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「では。今日の授業はここまでです。それではトオルさん、また来週ね♪」
「あ、はい! ありがとうございました!」
にっこり微笑んでミヌエット先生が部屋を後にする。ほんわかしていて可愛らしい人だ。どこかの貴族の奥様なんだって。異世界からやってきた私の為にわざわざ時間をさいて週に何回かこうやって通って来てくれるとか、とても有り難い。
無理を通そうとしない分私の方がちゃんとしないと! って思えるとか、何がとかは言えないけれど凄く上手い? 人だ。
マーヤさん曰く、今のあたしに必要なのは、この世界の一般教養や所作、ダンス等この世界の人たちの嗜みなんだって、そう遠くない未来で絶対必要ななるからって。しかも至急? なんで?
キャビネットの上に積まれた、分厚い本の山。勉強を始めた最初の日に、兵長からプレゼントされ渡されたものだけれど。
「そう遠くない未来って一体いつよ?」
ため息がでるわ。当の本人のあたしには、まだその緊急度合いが伝わってこないけれど……。
「ミナヅキちゃん。お疲れ様。お茶でも飲んで一息つくといいわよ。今日のおやつは、お芋の蒸しパンよ」
「マーヤさ~~ん。これ本当に絶対必要なんですかーー?」
本の山を指差すとマーヤさんは真剣な顔をする。
「そうね。これでも少いくらいかな? みんなそれぞれ学園で基本と専門分野をみっちり学んだ上に、嫁入り前には嫁ぐ先に合わせて更に追加で知識を得ていくのよ?」
「えーー! あたし嫁入りはなしでいいですよー」
今から結婚の話なんて、ちっともピンとこないわ。
「ふふふ……でもそれは無理かしら? ミナヅキちゃんは、国が保護するって決めた人だから、特に希望がない限り、婿探しから嫁ぎ先まで厳しく厳選されちゃうんじゃないかしら?多分高位の貴族のおぼっちゃまとか?そこらへん?」
「うぎゃ!」
貴族! 結婚! って大きな石が空から降ってきた気がした。
「そんなのないよー! それ、ジェネッタお姉さんに譲りますよ-ー」
突然異世界に連れてこられてその次は結婚て。ご無体な~~!
「ホントねー。ジェネッタも婚活中といえば婚活中なんだけどね。彼女の場合訳ありで……」
「ほむほむ? どんな訳なんですか?」
お芋の蒸しパン美味しい。
「小さな頃に家同士が決めた婚約者がいたんだけれど、もうすぐ結婚式って時に、婚約者が突然、自分は運命の人と出会ってしまったとか言い始めて、王家主催の新年祝賀パーティーの最中に婚約破棄を大声で宣言してきたの」
「うわー痛い、そんなマンガみたいな事あるんですね。信じられない」
「しかも、確実に、ジェネッタとお別れたくて、それはそれは大きな声で、あることないことケチつけ始めて……」
「彼の為に一生懸命頑張ってたのに、可哀想に、一方的に責められて、プライドから何から何まで粉々に打ち砕かれて……、それで事実はどうであれ、貴族社会であれは曰く付きの令嬢だって変なレッテル貼られちゃったから……うまくいく人が中々いなくて」
マーヤさんがため息をつく。
「中身を見たらわかると思うけど、いい子なのにね。世の中って理不尽よ」
酷い酷すぎる……婚約者め地獄におちろ!
「そんなのってないですよ! ジェネッタお姉さんちっとも悪くないのに酷いじゃないですか!」
「しかもその後があってね、運命の人に出会ったその元婚約者、実はその運命の彼女には他に懇意にしている殿方が沢山居たらしくて……ね。婚約破棄以降、男の実家の稼業が傾いてしまったのにいち早く気がついたのか、ある日突然ぽいって捨てられちゃって……」
「……いい気味です」
人の不幸を願ってはいけないと、分かっていながらちょっとスッキリしちゃった。
「そしたら何とね、自分が、捨てたジェネッタに再び求婚したみたいで、自分は騙されていたんだ! 本当に愛しているのは君だけなんだ! 信じてくれ!! だって」
「え!!サイテー……」
思ったより、ネットとかにありがちでひどい内容にドン引きだわ。
「キレたジェネッタが思いっきり男をぶちのめしちゃって……それで、あの子はやさぐれちゃうし、開き直ってたら大幅に婚期を逃して今に至るわけなの」
「……で、私たち何の話をしていたのかしら??」
「えっと……なんだったかなぁ……? あ、マーヤさん、お茶も蒸しパンもとっても美味しかったです」
「そう? それは良かった」
この日はなんとか、貴族、結婚云々の話からは遠ざかる事に成功した。
「まだこの世界の事も碌に分かってないのに、これからの事なんて… それこそわかる訳ないじゃない。……ねぇ、カニエール君」
足元でカニエール君が泡吹いて寝てる。いい気なものだ。とにかく今は平和に生きていきたいなぁ。
カニエール君は、泡を吹いて寝ますが、シャボン玉みたいなのが時折飛ぶイメージです。




