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届けられた素体

蒼一がブリ雄が抜けた穴を埋める為に島中を奔走して一日、完全に日も暮れ全員が巣穴へと帰った事で蒼一の役目も一旦は終わり、精神的にヘトヘトになった蒼一が浜辺に戻って来た時、浜辺に等間隔に置かれた巨大チェスの駒の間、そこに最近になってようやく見慣れるようになった姿を発見する。


(ブ、ブリ雄ォ!)


「あ、蒼一様」


その姿を見て思わず叫んでしまった蒼一の声に、海の方を見つめていたブリ雄が反応を示す。


(帰って来てたのか!)


「えぇ、ちょっと前にですが……すれ違いになると面倒だったのでここで待っていたのですが、遅かったですね。何かあったのですか?」


(何かあったなんてそんなもんじゃない。ありまくりだっての……)


「というと?」


首を傾げるブリ雄に今日あった事をブリ雄に伝えると、ブリ雄は苦笑いを浮かべて言った。


「あぁ、それくらいなら放っといて下されば良かったのに」


(大の男が睨み合って喧嘩してたんだぞ?。止めない訳にはいかないだろ)


ブリ雄の言葉にそう答えた蒼一を見て、ブリ雄は少し納得したような顔をしてから、また先程と同じ苦笑いを浮かべる。


「大の男が、ですか。なるほど蒼一様はそう感じてしまったのですね……良いですか蒼一様、思い返しても見て下さい。今でこそ外見上は人間ですが私達は元はモンスター、要は野生の獣なのです。自然界においてはそんな光景は日常茶飯事ですし、人間が行う殴り合いの喧嘩とはまた意味合いが随分と異なるのですよ」


(ん?あー)


そう説明され、蒼一はブリ雄の言わんとする事を理解する。


要は人間の姿形をしてはいるが本質は野生の獣と変わりなく、野良猫の喧嘩のようなものなのだから気にするなとブリ雄はそう言いたかったのだ。

蒼一だってあれを人間の喧嘩だと認識したから仲裁に入ったのであって、これが動物同士の喧嘩であったなら恐らくここまで必死になりはしなかっただろうし、そもそも放置していた可能性は十分に有り得た。


だからこそブリ雄の言いたい事は分かったし、それを理解は出来たけど、しかし


(ブリ雄、俺はもうお前達の事をモンスターだなんてそんな風には思えないよ)


その価値観だけは共感出来ないと、自身達を野生の獣と卑下するブリ雄に対して蒼一は真っ直ぐにその想いを告げる。


(俺にとってブリ雄達は大切な人達(・・)なんだよ。それは今の外見が人間だからとか、そういうんじゃないぞ。例えどんな外見であっても、どんな生き物であっても、この想いに変わりは無かったと、俺はそう断言出来る)


「蒼一様……」


その言葉にどれだけの想いが込められているのかを理解し、蒼一がこの世界にやって来てから一週間の間の記憶も共有しているブリ雄はその言葉に嘘が無い事も知っていた。


「……分かりました」


だからこそブリ雄は蒼一のその言葉をしっかりと受け止め、野生の獣ではなく一人の人間(・・)として改めて蒼一へと向き直る。


「蒼一様、私に蒼一様の肉体を作らせて頂けないでしょうか」


(うん?どうしたんだ急に、こっちからお願いした事だし元からそのつもりだったけど)


「ふふ、心境の変化という奴ですよ」


そういって意味有り気に笑うブリ雄に蒼一は疑問を抱きながらも、しかしそれがブリ雄にとって、そして自分にとっても悪い変化には感じられなかったので、蒼一はそれ以上気に留めはしなかった。


それよりも成果の方が気になった蒼一は、早速ブリ雄にそれを確認する。


(それで帰って来たって事は素体は見つかったんだよな?見た感じ、それらしい物の姿は無いけど)


「えぇ、確保した素体は異空間に放り込んで来ましたので」


(それって、まさかゲームに良くあるインベントリ的な奴か?)


「正確に言えばまるで別物ですが……まぁその認識で問題は無いです。物をしまって自由に取り出せるという点では同じですので」


ブリ雄はそう答えながら身体を海の方へと向けると杖を空へと向け、魔力を集中させる。

その所作からブリ雄が獲って来た素体を異空間から取り出そうとしているのだと理解した蒼一が、海の方へと視線を向けてその様子を見守るも、一向にしれらしい姿も空間が裂けるといった現象も起こらず、はて?と疑問に思っていた時だった。


(うぉ!?)


突如として蒼一の頭上に巨大な情報の塊が出現し、何事かと空を見上げるとそこにあったのは巨大な岩、それこそ小さな山と表現しても可笑しくはない物体が異空間から引っ張り出されると同時に重力に引かれ海面へと落ちると激しい水飛沫が上がり、豪雨の如く浜辺へと海水が降り注ぎ、蒼一達の視界を奪う。


しかし視界が奪われるのも一瞬の事で、直ぐに蒼一は目の前の物体の姿をハッキリと視認する事が出来た。


(これは……岩で出来た魚?)


