かっていた。


(意図してた訳じゃないけど、それぞれの野菜の特徴が分かったのは良かったな)


三品目を作るにあたり、火を通すのに適さない野菜、他の野菜の特徴を消し去ってしまうような野菜が分かったのは蒼一にとって僥倖であった。

そんな蒼一が今、一体何を作ろうとしているのかといえば、それは野菜炒めである。

これから島民達が料理をする中で、レパートリーがシンプルに焼いた野菜串だけというのは何とも味気ない。

食材は兎も角、塩や胡椒などの調味料を調理道具と一緒に持ってきている為、しっかり味付けされた料理も覚えて貰おうという魂胆である。


「さて、野菜のカットはこんなもんで良いかな?」


串焼きの時と違い、葉茎菜が多め、根菜の類は火の通りが悪い為に細めにし、野菜炒めに適した形に整えていく。

カットされた野菜を炒める前に、蒼一は数ある調味料の中から一つの瓶取り出す。

それは昨夜クラリッサと共に作ったラードであり、蒼一はそれを木匙一杯分だけ掬い取ると、フライパンの上へと落とし、フライパンを回して脂を全体に引き延ばしてから野菜を投入する。


「最初は火の通りの悪い根菜類から入れるんだぞー。根菜っていうのは、こっちのボウルに分けた野菜のことね」


言葉がまだ完全には分からない為、蒼一の手順とジェスチャーから意図を汲み取りながら、試行錯誤で調理を進めていく姿を見て、学生の調理実習みたいだなという感想を抱きつつ、蒼一は手早く野菜を炒め、根菜にある程度火が通ったところで、葉茎菜を投入する。


「ん-、良い香りー」


新鮮な野菜の香りの中から仄かに立ち昇るバランツの脂の香り、ニンニクフレーバーの物と迷ったが、ニンニクフレーバーでは主張が強すぎるだろうし、シンプルな物を選んで正解だったと蒼一は得意気な顔で野菜を炒めていく。

そして最後に葉がしんなりして来たあたりで塩コショウで味を調えてやれば、野菜炒めの出来上がりである。


「よし、出来た!」


出来上がった野菜炒めをフライパンから木皿へと移すと、蒼一は早速――


「――って、そういや食器の類って、器しか無かったな」


食べようと思ったところで、ナイフやフォークといった食器が無い事に気付く。

初回の鍋パーティーの際は準備不足で仕方なく、二回目の生ハムパーティーは生ハムとチーズだったので手掴みで済ませてしまった。

木匙が一応あるにはあるが、これは調味料用であり、サイズも小さく、島民全員の分は無い。


「串を二本使って箸代わりにならんかな。いや、流石に細すぎるか」


ここに来て、食べる為の道具が無い事に気付いた蒼一はどうしたものかと首を捻っていると、ブリ雄が肩を叩いた。


「蒼一様、食器でしたらこちらをどうぞ」

「お?これって箸じゃん!」


木の枝から削り出したのか、見た目は少々不格好だが、その形は間違いなく蒼一の知る箸であった。


「いずれ必要になるだろうと、器と一緒に作らせておきました」

「有難い、けど俺は兎も角、他の皆はいきなり箸を使えって言われても無理じゃないか?」

「まぁそこは何とかして貰いますよ。まさかこれから料理全てを手掴みで食べる訳にはいかないですし……さぁ、折角の野菜炒めが冷めてしまう前にどうぞ」

「おっと、そうだな。それじゃあ、頂きます」


野菜炒めは出来立てが華だと、蒼一は不安を一旦棚に上げ、異世界の野菜野菜炒めを口に運ぶ。

最初に舌先に感じるのは塩気と胡椒のピリっとした辛さ、火が通っている為に生に比べれば劣るが、シャキシャキとした食感を残す野菜達を噛み締めれば、野菜達が持つ旨味が溢れ出し、先に来ていた塩気と交じり合う事で野菜の持つ仄かな甘味が際立ち、また胡椒の辛味を優しく包み込んでいく。


