パラムの支部長
無事カードの更新を済ませた蒼一達はそれを見計らっていたかのようにタイミング良く再び現れたミナに連れられ、執務室の前までやって来た。
「トラウド様、アイゼン様をお連れしました」
「入ってくれ」
執務室の扉の向こうから男の声が聞こえ、その声に勧められるままミナが扉を開き蒼一達はその後に続く。
(そういやアイゼンさんと話す時は何時も応接室だったな。執務室ってどんな感じなんだろう)
今から入るのはパラム支部の執務室でスルク支部のものではない。
とはいえ執務室なんてそう代わり映えするような物ではないし、きっと似たような物なのだろうと考えながら蒼一達が扉を潜ると――
「おう!久しぶりだなぁアイゼン!」
「こうして顔を合わせるのは前回の定例会議以来ですね。トラウドさん」
正面の事務机で執務の最中と思われる一人の男――トラウドが朗らかな笑みを浮かべながら書類から目を離して顔を上げる。
歳の頃はアイゼンとそう変わらないように見えるが、まるでガキ大将を連想させるカラッとした笑みがトラウドを外見よりも幼く見せていた。
そんなトラウドの視線がアイゼンからズレ、その後ろに居た蒼一とブリ雄へと流れた瞬間、トラウドの笑みが凍り付く。
「……アイゼン、そっちのは?」
「ウチの社員ですよ。今回の出張に同行して貰ってるんです」
「……そうか、悪いんだが――」
「やっぱそうなりますか。蒼一さん、ブリ雄さん、部屋の外に出ましょう」
「え?あ、はい?」
状況を飲み込めていない蒼一が素っ頓狂な声を出すも、アイゼンは二人の背中を強引に押して執務室の外へと出て扉を閉める。
混乱していた様子の蒼一だったが、執務室から出て三人だけになった事で多少は落ち着きを取り戻したのか、頭の中で先程の状況を整理しつつアイゼンに引っ掛かっていた事を尋ねた。
「あのアイゼンさん、この扉の向こうって執務室何ですよね?」
「はい、間違いなくパラム支部支部長のトラウドさんの執務室です」
「……なんで執務室に下着を付けた裸婦像がズラっと並んでるんです?」
実は蒼一が混乱していたのは突然執務室を追い返されたからではなく、執務室の中にあった女性物の下着を着けた裸婦像が原因であった。
執務とは明らかに関係無い、調度品にしても女性物の下着を着ける意味が分からず、蒼一は一瞬ランジェラリーショップにでも迷い込んだのかと混乱してしまったのだ。
「何故と聞かれますと、彼の趣味としか言えないですね」
「趣味って、裸婦像を着飾るのが趣味なんですか?下着を集めるのが趣味なんですか?。もしくは自分で身に着けるのが趣味とか……」
「あー自分で身に着けるが一番近いですかねぇ……蒼一さんの想像してる絵面とは大分違うと思いますが」
「普通に身に着けるという訳では無いのですね。男性が女性の下着を着けるに普通があるのかというそもそもの疑問は置いておいて」
蒼一程では無かったが混乱していたブリ雄も頭の中で状況整理を終えたのか会話に混ざって来る。
「そうなると……何だろう。俺の頭の中にこれ以外に無い思える絵面が浮かんだんだが」
「蒼一様の知識を持つ私もその絵面が想像出来てしまいましたよ」
普通に着る訳ではなく、可笑しな方法で女性物の下着を身に着ける男と言われて二人が脳裏に奇しくも同じ変態の絵面を思い浮かべていた、その時だった。
「もう入って良いぞ」
執務室を追い出されてからまだ一分と経っていないのにトラウドから入室の許しが出た事に蒼一とブリ雄が首を傾げるも、事情を知るアイゼンは特に疑問を抱く様子も見せず執務室の扉に手を掛ける。
開け放たれた執務室の扉、そこに広がる光景は先程と殆ど変わりはない。
部屋の隅にこれでもかと並んだ下着を身に着けた裸婦像、一分も経っていないのだからこれらを隠すような真似が出来る筈も無いし当たり前なのだが、では何故一旦外に出されたのか――その疑問の答えと二人が想像していた絵面の答えが目の前に現れる。
「初めまして、俺がパラム支部の支部長トラウドだ。このタイミングでアイゼンが連れてる二人組って事は……お前らが霧隠れの山の問題を解決した二人組だな?」
