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「ふん! 商人共め、我が一族の領土でデカい顔をしよって! 聖女が手に入ったからには、この領の覇権を取った気でおる下賎の者共に、目にもの見せてくれるわ!」
「まあ、素敵だわ! ガレリオン様!」
「その意気ですぞ! 若様!」
女を侍らせ苛立ちを隠そうともしないのはトーマス・ガレリオン。成り上がりの商人達にヘコヘコし続ける領主の嫡男。使用人達に祭り上げられ天下を取れる気でいる愚者である。
部屋の片隅では雇い主の命令を遂行しようと数人が悪戦苦闘していた。
「おかしいな、これは不良品を掴まされたんじゃないんだろうな?」
最初の首輪を外し、ミナヅキの首に従属の首輪を着けたまでは良かった。……が、しばらくしたら最初の物が音もなく壊れてしまった。その後からは何度つけ替えても次々と壊れてしまうのだ。
「旦那! こいつ首輪がつきませんぜ?」
「なんだと!?」
中央の貴族が立ち上がって足を一歩踏み出した直後、恐怖が音も無く訪れる。
開け放たれたテラスから強風が吹き込んだ……瞬間、部屋の中央に侵入者が一人、佇んでいた。
「何者か!」
「いつの間にこんなとこまで!」
「悪いが主を帰してもらおうか?」
振り向き様に侵入者レオナルド・バーマンの姿が揺らぐと消え、部屋にいる連中の意識が瞬きの間に、もれなく刈り取られてしまう。
先程とは違い水を打ったように静まり返った部屋の片隅で無造作に放置されているミナヅキの前に跪き様子を覗き込んだ時、ミナヅキが淡く輝きを放ち、それまでピクリともしなかった体が大きく震えたと思ったら、彼女の意識が舞い戻ってきた。
「かはっ!げほげほ……」
「!」
苦しそうに咳き込み。体を震わせている。
「く……苦しぃ!」
「もう大丈夫だ、ゆっくりとゆっくりと息を吸うのだ……」
「怖……」
その震える指は恐怖から脱しようと渾身の力で目の前の者の上着を掴むとそれを手繰り寄せようとしている。
「遅くなって済まぬ……。途中でミナヅキの気配が全く追えなくなるとはわしもまだまだなのだ……」
その手をあたたかい掌が包み頭をそっと撫でるとミナヅキの瞳にようやく目の前の景色を写し出す余裕が出てきた。
「へ……いちょ……」
震えるミナヅキの手を持ったまま兵長が呟く。
「そうだ、ミナヅキを見てわしも少しは創造魔法をいじってみたくなったのだが、これなんかどうだ?」
パチン!
指を鳴らす。
「これに名付けをするならば……"強制連行"……かのぅ? ふぉっふぉっふぉっ……」
「な! ここは!?」
目の前に投げ出された様に現れたのは、ミナヅキが今一番会いたいだろう人だった。
「あぁ!」
「ミナヅキ!」
縋り付いていた手が放され引かれあう者同士がしっかりと抱き合うとしがみついたままミナヅキが声をあげた。
「兵長、テラス! 連れてきちゃったの……保護して下さい!」
「ん?」
目線をやると、そこにいたのは若き日の"老害"を彷彿とさせる金色の美丈夫。
よく冷えた夜の、大気の透過率の高さ故に更に引き立つ美しい星空を眺めて朗らかに微笑んでいた。
「誰かは知らぬがそこの御仁……空とは誠に美しいものなのだな。」
「何処かで見たような? はて、そちらはどなただったかな?」
「私はルディオ。信じて貰えぬだろうから家名は語らぬ。どうも死にきれずにこの世で燻っておったのだが、この度トオルに誘われて厚かましくもこんな所までついて来てしまったよ」
兵長はその名前に聞き覚えがあったのか、ほんの少し目を見開いて髪をかきあげた。
「これは……なんと申して良いのやら……」
「ああミナヅキ! あんなに綺麗な髪がこんなに……」
「髪なんかまた伸びるからいいんですけど、寂しかったんですからぁ……! うぅ」
「君を拉致した犯人は一人残さず捕まえたから……!」
ミナヅキはシドにしがみついたまま頷いている。
バタン!
「ちょっとシド! 何いきなり消えてんのよ、びっくりするでしょ!? ……て! こんなとこまで来てなにやってんだよぉ! ぶれないなぁオイ!」
安定のジェネッタ先輩が到着するもミナヅキは腕の力を緩めもせずにそこから更に三日間、片時もそこから離れようとしなかった。