「んんー!美味い!」


バランツの脂も良い仕事をしており、野菜の甘味と脂の甘味、多種多様な野菜の旨味の中で、控えめでありながらもその存在を確かに感じさせていた。


「良いアクセントになると思って、このアスパラだかつくしだか分からない野菜も四つ切にして入れて見たが、とても食感の良いもやしって感じで美味いな」


これはビールが欲しくなるなと思いつつ、蒼一は箸を置き、様子を見守っていた者達へと声を掛ける。


「よし、皆食べて良いぞ!」


蒼一の号令を待っていたと言わんばかりに、島民達は自分の木器に野菜炒めをせっせと移していく。

野菜に対して苦手意識を持っていた一部の島民達も、野菜串の時とは明らかに違う蒼一の様子を見て、これは美味いものだと理解したのだろう。

握り箸で野菜炒めを掻き込む者、蒼一の真似をしようとして箸の扱いに悪戦苦闘する者も居れば、箸を早々に投げ捨てて器を傾けて直接口に流し込む者に、火傷を恐れず手掴みで口に収める者も居た。


「ちょっと注意してきます」

「まぁまぁ、初回なんだし、許してやれって」


流石に後半の者達に関しては注意しようと立ち上がったブリ雄を、蒼一が制止する。


「野菜炒めは時間が経つと野菜から水分が抜けてビシャビシャになっちまう。どうせなら美味いうちに食って欲しいしさ。今日のところは多めに見てやってくれ」

「……はぁ、分かりました」


蒼一にそう言われては仕方が無いと、ブリ雄は渋々腰を下ろし、蒼一と共に野菜炒めを食べる者達を見守る。

各々バラバラに、好きなように野菜炒めを食べていたが、共通しているのは誰一人文句を言わず、美味しそうに野菜炒めを食べていた事だった。

料理としてはとてもシンプル、前回のトレントの生ハムと比べれば味は幾分か劣るにも関わらず、それでも皆が満足そうなのは、香辛料の有無であった。

初回の浜鍋も、前回の生ハムとチーズもそうだが、何方にも塩気はあったが、香辛料の類は使用されていない。

今までと今回での違いは香辛料の胡椒たった一つのみ、されどその違いは島民達からすれば大きな違いだ。

香辛料を生まれて初めて口にした島民達にとって、それは正しく初体験の味であり、衝撃を受けるには十分だった。


「さて、皆が野菜炒めを食べ終える前に、本日のメインディッシュの確認でもしておくか」


野菜串に野菜炒め、島民達が自炊出来るようにという目的があるとはいえ、パーティーと銘打っているのだから、それ相応の料理は用意しておきたい。

そんな蒼一の思いによって別に用意されたのが、あのヒネの丸鳥だ。

鶏も、下味を付けるのに使用した数々の香辛料も、この島で手に入れるにはまだまだ難しい物ばかり、蒼一達が島の外からそれらを持ち帰る事は可能だが、何から何まで蒼一とブリ雄頼りというのはあまりよろしくはない。

自炊して貰うという今回の目的からは大きく外れた料理にはなるが、折角のパーティーなのだからこれくらいは良いだろうと、一品だけ特別な料理を用意したという訳だ。


「おぉ、外側は見事にこんがり焼けてるなぁ」


綺麗に焼けた丸鳥を前に蒼一が鼻を鳴らして匂いを嗅ぐと、丸鳥から立ち昇る香ばしい香りと香辛料の刺激的な香りが蒼一の鼻孔いっぱいに広がっていく。

その香りを楽しんだ後、蒼一は丸鳥を火から降ろし、穴を塞いである串を抜いて中身を確認する。


「良い感じだな」


丸鶏だけでなく、その腹の中に詰め込まれた野菜にもしっかりと火が通っているのが分かると、蒼一はおたまで丸鳥の中から野菜を取り出して皿に移す。

食感を残す為に程良く火が通された野菜炒めとは違い、丸鳥の中で蒸し焼きにされた野菜は全体的に水っぽくはあったが、その代わり野菜炒めには無かった深く芳醇な香りを立ち昇らせていた。