「「…………」」
「だんまりか。まぁいきなり正解を引き当てられちゃ無理もねぇか」
「いえ、正解ではあるんですけど、御二人共貴方の姿に思考停止してるだけです」
扉を開けて真っ先に飛び込んでくるは正面に配置された事務机に座っているトラウドなのだが、その顔面には何故か女性物のパンツが装着されており、所謂変●仮面スタイルだったのだ。
それはまさに二人が想像していた絵面だったが、まさか想像した数秒後にいきなり実物を見せられるとは二人も思っても居なかった。
取り合えず挨拶されたからには自己紹介すれば良いのか、その前にツッコんだ方が良いのか数秒悩んだ後、まずは挨拶からという事で二人はぎこちなく挨拶をする。
「あー……どうも、蒼一と言います」
「ブリ雄です」
「名前は知ってたが、なるほどそっちが蒼一でそっちがブリ雄か。改めてよろしく!」
不必要に畏まったりせず、快闊な挨拶は相手に好印象を与えるだろうが、顔面に張り付いたパンツがその全てを台無しにしていく。
「あの、何故パンツを?」
「ん?あぁこれか。初対面だもんな、いきなりこんなの見せられたらそりゃ気になるか」
(("こんなの"っていう自覚はあったのか……))
あまりにも堂々とした佇まいにてっきりこれが普通だと考えている危ない人では無いかと考えた二人だったが、どうやら異常であるという自覚はあるようで取り合えず安堵する。
「アイゼン一人くらいならそこに一応女が一人居るから打ち消し出来たんだがな。三人となると流石に男臭さが勝るから、こうしてパンツを被って男臭さを打ち消してるって訳だ。分かったか?」
「何にも分からないです……」
男が三人来て男臭くなったというのはまだ分かるが、その男臭さを打ち消す為にパンツを被る意味がまるで分からんと蒼一は率直な感想を漏らす。
「まぁ俺の感性に他人が付いて来れるとは思って無いから良いさ。それよりもアイゼン、このタイミングでこの二人を連れてお前さんは何処に行こうとしてるんだ?」
探るような視線でアイゼンを見るトラウド、パンツさえ無ければシリアスな場面だったろうにパンツのせいで台無しである。
とはいえ実際に行われている行為自体はギャグでも冗談でも無いので、それを茶化す事も無くアイゼンもまた真面目な顔で言葉を返す。
「ジョイスの方まで野暮用がありましてね」
「ジョイスだと?おいおい、今あそこには――いや、そうか。なるほど、だから行くのか」
合点がいったと言わんばかりに独り頷くトラウド、趣味嗜好は兎も角優秀な人材が集まっていると言われるパラム支部の長なだけに頭の回転が凄まじく直ぐに正解へと辿り着いてしまう。
(はぁ……だから会いたくはなかったんですがね)
アイゼンが事前に連絡もせずいきなりパラム支部を尋ねたのは実は意図的な行動であり、全てはトラウドと顔を合わせない為だった。
それなら最初からパラム支部に顔を出さなければ良いのにと思うかも知れないが、蒼一とブリ雄のカード更新は必須であり、何より支部のある街を訪れたというのに顔を出そうとしないまま去るというのは支部長としての立場がその選択肢を許さなかったのだ。
だから顔は出そうとしたけど忙しそうだったから遠慮したというところで落とそうとしたのに、アイゼンのその目論見はミナの援護によって呆気なく崩れ去る。
(ミナさん、御二人が誰か分かった上で誘ったんでしょうね。本当にやり辛い……そもそもミナさんがホールに出て待ち構えていたという事は我々が今日スルクを発ってパラムへ寄る事も知られていたという事ですか)
本当にやり辛いと内心で毒を吐きつつも、アイゼンはにこやかな笑みを浮かべ続ける。
「社長にその二人を会わせるって事は、あの報告書の内容はマジだったって事か?」
「はて?何を仰っているのでしょうか。報告書として提出した以上、虚偽を記載する訳が無いでしょう」
「そりゃあアイゼン視点での話だろうが、あの出鱈目で荒唐無稽とも思える内容を裏付けられるだけの何かを知ったから、社長の所へ連れて行こうとしてるんじゃないのか?」
