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「リンクスはいるか!」

広々とした玄関にこだまするシドの叫びにも似た大声に反応し、奥から複数の使用人が飛び出してきた。


「シドニール様! いかがなさいましたか!?」

「リンクス、父上はおられるか?」

「旦那様は執務室に……」

 駆け寄るリンクスを捕まえ玄関から二人が消える。


 いきなり捕まれ強引に景色が切り変わるのでリンクスはびっくり仰天なのである。

「な! これは……旦那様と同じ……」

「父上!」


「……何事か?」

 グランは書類から目を離すとシドは一連の出来事を説明する。




「トオル……辛い思いをしてないといいけれど……」

 グランは話を聞くと新しい書類を引き出しから出すとそれにペンを走らせると捺印していく。

「兵長含め砦の者数名と、奪還作戦を領内、場合によっては国内で展開致しますので先にご相談させて頂きに参りました。俺はこれからミナヅキを探しに参ります」


「シドニール、あてはあるのかい?」

「……いえ」

 書類の山から数枚を抜き出してシドに見せる。

「これは全て、異世界からきた"聖女"を自領に派遣してほしいという旨の書かれた嘆願書だ。トオルは聖女ではないし、王命がある故丁寧にお断りしたのだが、この量は馬鹿げているだろう?」

 グランが紙の束を机に投げ捨てると先程作成した書類をリンクスに手渡す。

「な!? ミナヅキは聖女ではない……」

「そう……あの子は優しいけれど聖女ではない。何もかもが歪んで伝わっているのか皆ウチにも聖女を派遣してくれと、ひときわ過激な言い分なのがこの数枚挙げ句の果てには何なら聖女をこちらに寄越せとの申し出だ、が……。で、その中でも急を要するのが……これ、貿易都市メルティ」

「!」

「あそこは商人が幅を効かせている商い人の変態集団が自分達に都合がいい領主を担ぎ上げ飼い慣らしているから独自の価値観、強引なやり方が横行して(いささ)か目に余る事もある。あそこになら国で禁止されている奴隷だってわんさかいると思うよ?」

「……メルティでなにが……」

(おおやけ)には上がってきていないが、あそこの輸入部門から疫病が出たようだ」


「どうだ? これ程、聖女向きの案件は他にないだろう? 国もそんなことなら現役聖女の王妃様を動かせばいいのに、ここぞとばかりに王がご病気だと公表して一切知らん顔をしてるよ。頭おかしいんじゃないかな? 精神(あたま)以外はピンピンしてるじゃないか? あの老害め……」

 選び出した一枚をシドに手渡す。

「ウチでも人を出すから何かあったら君からも指示して使うと良いけどシドニール、自分の花嫁なんだ、しっかり取り戻してくるんだよ?」

「はい、父上」



「……リンクス」

「畏まりました」


「シドニール様、出入口はメルティの郊外にございます奥様の別荘が最適かと……こちらは先に失礼して現地にて情報収集を致します」

「ああ、そうしよう。頼んだぞ」


 言い残すとリンクスが目の前からいなくなる。


「……いつの間に」

「レオナルドが何度もお手本を見せてくれたからね。今ではウチの使用人でも何人かは使えるようになっているさ。って話きいてないし」


 シドも状況を把握するために執務室を後にする。



 先程の広場に降り立つとジェネッタが駆け寄ると。

「大森林の東に向かう猟師の使う獣道の脇にこれが打ち捨てられてたって」

 彼女の掌に握られたそれは、人の髪の毛?触り心地と髪質、血が染みついている白髪は間違いなくミナヅキのモノだと思われた。

「なんて事を!」


「それで、東に向かい貿易の街メルティで折り返してくる業者の荷物の中から随分血が滴ってて、新しく入った見習いがおどおどしてたから多分そいつの仕事が雑なんだろうって話をしてて、辿って行ったらこれを見つけたんだけど。そこからは入れ換えたみたいで血の後もなくなってたわ」