そこに切り分けた丸鶏を添えれば、本日最後の料理の完成である。


「そんじゃ、頂きます」


まず最初に手を付けたのは薄切りにされた丸鳥、脂が抜け、パリパリになった皮は香ばしく、臭み消しにと使用された大量の香辛料にも負けない濃い味の肉、少々癖はあるが十分美味しいと言える出来であった。

しかし誤解してはいけない、今回のパーティーの主役は飽く迄も野菜、丸鳥はオマケに過ぎないのだ。


「よし、それじゃあメインディッシュだ」


丸鳥の中でじっくりと火を通された蒸し野菜を箸で摘み上げると、蒼一は湯気の立つそれを口の中に運び入れる。

長時間蒸された事で柔らかくなった野菜達、しかし食感の全てが失われた訳ではなく、しっかりとその原型を留めながらも口の中でホロリと解けるものがあれば、シャクシャクとした食感を残すもの、口の中に入れてもなお、それぞれの野菜の個性の違いをはっきりと感じ取る事が出来た。

だが何よりも素晴らしいかったのはその味だ。

火を通す事で野菜達から滲み出た旨味を含む水分と丸鳥の肉汁、そこに溶け込んだ多種多様なスパイス達、そうして出来上がった濃厚な旨味を持ちながらもアッサリとした極上のスープによって蒸され、煮込まれた野菜達の味は、正しく美味の一言であった。


(はぁ……変な冒険しなくて良かったぁ)


まだそれぞれの野菜の特徴を把握していない段階で作った料理だった為、無難な野菜だけで作ったのが功を奏した。

これであの突き抜けるような酸っぱさを持った野菜でも入れていたら、折角の料理が台無しになっていただろう。


(野菜から出た水分が主だからか、この皿の底に溜まったスープも濃厚なのに不思議とくどくない。だからって味に深みがない訳じゃなく、スパイスの利いた味は確かな満足感もあって、何度も味わいたくなる美味しさだ)


多種多様な香辛料で下味を付けておいた丸鳥の中で蒸したからこそ出た味、時間を掛けた甲斐があったと、蒼一は終始満悦で残さず料理を完食する。


「ふぅ、これは屋敷で作っても良いかも知れないな。あ、でも異世界(こっち)にはまだまだ知らない野菜もあるだろうし、それを探ってからの方がもっと美味しく――ん?」


まだ見ぬ異世界の野菜達に思いを馳せていた蒼一だったが、自身に向けられる数多の視線に気付き、ふと振り返って見れると、野菜炒めを完食した島民達が蒼一を、正確には蒼一が完食し空になったばかりの木皿へと向けられていた。


「あぁ、悪い、皆も食べて良いぞ」


その視線で何を求められていたのか直ぐに気付いた蒼一が許可を出すと、それを待っていた者達が一斉に動き出し、瞬く間に三羽の丸鳥が解体されていく。


「本当、食べ物の事になると皆動きが活発だなぁ」

「皆を動かすのは食欲だけではありませんよ」


食欲を原動力に動く島民達を感心半分呆れ半分で見つめていた蒼一に、ブリ雄が声を掛ける。


「その証拠に三日前は三戸しか建っていなかったバンガローが、五戸に増えていますでしょう?」

「そう言われれば……たった三日で二戸も増えたのか」


しかし"はて?"と、蒼一は首を不思議そうに傾げる。


「建設を始めたのって結構前だよな?そんなハイペースで建てられるならとっくに全棟建て終えてるんじゃ」


仮に建設を進める内に作業に慣れ、建設速度が上がったのだとしても不可解な上がり幅である。

明らかに三日目から急加速したとしか思えないのが、その要因が分からない蒼一は答えを求めブリ雄を見る。


「家を建てるなど初めての事でしたから、一戸目は相応の時間を要しました。しかし経験を詰めましたので、二戸目、三戸目はスムーズとは言えずとも、それなりの速度で建築を終え、丁度蒼一様が針鉄の試射の為に島を訪れていたあの日に四戸目の建築を始めたところでした」

