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名前は大事

チェスと将棋の細かいルールが分からないという事が判明し、オセロだけで暇を潰すようになって数日が経った頃、定期報告という名の蒼一とブリ雄のオセロ対戦の時間にも関わらず、ブリ雄が浜辺にまるでやって来る様子が無いまま、三十分が経過していた。


(向こうで何かあったのか?)


そう考えてから蒼一の行動は早く、直ぐにブリ雄達の巣穴の方へと意識を向ける。


(む?あれは)


蒼一が真っ先に見つけたのは巣穴の中ではなく、巣穴の入り口辺りで一匹のゴブリンモドキ、ブリ雄を中心に集まったゴブリンモドキ達の姿だった。


一体何をしているのだろうと、蒼一は声を掛ける前にブリ雄達の様子を見る。


「ふむ、そうだな……お前の名前は"ケイ"にしよう。高貴や上品といった意味の込められた名だ」

「ゲェ!ギャギャギャ!」


どうやらブリ雄はゴブリンモドキ一匹一匹に名前を付けている様であり、名前を与えられたゴブリンモドキ――ケイが嬉しそうに鳴いていた。


そうして次のゴブリンモドキへとブリ雄の視線が映るよりも早く、蒼一がそこに割って入る。


(ブリ雄)


「蒼一様?どうしたのですか?」


(どうしたのですかって、定期報告(オセロ)の時間になってもお前が来ないから様子を見に来たんだ)


「え?」


蒼一に定期報告の時間と告げられたブリ雄が驚いた様子で空を見上げ、夕焼け色に染まる空を見て目を見開いた。


「もうそんなに時間が経っていたのですね……」


(どれくらいやっていたんだ?)


「そうですね、体感三十分と経っていないと思っていたのですが、もう夕暮れと考えると恐らく二時間近くになるでしょうか」


(そりゃ随分と時間をかけて名前を付けてたな)


この島に住むゴブリンモドキ達はブリ雄も含めて全部で三十二匹、三十匹近いゴブリンモドキに対して一匹一匹その場で考えてから名前を付けるような真似をしていれば確かにそれだけの時間は掛かってしまうのだろう。


そんな七面倒臭い事をしているブリ雄だったが、ふと物憂げな表情で今一度空を見上げながら口を開く。


「名前とはとても大事な物ですからね。それこそ一生の物になるのですから、出来れば他の者達には意味のある名を与えてやりたかったのですよ」


(あっ)


その言葉と表情でブリ雄が何を言いたいのかを蒼一は察する。


ゴブリンモドキの雄でブリ雄、そんな安直極まりない名前を付けられたブリ雄だからこそ、名前に関しては思うところがあったのだろう。


無論、個体を識別する為の名前は蒼一が共に行動する上で必要になるという考えもあっての事だったのだが、それはあくまでも名目であって蒼一が安易な命名に走るよりも前に、自分のような犠牲者は出したくないというブリ雄の想いも非常に大きかった。


(そ、その……ごめんなブリ雄、ほら!あれだったらお前も改名して良いから!)


「いえ、私は良いのですよ。名前とは一生のもの、蒼一様にブリ雄と名付けられた時から私はブリ雄なのです。名前を変える事は確かに可能でしょうが、それでもブリ雄という一度付けられた名前が消える事はありません」


言葉の端々から犇々と伝わる蒼一を責めるような言動に蒼一は必至に弁明を繰り返すも、ブリ雄は耳を貸すような事はせず、まだ名付け終わっていないゴブリンモドキ達に名前を付けていく。


(うぅぅ……許してくれよブリ雄ぉ……)


若干半ベソをかいている蒼一は気が付かない。

不満を口にしていたブリ雄の口角が、僅かに釣り上がっていた事に。


ブリ雄という名前が安直過ぎるという事を気にした蒼一は気が付かない。

完全に蒼一のその場の思いつきだけで付けられたブリ雄という名前を、その当の本人が実は気に入っているという事実に。


無論、ブリ雄にしてみればカッコいい名前とは言わなくても、せめてもっと意味のある名前が欲しかったという想いがあるというのも純然たる事実だった。

ゴブリンモドキの雄だからブリ雄だなんて、正直そのあんまり過ぎる名前に知恵の実を食べ、意識を取り戻した直後は改名を訴えようとさえ考えた程だ。


しかしそれをしなかったのは知恵の実から摂取した蒼一の知識、正確には蒼一がこの世界に転生してから一週間の記憶があったからだ。


(おぉぉいブリ雄!そっちは木の実があった方じゃないって!ほら枝が揺れてるこっちだこっち!!)


飢餓に苦しむ群れの仲間を連れてあの木の実の元へと連れて行こうとした時、道を間違えた自分へと必死に語り掛ける蒼一。


(ブリ雄、はしゃぐのは良いけど川に流されるなよー。真ん中辺りからは急に深く――ブリ雄ぉぉぉぉ!?)


巣穴から少し離れた川へ遊びにやってきた時、川に流された自分を見て必死に呼びかけながら助けようとした蒼一。


(なぁブリ雄、さっきから手当たり次第に魚を獲ってるけどこれ食えるんだよな?毒があったりしない?)


海へ行った時、魚を獲りまくる自分を見て大丈夫かと不安そうに尋ねてくる蒼一。


(おぉ良い子だなー。あ!ブリ雄!その子はまだ首が座ってないからそういう抱え方は駄目だって!)


まだ仕事が出来ず、巣穴に残された子供達の世話を一緒に見てくれた蒼一。


あの頃はまだ蒼一の存在を認識出来ないただのブリ雄だったけれど、それでも――


――笑いながらブリ雄と呼んでくれた蒼一の声が在ったから

――怒りながらブリ雄と呼んでくれた蒼一の言葉が在ったから

――心配しながらブリ雄と呼んでくれた蒼一の想いが在ったから


聞こえていないと分かっていながらも沢山の想いを込めて名前を呼んでくれた。

それを思い返すだけで不思議と胸の中のモヤモヤは消えていき、後に残るのは暖かい気持ちだけ。


安直過ぎるという事に不満がある以上、その気持ちを素直に感謝の言葉にするのは正直難しいけれど……蒼一がくれた声に、言葉に、想いに、そして何よりもこの名前に背くような真似だけはしたくはなかったから――


「あぁもう良いですよ蒼一様。それ程私も怒ってはいませんから……命名に関しては今日はこれくらいにしておいて、オセロでも打ちましょうか」


自分は蒼一に救われたゴブリンモドキの一匹――ブリ雄として、蒼一の為に生きて行こうと、そう心に誓うのだった。

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