 髪が乱雑に打ち捨てられていたことから、急ぐあまりに手荒に扱われている事が予想される。

「貿易の街メルティからミナヅキを寄越せとの申し入れがあったそうだ。しかも公表されていないがどうやら疫病が出たらしい」

「最悪じゃない」

「ミナヅキは疫病にはかからないけど多分その関連で拉致されたのだな。俺は一気にメルティに飛ぶけれど、皆はどうする?」

「着いていくにきまってんでしょ? 兵長がそこにいるんだろうし。」

「じゃあ向かおう」






 なにもない世界。風が吹かず、空気も震えない。


 地べたに倒れこんでいる様だが相変わらず体は動かない。指すらも動かせない。ここはどこだろうか。意識しないと目すらも動かせないでいる。


 必死にキョロキョロと目だけを動かすと、何かが()いずりミナヅキの側まで近寄ってくる。

「う……」

 自分の近くににやってくるそれに話しかけようにも口も動かない。


 ギョロッと開かれた(まなこ)にやたら見覚えがあった。この気配はいつものアレだ……。すぐ間近で己が目をかっ開いて自分の目を覗き見してくるのはいつものスタイルの様だ。


 ……最悪だ、ちっとも味方じゃなかった! とミナヅキが心で叫び、とてもがっかりしている。

 でも今日はいつもと場所も時間も全然違っていた。



『そなたは誰だ? 父上の知り合いだったか?』


 後ろから声がする。

「!」



『……何だ? 動けないのか?』

 パチン!

 何者かが指を鳴らすと急に体が動くようになっていた。


「え? 貴方はだれ? この懲りないおじいさんの息子さん?」

 急いで体を起こすとおじいちゃんは息子さんの後ろに隠れていた。



『変な効果がついていたが父上が何か失礼したのか? それならば申し訳ない。父上は、国王だがとても凡俗なのだ』

 金髪碧眼な美丈夫の青年が申し訳なさそうにしている。

『私は生まれていたならば、父上の第二妃エレノアの子、唯一の王子だったやも知れぬな』


「生まれていたらって、お兄さんって……」


『……母上も私も全てが早すぎたのだろう。早産で小さく生まれた故、産声をあげること無く半日も生きれておられなかったようだ。気が付けば父上の魂に絡まり、死ぬことも生まれ直す事も出来ずにこのような存在で今日まで来ておる』


「それならそのおじいさんに言い聞かせてください。何回もあたしを呪って来るんですけど、あたし特殊な魔法が効いていて、その都度頂いた呪いをお返ししてるからか近頃はガンガン弱って来てるみたいです。そろそろ可哀想なのであきらめて穏やかな余生をおくってくださいって。あたしが何を言ってもちっとも聞かないんですよ。その人」


『父上……』

 青年が(たしな)めるようにチラリとみると黒い老人の塊は更に後ろに隠れてしまった。

『許さぬ……許さぬ……』

「あらら……拗ねちゃった?」


 青年もお手上げのようだ。

『この通りちっとも聞こえてはおるまいな。もう少し父上に魔力なり加護なりがあったなら私と会話することも可能なのだろうが……』

 なんとなく物憂げな表情で佇む。


「お兄さんはずっとここにいるのですか? 寂しくないのです?」

 

『ふふふ……はじめて人が増えたので私は嬉しい悲鳴をあげたい位だ。こんな機会もう訪れないかも知れないな。良かったらそなた、私と友達になってくれまいか?』

 青年が恥ずかしそうに申し出る。

「ふふふ、こんな所で出会えたのも奇跡ですからね。良いですね。なりましょう友達♪ あたしは水無月亨です」


『ミナヅキ……トオル?』

「トオルって皆呼びます」


『ではトオル……。私は、……確かルディオ……ルディオと呼ばれておった! 半日だけだったが耳が覚えておった……』

 ミナヅキはおもむろに青年の手を取るとその冷たい掌を包み込む様に握手しハグした。


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