隣の芝は青い
本来であれば不必要な犠牲であったバハムートであったが、素体として獲って来た以上は活用しなければそれこそ浮かばれないと、蒼一とブリ雄は早速バハムートを解体し蒼一の肉体の作成に着手する。
「腹回りの皮をそのまま皮膚に、肺は浮袋を流用すれば……うん、内臓の類も最低限は揃ってますね。骨もこれだけ取り出せば問題無いでしょう。蒼一様はこれらを人間用の大きさに小さくして貰えますか?」
(分かった)
並べられた臓物の類に若干嫌悪感を感じながらも、蒼一は言われた通り骨や内臓の一つ一つをブリ雄が合図するまで小さくしていく。
「心臓は、はい丁度それくらいの大きさで大丈夫です。胆嚢はもっと小さくお願いします。骨の方は最初の一本の大きさを参考にして下さい」
心臓など分かり易い臓器は兎も角、胆嚢など人間が持つ臓器としての大きさがイマイチ分からず悪戦苦闘する蒼一に指示を出しながら、ブリ雄はサイズ調整の終わった臓器から順次その形を人間持つ臓器へと整えていく。
そうして全ての臓器のサイズ調整と成形を終えれば、一旦臓器を異空間へと収納してから続いて骨の成形へと入る。
「あ、蒼一様。すみませんがこの頭骨ですが一回りだけ大きくして貰えますか?」
(え、これよりもか?)
ブリ雄の手の中にある頭骨は今や人間の頭部と同じくらいのサイズに調整された物だ。
それを一回り大きくするという事はその分頭が大きくなるという事であり、蒼一の脳裏に頭だけが異様にデカくなった自分の姿が過る。
(その……小顔とまでは言わないけど、せめて頭は普通サイズが良いんだが)
「安心してください。最終的には普通の人間くらいのサイズになるので」
(なら良いけど……)
不安に感じながらも蒼一がブリ雄の言う通りに頭骨のサイズを一回り大きくすると、早速ブリ雄は頭骨の成形を始めた。
内臓の形を変化させていた時はそれがあまりにも肉々しい見た目だったせいでじっくりと見るような真似はしなかった蒼一だが、魚の頭骨が人間の頭蓋骨へと変化していく過程はグロテスクな要素も薄くじっくりと見る事ができ、そこで蒼一はブリ雄が何故頭骨のサイズを一回り大きくしろと言ったのかを理解する。
魚の頭骨というのは人間の頭蓋骨と比べてそれほど頑丈な作りをしていない。
部分的に見れば頬の部位など向こう側が透けて見えそうな程に薄い骨だってある。
それを人間の頭蓋骨のようにしっかりとした厚みを持たせるなら他の部分から骨を持ってくるしか無く、最終的には一回り大きかった魚の骨は見事通常の人間サイズの頭蓋骨へとその形を変えた。
「さ、残りの骨も成形しちゃいましょう。蒼一様もサイズ調整の方よろしくお願いします」
(おう、任せとけ!)
ブリ雄の頭骨成形に見入り作業の手が止まっていた蒼一も直ぐ様自分の仕事に取り掛かり、三十分後には理科室においてありそうな全身骨格が出来上がる。
そこに内臓を配置し肉を詰め、最後に皮を張り付けていく。
(これは……凄い見た目だな)
もし蒼一が今の感情を表情に表す事が出来たなら、これでもないってくらいの顰めっ面をしていた事だろう。
蒼一の目の前に転がっているのは確かに人型ではあるが、その見た目はバハムートの腹回りの白い皮を利用している為、皴一つ無くヌラヌラと光る真っ白の物体だ。
しかも鼻や口はただ穴が開けられただけで膨らみの類は一切なく、ハッキリ言って見ていて気分の良い物ではない。
「大丈夫ですよ。ここからは私達のように外見を人間に近づけていくので」
そう言ってブリ雄が最終工程へと着手すると、真っ白だった皮膚が徐々に肌色へと変化し、凹凸も無く穴だけだった頭部も鼻先が膨らみ、唇が厚みを帯びる。
(お、おぉぉぉぉ!)
先程までの見るに堪えない姿が嘘のように普通の人間の、それも間違いなく生前の蒼一の姿へと変わっていく光景に蒼一は驚きを隠せなかった。
蒼一の知識を得ていたブリ雄にとって、最終工程は蒼一の姿形をそのまま再現するだけでそれ程の手間は無く、ものの数分でその作業を終える。
「出来ました」
ブリ雄の目に前に転がるのは蒼一も見間違えようも無い、完全再現された生前の自分の姿。
あの強大なモンスターが本当に人間の姿になったという驚きと自分もブリ雄達と同じように過ごす事が出来るという喜び、その両方がまぜこぜになった感情を一頻り噛み締めていた蒼一だったが、ふと砂浜へと横たわる自分へと視線を落とす。
「蒼一様、どうしたのですか?」
ブリ雄には蒼一の姿が見えない以上、視線が何処に向いているのか等は理解出来ない。
それでも一言も発さないまま、肉体に意識が宿る様子もない現状にブリ雄は首を傾げる。
あれだけ肉体を欲していたのに何故と、ブリ雄が疑問に思っていた時だった。
(あー、なんつーかな。こうして俺とブリ雄が並んでいるのを見るとな。隣の芝は青いというか……いや、この場合は隣の人間は若い、か?)
「あぁ……」
そこまで言われ、ブリ雄も蒼一が何を考えているのかを理解する。
ブリ雄は二十代くらいでしかも端正な顔立ちをしているが、一方の蒼一は四十代の別段容姿が優れている訳でもない普通のおっさんであり、その対比が何とも……。
「その、良ければ若かりし頃の蒼一様の姿にしましょうか?」
(そう、だな……出来れば顔立ちもちょっとは整えてくれると助かる。ブリ雄だけなら兎も角、他の皆も顔が整ってるからな。そんな中俺だけその……ね?)
「承知しました。他にも御要望はありますか?」
可能な限り蒼一が満足出来るような肉体に仕上げたいという思いと後から容姿を変更して仲間達に要らぬ混乱を与えないようにという考えからそう質問を投げたブリ雄だったが、後にブリ雄はそれを後悔する事となる。
(あー他ね。だったら身長とかも伸ばしたいな。ブリ雄も知ってるとは思うけど俺身長を聞かれた時に何時も百七十センチって答えるんだが、実際は百六十九センチなんだよな。本当、後一センチ伸びてくれればと何度思った事か……って訳で身長は百七十センチに――いや、ここは折角だしもう少し盛るか?)
一度語り出せば次々と出てくる蒼一の生前の自分の身体に対する不満点、ブリ雄は明け方まで肉体の改善に付き合わされるのであった。