異世界の野菜
野菜パーティーの開催を宣言した蒼一は、島の住人全員と、島で収穫した野菜をバンガローの外に集めた。
「さて、今日は皆にも料理を手伝って貰うからな」
集めた者達を前にそう宣言する蒼一、一方でまだ言語の習得が完了していない村人達は蒼一の宣言の意味を理解出来ないでいた。
蒼一もそれは承知していたので、数名を適当に指名し、予め用意しておいた包丁を握らせ、野菜を切る手本を見せると、指名された者達も蒼一の真似をすれば良い事を理解し、慣れない手付きで野菜を切り始める。
いきなり包丁を握らせることに少し不安を覚えていた蒼一だったが、そんな蒼一の緊張感が伝わったのか、或いは本能的に危険を察知したのか、皆覚束無い手付きではあるが、自分の指を切らぬよう慎重に作業を進める。
そんな者達の手元、正確に言えば刻まれていく野菜を恨めしそうに睨みつける小さな影と大きな影が二つ。
「野菜……ごちそうじゃない」
「ムー……」
「クレア、ムー、好き嫌いはいけませんよ」
露骨に野菜を嫌うクレアやムー以外にも、今日は野菜パーティーだと聞いて顔を歪めた者は何人か居た。
というのも、これまで収穫したすべての野菜がこの場にある訳ではなく、最初期に収穫された野菜は、腐る前にと島民が食べて消費していた。
無論、料理など出来る訳も無いので生のまま食す事になったのだが、これのせいで野菜に苦手意識を持つ者が生まれてしまったのだ。
「ブリ雄、あれを出してくれ」
「畏まりました」
そんな者達を余所に、刻まれた野菜の小山が三つ出来た辺で、蒼一がブリ雄に声を掛けると、ブリ雄は異空間から三つの肉の塊を取り出す。
それは綺麗に処理されたヒネの丸鶏であった。
「「「おぉぉぉ!」」」
大きな肉の登場に、今日の主役は野菜だと聞いてガッカリしていた者達が目を輝かせる。
その余りにも現金な姿に蒼一は苦笑いを浮かべつつ、お手本を見せるように丸鶏の中に野菜を詰め、他の者もそれに倣って残り二つの丸鶏に野菜を詰めていく。
野菜を詰め終えたら、木串で穴を閉じ、豪快に焚き火で丸焼きにする。
丸鶏には昨夜のうちにスデニ下味をつけておいたので、中の野菜に火が通るまで焼けば完成だ。
肉の様子見は食いしん坊達に任せ、蒼一は再び野菜をカットしていく。
しかし今度は先程と比べて野菜一つ一つが大きめにカットされており、丸鶏の穴を閉じるのにも使った木串に、大きめにカットした野菜を次々と刺していく。
「よし、こっちは準備オーケーだ。ブリ雄、そっちは?」
「網の準備は既に出来てます」
「じゃあこれをどんどん焼いていってくれ」
丸鶏の次に蒼一が準備したのはとてもシンプルな野菜の串焼きだ。
丸鶏は火が通るまで時間が掛かる、その間を埋めるため、そして野菜を生でしか齧ったことのない島民達に火を通すだけでもこれだけ変わるのだと証明しつつ、この際、料理も覚えて自分達で食事を用意出来るようになればという思惑もあった。
そんな事を考えつつ、野菜串を量産していた間に最初に網に乗せた野菜串に火が通り、木皿へと移されて蒼一の前に置かれる。
「どうぞ」
「あ、そうか、俺が最初に食べないと駄目なんだっけ」
いい加減、神様というか、この家長のような扱いをどうにかしたいと考える蒼一だったが、蒼一が一族の命を救ったという事実がある以上、ブリ雄達がこの扱いを止めることは無いだろう。
「さてと」
気を取り直し、蒼一は野菜串へと視線を落とす。
串に刺された色取り取りの野菜達、それは前世から見慣れた野菜もあれば、今世で初めてみた謎の野菜もあった。
「今更なんだが、野菜の種類増えてないか?確か育ててた野菜って五種類だったと思うんだが」
「あぁ、それについてですが、その五種類の中で一定量収穫出来た物がニ種類しか無く、流石にこれでは侘びしいと思い、種類を増やしたのですよ」
「でもスルクで常に安定的に手に入る種が、その後種類だけって話だったろ?」
「商人に仕入れて貰うよう掛け合ったのです。種が五種類しか無かったのは、そもそも仕入れられない訳ではなく、需要が無いから仕入れていないとのことでしたので、定期購入の契約を結んだのです」
なるほどなと、疑問が解消された蒼一は野菜串へと手を伸ばし、先端に刺さった野菜を見る。
一番手は前世でも見慣れている玉葱だ。
「ん、うまい」
火が通る事で辛みが抜け、甘みを増した玉葱は、程良い食感を与えつつ、口の中いっぱいに旨みを含んだ汁を溢れさせる。
(見た目はおんなじだけど、こっちの方が水分が多いし、辛みも少ないかも?)
