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「ミナヅキ様、こちらです」


 ドアを抜けると病院らしい消毒液の香りいっぱいに包まれる空間が広がっていた。あちらこちらからうめき声や鳴き声が漏れていて少しの祈りと自然治癒力では治らないというのが(うなづ)けた。

 細長い廊下を抜けると温室になっている明るい中庭を囲むように割りと大きめの部屋の空間をパーテーションで仕切って簡素な個室がひいふうみい……、六人部屋が四つと少し。

「お若い方には少々ショッキングかも知れませんのでお気をつけください。わたくしあちらで包帯の取り換えをしておりますのでお気軽にお声をおかけくださいましね」

「ここの人が特にお困りなんですか?」

「そうですね……皆さんそのままでは弱っていつ召されるやもしれません。それが少しでも持ち直すことが出来たなら、それはそれは素晴らしい事ですね。でも、中には診療を拒まれる方もおいでです。あちらの個室の少年ですが私どもも少々困り果てているのです。彼は貴族の息子さんでミケ君とおっしゃるのですが、たまたまお父様とお出掛けの途中で傷を負い、感染が元で身体中に毒がまわってあんなになるまで放置されたあげく、それを見たお父様が、こちらにお連れになったのですが、その時にはもう今の状態で、落胆されたお父様は、もうここにはもうおいでにならないとおっしゃって王都にお一人でお帰りになられました。それ以来彼は心も傷ついてしまった様で少し自暴自棄になっておいでで治そうという気持ち自体を持たないのです」

「そうなんですね」

「彼の夢は豊富な魔力を使って魔道具工房を開く事だそうですが、本人があんな状態では意図的に魔法を弾いてしまっていて上手く受け付けてくれません。それでは彼の夢も到底叶いそうにありませんから……悲しい事です」



 あたしは、各部屋を一回りしてみた。みんな辛そうだが今すぐ死にそうな人は居なかった。良かったと胸を撫で下ろす。


 コンコン

「こっ……こんにちは」

 一人個室で横になる少年がそこにいた。彼は顔に至るまで体全てが腫れ、ただれた皮膚が元々の地肌を隠してしまっていて表情も伺い知ることができない。そこはかとなく膿からでた臭いもしていた。こんなに酷いとそうは簡単に治療もすすまなそうだとはあたしにだってわかるレベルだった。

「……お姉さんだぁれ? 新しいお手伝いさん? それなら他の部屋にいくといいよ。ここにいてもお姉さんにはする事ないと思うから……」

 振り向きもせず窓際を眺めている。

「あたしトオルっていうの。今日はここのお手伝いをしようと思ってきてみたところよ。君は?」

 少年はピクリとも動かない。

「僕はもう(じき)に死ぬからいいんだよ。何もしてくれなくていいよ。望みも希望もなくなってしまったからね」

「そんなことないよ。治ればやりたい事も、どんな事も出来るようになるから、諦めちゃダメだよ。あたし、君の事絶対治すよ!」

 彼の顔が不愉快そうに歪められる。

「あの人も折角養子にしたのにこのざまで、全てが元に戻らなければ僕という欠陥品をもう認識もしやしないだろうね。あはは……」

 ここにいない誰かを? はたまたこんな状況にある自分自身を嘲笑(あざわら)っているんだろうか……。

「そんなこと! やってみなきゃわからないじゃない……」

 拳を握りしめて力説するも少年には響かない。

「やめてくれよ。僕だってそこまで子供じゃないんだ。そんじょそこらの魔法師の回復魔法ではこんな(みにく)(ゆが)んだ傷痕までは消し去ることは出来ない。お姉さんがここに聖女様でも呼んで来てくれるっていうなら話は別だけれどね……。中途半端じゃ意味が無いって言ってるんだ。もう放っておいてくれないか?」

 どちらのか分からないため息が出た。

「この世界には奇跡みたいな魔法だってたくさんあるのに君はもう諦めてるの? これを見て! 君にあげるよ。これでも一応は不死鳥の羽根みたいだよ。あたしにはわからないけど、かなり珍しいらしいから魔道具工房を作る時にでも使ってやってよ。きっと本人(はれるや)も喜ぶから」

 抜け落ちたハレルヤの羽根を彼に握らせる。

「なんだって!? これがあの不死鳥の……羽根? 嘘だよね! 良くできているけど……僕が子供だって思ってお姉さん騙そうとしているんじゃないの……? ねえ! 調べれば僕には分かるんだぞ?ねえったら!」

 途端に眼を輝かせて羽根の真偽を見定めてやろうとギラギラし始めてた。

「……嘘かどうかは治ってみてから自分で調べてみなよ」

「くそっ!」

 唇を噛むくらい悔しいらしい少年は今だかつてないくらいに闘志を向けてきている。

「ほら、怪我くらい今すぐ治したくなったでしょ? 諦めなければ、やろうと思えば、皆なんだってできるんじゃないかな?」

「うぅ……治してやる! こんな傷くらい! 今に見てろ!」


 うん、それでいい。

「あたしはあたしに出来る事をするから、後はあんたが頑張んなさいよ?」


 集中すればなんとかなるよね? 根性だせよ? あたし!

 目を閉じて創造する。今までよりも強い効果を!

