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目の前が揺れると南方の砦の自室に到着する。
「それでは私手続き云々にまわって参ります。若奥様は此方にてお過ごし下さい」
「若奥さ!?」
ぼぼん!
言われ慣れないその表現にミナヅキは瞬間湯沸し器のように真っ赤になってしまう。それを微笑ましく見守りリンクスはドアを抜けていった。
「あ、主様おかえりなさいまし!」
「おはよう? それともお帰り?」
討伐帰りなのか他の女子職員と同じ制服に身を包んだ皇が隣の部屋から飛び出して出迎えてくれる。
つい先日までいたはずなのに、なんだか久しぶりな気がしてならない砦内の自室に戻ると何かを探して辺りを見回す。
「ん? ハレルヤとカニエール君? どこ?」
「おや? もぬけの殻ですか? 私探して参ります。」
「ありがとう! でも女の子なんだから身支度を整えてからよ?」
「畏まりました」
ベッドの下にも居ない。水回りにもクローゼットにも居ない。パッと見外にも居ない。
「どこに遊びにいっているのかな? お引っ越しについて話しようと思ったのに……。まあそのうち帰ってくるか」
バタン!
ドアが激しく開けられて討伐帰りのジェネッタが駆け込んできた。
「ミナヅキいる? あ、いたいた、ちょっとこれ見てあげて!」
「はい?」
何かを抱えたジェネッタがそっと布をずらす。
「あんたこーゆーの飼ってたでしょ? 討伐中に魔物か何かに踏まれたみたいで怪我してるのを見つけたんだけど、何とか治せないのかな?」
「え!」
汚れた布に包まれていたのは大きく甲羅とハサミが割れて弱ったしおまねき。
「あぁ……何て事、治さないと!」
急いで、ベッドに寝かせると祈るように言葉を紡ぐ。
「この傷を治したいの、ハサミも含めて元あったように、どうか……どうか上手にくっつきますように……超回復……お願い!」
ミナヅキを起点に煌めく光の輪が周囲にみるみるうちに広がって、部屋中を満遍なく覆って弾けて儚く消えていく。
部屋が静けさを取り戻すとしおまねきは泡を吹いておとなしく寝ている。その甲羅とハサミに欠損はみられず傷らしい傷は無くなっていた。
「ふう、良かった!」
ベッドの横にへたり込むと横で見ていたジェネッタがため息をつく。
「あんたホントにバカみたいに規格外なのね……驚いたわ。ホント……バカみたいね」
「むむむ……バカとは、心外ですよー! ジェネッタお姉さん! あたしはごく普通の一般人なんですからね!?」
バカというキーワードには、敏感らしい。
「ええー。あんたごく普通の一般人に謝りなさいよ、少なくともアタシの知ってる一般人とは大きくかけ離れてるわよ、一緒にしないで?」
「えええーー!」
こんこん
「なにかあったのかな?」
突如として発せられた魔力にハレルヤを抱えた兵長がやってきた。
『ミナヅキー! ただいまー!』
「ハレルヤー! 元気してたー?」
「兵長お疲れ様です。怪我したしおまねきを発見しましたので取り急ぎこちらに連れて帰ったのですが、どうやらなんとかなったようです。」
「ほほう、カニエール君以外のしおまねきか……」
「え? これ、ミナヅキん所のしおまねきじゃないんですか?」
「ミナヅキのしおまねき? 何を言っておる? それなら、さっきから我々の足元にいるではないか?」
いつの間にか自分の足元にもう一匹しおまねきがいる事に驚きを隠せない。
「な!? じゃあこれはなんなの?」
「二人ともこの子が寝てるんですよ!?」
一気に声のトーンが落ち着ちる。