蒼一とブリ雄の目の前に現れたのは巨大な魚の骸、通常魚の身体を守る為に存在する鱗の類は存在せず、代わりに鋭く尖った岩のような外皮に覆われており、その巨大さと相俟って死して尚凄まじい威圧感を放っていた。

生きたコイツと対面するのは絶対に御免だと考えながらも、しかしコイツがここにこうしてあるという事はまさかと、ブリ雄に確認する。


(ブリ雄、まさかコイツと戦ったのか?)


「はい、素体を探して海上を飛んでいたところ襲い掛かってきましたので……出来る限り傷付けずに持ち帰りたかったのですが、そのような余裕はありませんでした」


その言葉を証明するように、巨大な魚の身体のあちこちには大小様々な傷が付いており、下半身の方は抉れたように無くなっていた。


(上半身だけでこのデカさとか、マジで山だな)


黒橡色の岩のような外皮を持つだけに余計にその印象は強くなる。


(これなんてモンスターなんだ?…………モンスターなんだよな?)


普通の魚とモンスターとの違いは蒼一には分からないが、少なくとも目の前に居る存在が普通の魚ではないのは誰の目にも明らかであった。


「そうですね、ただコレの名前自体は私にも分かりません。膨大な量の知識を得たとは言っても所詮は三割、つまりは残り七割に付いての知識は無いという事ですから」


世界に内在する知識の三割を所有するブリ雄が分からないという事は、その七割にコイツに関する知識が含まれているのだろう。

肉体として利用するのだからどんな生き物なのか知っておきたいという気持ちも蒼一にはあるが、それも一応程度の気持ちでしかない。


ちなみに言うとこのモンスターの正体は"バハムート"と呼ばれる存在だ。

仮にブリ雄がこのモンスターの名前を知識として有していたとしてもバハムートの名を聞いた蒼一、そしてその蒼一の知識も有するブリ雄も同じく首を傾げていただろう。

蒼一の知識ではバハムートと呼ばれる存在はドラゴンの印象が非常に強く、世界魚バハムートに関しては全く知らなかったのだから。


……まぁ、原典で語られる世界魚バハムートとこの世界のバハムートは姿形やその本質も大分違う物であり、ドラゴンのバハムートの方も名前が同一なだけの別物だ。

故にそれを同列に語る事自体が可笑しいのだが、ドラゴンとしての名前の方が有名なだけに真実を知った時、蒼一達がその名前に首を傾げるのは間違いなかった。


そんなバハムートの名前はさておき、蒼一達にとっては正体不明のモンスターの亡骸を前に、蒼一とブリ雄はこれをどうするのかを話し合う。


「取り合えずは解体して骨を取り出すところからでしょうか。それが素体を探した一番の理由ですし」


(他の部位はどうするんだ?)


「肉や内臓諸々もそのまま流用出来るならしますよ。現物が手元にあるのにわざわざ魚の肉や内臓器官を貰ってくる意味はないですから」


(……それで本当に人間の身体が出来るのか?)


目の前に居るモンスターの外見を見て蒼一は思わずそんな疑問を言葉にしたが、それも仕方のない事だろう。

何故ならブリ雄達の場合は元々が人型の生き物で骨格自体に殆ど変化は無く、表面上の見た目が人間ソックリになっただけである。

一方で目の前に横たわるバハムートは人の姿形からは大きく外れた存在だ。

これを人間の形に整えるというのはかなりの無茶に思えても無理はない。


(第一、この巨体の骨とかそれだけで人間の身体以上の太さになりそうだけど、それをどうやって人の骨格として使うんだ?。まさか削り出す訳にもいかないだろうし)


「そうですね。ある程度の骨の形を変化させる事は可能ですが、流石に太さ等の変化は難しいので、そこは蒼一様に――」


大きさと質量の方を改竄して貰おうと言葉を続けようとしたブリ雄が、不意にその言葉を取りやめて口を噤む。


(どうした?)


「いえ、蒼一様に大きさと質量の情報改竄をお願いするのなら、別に素体なんて探しに行かなくとも魚の骨を流用すれば良かったのでは……と、今更ながらその考えに思い至りまして」


(………………)


ブリ雄が魚の骨を利用しようとしなかったのは魚の骨では小さく強度的にも人の骨格には適さないという理由があったからなのだが、それも蒼一の世界としての力を利用すれば大きさも強度もどちらの問題も解決出来たのだ。

ブリ雄のその本当に今更過ぎる内容に蒼一も何も言えないまま、自らブリ雄に襲い掛かったとはいえ、結果要らぬ事で命を落としたバハムートに対し二人は黙祷を捧げるのであった。

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