「……癒しの効果を広範囲で、この治療院の範囲にいる皆を癒して、治癒を高める力が……欲しい。この手の触れた場所よりたくさんに、漏れる事なく困った人全てに届くように……、エリアで回復を……! そう、超回復! みんなに癒しを!」

 空気が静まり、あたしを起点に煌めく光の輪が周囲にみるみるうちに広がって、この治療院を満遍(まんべん)なく覆って弾けて儚く消えていく。

「この、脱力感……つらい」

 立っているのが辛いくらいにごっそり何かが抜けていった……。あたしの魔力が仕事をしてくれた(あかし)よね。



「どうよ? 少年!」

振り向くとそこにいるのは生意気なのが玉に瑕だけど驚くほどの、見目麗しい美少年だった。

「あ……、え? そんな事って!」


 サラサラの金髪、宝石のような瞳、透けるようなきめ細かい柔肌で自らを触って確かめている。

「お姉さん聖女様だったの?」


 先ほどまで静まり帰っていた時と違い、治療院の中はお祭り騒ぎが始まっていた。

 エリア回復で一気に回復させたからみんな一気に回復してしまった。

「あなたは聖女様だ!」

「奇跡だ!」

「聖女様じゃないですから! みんな内緒なんだからね! 分かった~? はねえ、きいてる?」

 周りの病室からぞろぞろと皆が集まってきて口々に感謝をのべ始めて土下座してる人もいる!

 ……やややっちゃったのかな?

 元病人たちはミナヅキのみんなを治してやりたいという気持ちに報いる為に自分達で出来ることをして行きたいという。住所不定の流れ者で親を助けられた娘は親子でこの街に永住してこの街を守っていきたいという。


「ねえみんな! 絶対内緒なんだからね? あたし困るから!」


 振り向くとバーミラさんが涙を流して感動していた。

「なんという事でしょう、ミナヅキ様、素晴らしいです。ありがとうございます! ええ、わかっておりますとも。(みな)には口止めをいたします。決して口外させませんのでご安心くださいましね。こんな日が来るなんて……、おお神よ、ミナヅキ様を、この世界に使わして下ったこと感謝いたします!」

 知人にも(ひざまづ)いて拝まれてしまっては、開いた口がまたしばらくはだらしなく開いている訳です。


「あー、またしばらく街禁止になるかなぁ……。やだなー」



「お姉さん貴族に知り合いいる? 家と連絡とりたいんだけれど」

 ミケ君がいつの間にか着替えてあたしの側に来ていた。


「治ったからには王都に戻らなきゃなんだよね。父に連絡取れるくらいの人がいると、嬉しいんだけど?」

「あー、いるいる。多分大丈夫かな?」

「とりあえず一緒に南方の砦に一緒に帰ろっか」


 貴族のご子息がいるので、帰りは教会にお願いして馬車を用意して貰った。そこでミケ君の話をきいて驚いた。


 彼はさる貴族の婚外子で父親に認知をして貰えず何の支援も無く、母親が朝晩働いて苦労して一人で育ててくれたが、頭が良く魔力に優れていた為に、王都にある学園で、返還不要の奨学金を受けて魔道具作りに没頭していたという。そしたら二年生になり魔力が更に増えて更に有名になった途端に自分たちを(かたく)なに拒んでいた父親が、お前は私の息子だ! お前達を是非とも引き取ってやろう! と強引に話を勧めて母子を屋敷に迎え入れたという。その上魔道具作りをくだらないとバカにし邪魔しようとしてくる父親に辟易(へきえき)としていたが、母親の事もあるので大人しく付き従っていたが、そんな見た目ではお前に利用価値は無い! もういらない。恥は許さない、学園も辞めさせてやる! と(てのひら)を返された。それを受けて自暴自棄で死を待っていた所だったと。




「人が折角隠居しようと思ってたのに……誰かさんがやたらと頑張るから……ふう、完治したからには、まだまだ諦める訳にはいかないよね? お姉さん。お姉さんのお陰で僕の利用価値が損なわれ無くて父は喜ぶ事でしょう」

 窓の外を眺める瞳は先程迄とは違い希望に溢れていた。

「そだねー、頑張っちゃったよ。お母さんも応援してくれるだろうし、夢があるうちはまだまだ足掻いて頑張ってみてよ、ミケ君♪」



「そうだね……複雑な気持ちではあるけどもう一度やってみるよ。……あとミケミケ言うけどさ僕ミケランジェロっていうんだよ? お姉さん」


「ほへー。まあそれでも変わらずミケ君でいいじゃない? それにあたしだってね、水無月亨っていうちゃんとした名前があるのよ?聞いてる?」



「ふっ必死すぎ(笑)」

 むか!

「なんですって? ミケ、ミケ泣かすよ?」

「ちょっと! 猫みたいに気軽に呼ぶの止めてくださいって。お姉さんバカなんですか?」

「バッバカ!? なんですってこのヤロー!?」


「あはははははは!」


 砦に着くまでそのやり取りは続くのだった。



「もう! 着くわよ!? ……ミケ」

 すっかり膨れっ面なあたしが教えてあげた。馬車は砦の門を潜っていく。


「僕は魔道具工房つくります! 誰にも邪魔なんかさせませんよ! そしたらミナヅキに感謝の気持ちで僕がプロデュースした魔道具を贈り続けますからね。嫌だって言っても止めませんから覚悟しててください。それが礼です」

「うん、待ってるよ……ミ・ケ?」


 互いにグータッチ! 約束だね。



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