「本当にこの三日で急加速したのか……」


蒼一がその事実に改めて驚きつつ、バンガローの方を見れば、並び建つ五戸のバンガローの直ぐ脇にほぼ完成しかけの六戸目が目に入る。


「これ、野菜パーティしてなかったらもう六戸目まで建ってたんじゃ」

「建っていたでしょうね。そして今日中に七戸目の半分は建築を終えていたのではないでしょうか」

「一体、何があったんだ?」


話していても一向にその理由の見当もつかない蒼一がそう問いを投げると、ブリ雄は簡単な事だと当然のように言い放つ。


「蒼一様が"これで良い"と納得したからですよ」

「は?」

「蒼一様がいらっしゃるまでは、皆"これで良いのか?"と、少々躊躇いがちというか、恐る恐る作業を進めていたのですが、蒼一様が認めて下さった途端"これで良いんだ"と、一気に勢いづきましてね」

「俺、なんかそれっぽい事言ったっけ?全然記憶に無いんだけど」

「いいえ、ですが同時に"これは駄目だ"というような否定の言葉も口になさいませんでした。私達にとってそれは認められたのと同義なのです」

「あぁ、なるほどね。しかし何というか、そんな事くらいで作業効率がグンと上がるなんて、どんだけ不安だったんだよ」


見た目は立派な人間の大人でも、知能的には人間の大人と比べればまだまだ未熟、蒼一の脳裏では家を建てる島民の姿がおっかなびっくり積み木を積み立てる幼子の姿で再生され、その微笑ましくも可笑しな姿に、思わず笑みが溢れ出す。

そんな蒼一の笑みにつられるように、隣に座るブリ雄も笑みを浮かべながら口を開いた。


「蒼一様、別に我々はただ"認められた"事で、不安が解消されて作業効率が上がった訳ではありませんよ」

「え?でもさっきは」 


さっきと言ってる事が違うではないかと疑問を差し挟もうとした蒼一の言葉を、被せるようにしてブリ雄が続ける。


「我々にとって重要なのは"蒼一様に"認められたという事です。認められて安心したからではなく、蒼一様に褒められたくて頑張ったのですよ」

「……それは」


それはまるで、親に褒めて貰いたくて頑張る子供のようだなと、蒼一は恥ずかし気に頭を掻きながら思った。

慕われている事は知っていた、しかしこう改めて実感させられるとなんともむず痒くなってしまう。


(子供、か)


生前の蒼一に、子供は居ない。

年齢だけで言えば、子供が成人して孫が産まれていても不思議ではないくらいだ。

しかし、蒼一は今まではそういう事柄とは無縁の人生を歩んできたし、今後子供を持つことなど無いだろうと思っていた。


「でもなぁ」


苦笑いを浮かべながら蒼一は料理に夢中になっている島民達を見やる。

生前の蒼一の年齢から考えると、大半の島民は蒼一の子供と言うには少々歳が行き過ぎている。

子供と思えと言われても無茶な話であり、そもそも三十人以上の子供を持つだけの甲斐性など無いし、血の繋がりも無ければ、そもそも種族さえ違うのだから。


しかし――


「――まぁ、悪くはないな」


性別も、年齢も、何もかもバラバラの子供達だけど、美味しそうに料理を頬張る無邪気な笑顔だけは、皆一様に変わらない。

あぁ、これが子を持つ親の気持ちなのだろうかと、願わくばこの笑顔が何時までも続きますようにと、蒼一は優しげな瞳で島民を見守り続けるのだった。

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