次いで二番手に控えるのは蒼一も初見の野菜、それは緑色で細長く、穂先が膨らんだ野菜であった。
「アスパラ……?いや、それよりは緑のつくしって感じだな」
まるで味の想像が付かないそれに、蒼一は恐る恐る齧りついた。
「お、これは」
噛む度に口の中で弾ける快音、ポキポキとした食感は非常に面白く、またその青々とした見た目に反して苦みやエグみはまるでない。
「食感だけで、これ自体に味はそんなにないな。でも癖が無いからこそ、色々な料理に使えそうだ」
無事二番手も食した蒼一の次の相手はこれまた初見の異世界の野菜、格子状の凹凸のあるピンク色の野菜であった。
「野菜か、これ?切れ込みを入れて焼いたウインナーみたいな見た目してるが」
元いた世界でも類似する物が無いだけに、味の想像がまるでつかない野菜を前に、蒼一は思わずたじろぐ。
しかしここで自分が食べねば、野菜を敬遠してる者達が更に野菜を敬遠するようになってしまうかもしれないと、蒼一は意を決してその謎の野菜にかぶりついた。
「ん!?」
その肉々しい見た目とは裏腹に、真っ先にやってきたのは突き抜けるような酸味、トマトよりも強く、かと言ってレモン程刺激的ではない。
シャクリとその実を齧り取り、口の中で噛み締めていくと次第に酸味は鳴りを潜め、代わりに甘みが顔を出してくる。
(野菜というよりは果物っぽいな)
そんな感想を抱きながら、串に残った部分も腹の中に収めていく。
一口目で酸味に慣れたのか、二口目はより甘味を強く感じ、三口目には酸味と甘味の中に仄かに隠された苦味を感じた。
(食べる程に味が変化してくのは面白いが、料理するとなると中々難しそうな野菜だな)
次に控えた4番手は、蒼一も見慣れた黄色いパプリカ、しかし見た目が同じでも此処は異世界、全てが同じとは限らない。
「どれどれ――んっ!」
見慣れた野菜という事もあり、今度は躊躇い無く齧りついたが、予想外の味に目を見開く。
「辛ぇ!」
蒼一の知るパプリカは甘味と僅かな酸味を持つ野菜だったが、こちらの世界のパプリカは辛味が強く、不意打ちを食らった蒼一は思わず声を上げてしまった。
「うわっ、びっくりしたー。これ、本当にパプリカか?」
「商人もパプリカと呼んでいましたよ。まぁ、ユーリア様が見た目がソックリだからそう翻訳しただけで、中身は別物でしょうが」
「これもう殆ど唐辛子だぞ。あ、でもパプリカって唐辛子の仲間なんだっけ?」
「ナス科トウガラシ属トウガラシの内の品種ですからね。蒼一様の元いた世界にも辛味のあるパプリカはありましたよ」
「マジか……あ、でも確かにパプリカの香辛料とか聞いた事があるな」
思わぬ不意打ちに驚いた蒼一だったが、気を取り直し、最後の野菜へと目を向ける。
「ナス科のパプリカの次に、ナスが続くかぁ……」
最後に控えていたのは蒼一も馴染み深いナス、しかしパプリカの時のように味まで馴染み深いとは限らない。
蒼一は一呼吸置き、油断するなと自身に言い聞かせると、一口でナスを頬張った。
「…………なぁ、ブリ雄」
「はい、どうかされましたか?」
「俺今スポンジ食べたか?」
「ナスです蒼一様、スポンジは食べ物ではありません」
ナスを食べて混乱する蒼一に、ブリ雄が冷静にツッコミを入れる。
「一瞬で口の中の水分持ってかれたんだけど、何これ、ナスってもっとジューシーな筈だろ」
「それはまぁ、異世界なので」
「便利な言葉だよな、それ」
「それで、肝心の味はどうでした?」
「あぁ、うん、一口でいっちゃったからあれだけど、異常にパサついてた事を除けば、味は美味しい焼きナスだったよ。水分が抜けてた分、味は濃厚……だったと思う」
カラカラに乾いた荒野に水を垂らすように、一瞬にして口の中の水分を持っていかれた事に衝撃を受けていた蒼一は、曖昧に味の感想を返す。
「なるほど、生で食べた時はそんなことは無かった筈ですが、火を通すと水分が蒸発してそのようになるのですね」
「……なぁ、これ神様扱いに見せかけた体の良い味見役「さぁ、蒼一様、次はこっちの串です」人の話聞けぇ!ってかちょっと待て!今の一本で終わりじゃないの!
?」
「何を言いますか、まだ蒼一様が口になされていない野菜は沢山ありますよ。全部食べて頂かなければ我々も安心して口にできません」
「その安心ってどっちの意味!?」
それは自分達が崇める蒼一を差し置いて口にするなど、恐れ多くて安心出来ないという意味なのか、もしくは蒼一が味見しないと美味いのか不味いのか分からないという意味なのか。
その問いに対し、ブリ雄は笑みを浮かべて返す。
「心置き無く、という意味です」
「だからどっちだぁぁあ!」
その後、蒼一は見た事も聞いた事もない野菜達を次々腹に収める事になるのだった。