「裏付けという意味であればスルク支部に持ち込まれた大量の素材達、あれで十分ではないですか。それはトラウドさんもその目で御覧になられた筈では?」
「まぁな、そっちで処理しきれないってこっちに回された分ならじっくり拝見させて貰ったよ。いやはや見事だね。ウチの支部で働いてる重騎士や魔導師を総動員してもあれだけの素材を短期間で集めるのは難しいだろうな。それをたった一晩、それも二人だけで集めるなんてどんな手品を使ったのやら」
「それは御二人の実力があればこそですよ。私はただ御二人の力があればニーヴァは更に大きく飛躍していくと考えて、あの人に紹介しようと考えたまでです」
「あの短期間で良くお前がそこまで他人を信用出来たな?。その実力を保証出来るだけの確証を得られたって事か?」
「御二人とは短期間の内に何度も顔を突き合わせて話し合いましたからね。為人は理解してるつもりですし、実力に関しては間違いなく本物ですから、不必要に疑う意味も無いというだけです」
「はは、まず誰に対しても疑う所から入るお前の台詞とは思えねぇな」
トラウドが相手では迂闊な発言一つで致命的な情報漏洩に繋がりかねないと、トラウドに新たな情報を一つも与えないようアイゼンは常に頭をフル回転させながら会話を続ける。
そんな生産性の無い腹の探り合いが暫く続いた後、トラウドがこれ見よがしに溜息を吐く。
「はぁ……あーもうまどろっこしいのは嫌いなんだよなァ。もう単刀直入で聞くけど――隠してる事話せや」
静かに、それでいて聞いた者が反射的に従ってしまいそうになる程に力強い語気でそう告げるトラウド、それに対して今まで穏やかな表情で受け流すだけだったアイゼンも顔色を変え、真剣な顔でトラウドを見つめ返す。
そんな重苦しい空気が十秒以上続いた後、根負けしたように両手を上げたのはアイゼンだった。
「分かりました。下手に沈黙して妙な疑いを掛けられたら堪ったものではありませんからね」
そう告げたアイゼンの言葉にトラウドはニッと笑みを浮かべ、黙って二人の舌戦を見守っていた蒼一とブリ雄は驚いたように目を見開く。
まさか本当に話す気かと蒼一とブリ雄がアイゼンの背を見つめる中、アイゼンはゆっくりと口を開いた。
「これはニーヴァの今後を左右しかねない程の重要な秘密です。ですから迂闊に話す事は出来ません」
「そんな前置きは良いからさっさと話せよ。それともスルクの支部長ともあろう男がさっきの発言を撤回する気か?」
「そんな気はありませんよ。ただ先程も言ったようにこれはスルクの今後を左右する程の秘密、故に真っ先に社長に伝えねばなりません。ですので――」
今まで真剣な顔で語っていたアイゼンがにこやかなで在りながらも含みのある笑みを浮かべたと思った次の瞬間、アイゼンはニーヴァの支部長にとって在り得ない提案を口にする。
「トラウドさんもその場に同席してください。そうすれば社長に真っ先に伝えつつもトラウドさんもその秘密を知る事が出来ますし、何より二度手間になりませんから」
「…………そう来たか」
ニーヴァの今後を左右する重大な秘密、随分と大きく出たなと思っていたトラウドだったがアイゼンの今の発言でその意図を遅れながら理解し、自身が後手に回った事も理解した。
その秘密が本当にそれ程の重要度を秘めているのか、それはトラウドには分からない。
しかしこの場で重要なのはその真偽では無く"社長に真っ先に伝えなければならない程の情報"という部分だ。
ニーヴァの今後を左右するというならば社長を通さない訳にはいかず、その前に無理に聞き出そうとすればそれは社長への、ニーヴァへの背信行為と捉えられるだろう。
トラウドがその秘密を一刻も早く知りたいというのならばアイゼンに同行してその場に同席するしかないのだが、アイゼンと同じくニーヴァの支部長であるトラウドにとって、社長と顔を合わせるというのは拷問という言葉さえ生温い地獄なのだ。
「今回は、遠慮させて貰おう」
流石のトラウドも情報欲しさだけで地獄に飛び込む気にはなれず、こうして蒼一とブリ雄の秘密は守られたのだった。




