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例えていうならあたしという個が世界から切り離された感覚とでも言うのか……辺りは暗闇に覆われて音の無い世界に一人、佇んでいた。
さっきまで街の武器屋で好きなものを一本持っていく許可をもらってウキウキしていたけれど……。
「ここは何処なの?」
剣を持った瞬間に音が途切れてここに来た。音は無い。代わりに気になるのが……
「この……香りは……桜?」
振り向くとそこには舞い散る一本の桜の大木。まるで絵巻物の世界に閉じ込められた様。
「……綺麗」
花びらに引き寄せられて根本まで来てみたら、根本に一本の刀が突き立てられている。
「これ、さっきの日本刀じゃない?」
刺さっている日本刀を手に取り確認するも、全く同じにみえる。
『ようこそおいでくださいました、主様。』
「え……声?」
辺りを見回すもそれらしい姿は何処にもない。声だけが鼓膜を使わず直接あたしに届いているようだ。
『わたくしは何処かから伝来しました一振りの刀。銘を"皇"と申します』
何処からともなく落ち着いた女の子の声がする。
『わたくしは意思を持つ所謂妖刀と呼ばれる代物でございます。主様に力と望みの成就をお約束致します』
「なんなの、それ!?」
『魔力を少し戴きます代わりに、刀としてあなた様に付き従い、どんな強敵でも共に打ち倒してご覧に入れましょう。そして妖刀としての能力でございますが、……主の欲望を何でも一つだけ聞き届ける事ができまする。望みに合わせてそれ相応に代償は頂きますが、過去に世の覇権を望まれた主様もおいででしたよ。あなた様はわたくしに何を望まれますか?』
「……いや特に? ……今はないかな?」
『へ?』
何故か聞き返されてしまった。じゃあ今度はあたしからプレゼンしてみよよう。
「逆にさ、皇自身に望みはないの? 人の我が儘ばっかり聞いててもつまんないじゃない? なんでもいいから言ってみてごらん?」
『……そっそんなことをわたくしに言われる方は……初めてでございます』
声の調子から少し焦っているのが可愛いんじゃない? ふふふ。
「じゃあ、夜までになにか考えておいてね」
『ちょっと! 主様!』
切り離された。意識が戻ったみたい。おじいさんと向き合っている所だ。
「おじいさん、この子にします」
刀を手に持ち微笑んで宣言する。
「わかった……。持っていくがいい」
「ありがとう!」
刀をポケットに収納して店を後にする。ドアを抜けるとそれまでとは違ったこの街の日常が駆け足で追い付いてきた。
「……お腹すいたなー」
今すぐ帰ればまだお昼に間に合いそうなので急いで砦に戻ったあたしです。
コンコン。
「ミナヅキ今いいかな?」
「はぁーい♪ お仕事お疲れ様です」
今宵もシドさんがやってきて、いつも通りに紅茶を淹れてくれる。手を握り合い、たわいもないやり取りを繰り返す。……だけど、あたし達の心、とりわけシドさんの安寧を得るには必須なのだろう。ほら見て、こんないい笑顔、一緒にいると得られる……紛れもない幸せにあたしもずっと、ほころびっぱなし……。兵長なら、なんてしまりがない顔だってからかわれちゃうレベルね。
「シドさん」
「なんだい? ミナヅキ」
「今日手にいれたんです。まだ見せてなかったですよね? これ、日本刀。故郷にあった様なモノです」
ポケットから出すと、一瞬シドさんの目が厳しいものにかわったけれど、あたしが素直に渡すのでその先に続く何かが出せず何とも言えない顔だがまずは物珍しい日本刀の拵えを手にとって確認している。
「これは……美しいな」
鍔や笄、その裏の小柄の丁寧な仕事ぶりを感心しながら眺めている。そう、日本刀はまるで芸術品なの。昔おじいちゃんの部屋にも置いてあったけれど、幼いあたしには中々触らせてもらえなかった記憶がある。
「ん、これは刃物じゃないのか? 抜けないな」
見かけ倒しだって思われるのは少し癪だ。
「それ、本人曰く妖刀なんですって」
「へ?」
シドさんから受け取ると構えて。周囲の背景が瞬きと共に切り替わる。
暗闇と一本の舞い散る桜に一振りの日本刀。日本刀は静かに佇んでいる。本当に美しい景色だ。
「皇の願いは決まったかな? 多分一つ位ならあたしにだって叶えられると思うけど……でも、流血騒ぎとかのバイオレンスな案件は無理かもだけど……」
『主様、わたくし願いを聞くことはあっても聞かれる経験は初めてでございまして……』
しばらくの沈黙の後、皇はポツリと口走る。
『……こんな呪いのような己の刀という忌まわしい存在でも、……許されることなら……自らを忘れて……一度くらい、人として生きてみたいものでございます』
「そう、それが貴女の願いなのね、分かったわ」
『ふっ……この世に生を受けて幾年月、とうとうそんな世迷言を口走るなんて、わたくしどうかしています。…そろそろお迎えが近いのでしょうか。主様、笑ってやって下さいまし』
「そう。承知したわ」
『主様!?』
「あたしだって、誰かの心からの願いをバカにしたり笑ったりはしないわよ。……前にそーゆー願いも叶えた事あったから、多分大丈夫かな?」
『いくら主様でも無理ですよ……そんな荒唐無稽な……』
祈るように目を閉じ、手を組み合わせる……
「無理じゃないから、ちゃんと見ててね。……この子は刀だけどちゃんと魂があって心から願っているの。この者の心からの願いであれば……それを叶えられるだけの……奇跡が欲しい。そう、ひとつだけの奇跡!」
あたしの胸の辺りから光がプリズムの様に漏れだし体を突き抜けそれが翼に変わるとその大きな翼が皇を包んで丸になり、輝き、弾けて暗闇の世界ごと消え失せる。
「ミナヅキ!?どうした!」
あたし達の目の前に、透けるような白い肌に、腰の辺りまで伸びた黒髪が絹糸の様で、パッツンの前髪から伺える瞳は……紅。凛とした美しさの美少女が裸体で顕現していた。
少女はへたりこむも、自らの掌で頬を触り、自分の姿を確認し、何にも代え難い喜びを噛みしめ、大きな瞳からは大粒の涙が溢れてはこぼれ落ちていく。
何かがごっそり抜け落ちていった後の凄まじい疲労感に無事叶えられた事を安堵してて胸を撫で下ろす。
「良かった……できたぁ、てっ!」
そこにいるのはたわわに実ったそれを一つとして隠しもしない裸の美少女。
「……」
横を向くと隣でシドさんの、目が点で固まっている。
「ちょ! シドさんは見ちゃだめ!」
急いであたしのクローゼットから服を見繕って貸すも、どれも胸だけ苦しいという。
くっ……なんて事だ!
「わたくしは皇、主様の力となりて何処までもご一緒いたしまする」




