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泰皇国立皇統学院記 〜 一年目 秋 〜  作者: 都月 敬
2日目
7/23

昼_廊下


 珍しく、少し早めに昼食を終えて食堂を後にし、まだ講義室へ向かうには早いかと、腹ごなしがてら廊下をぶらついていたところ。


「あの、碧流さん、ですよね。流族の?」


 ここ数日、よく廊下で声を掛けられる。

 そんなデジャヴを振り切って、振り向いた先にあったのは、見知らぬ顔だった。


 「はぁ。」


 思わず、気の抜けた声を返してしまう。

 赤みの強い金髪は、細くて柔らかそうなふわふわショート。身長は女性の平均よりは高めだが、かなりの細身で、何かのはずみで折れてしまいそうだ。

 いかにも、可愛らしい央香国のお嬢様、という佇まいだけれど。

 お嬢様は軽く頭を下げながら、鈴を鳴らすような声で。


「あ、すみません。私は柿由 (シユウ) と言います。お祭りのお手伝いを探していると、蒲星に聞いたのですが、、、」


 にっこり微笑むお嬢様。杏怜とはタイプ違いで、好みが分かれそうだ。

 おっと。意識を会話に戻す。


「ああ、蒲星さんから。そうです。助かります」


 まさかの迅速対応。朝相談で、昼納品とは。さすが大司教のご子息様。

 しかし納められたお嬢様は、所在なさげにおどおどと。


「でも、わたし、こういうの初めてで。お役に立てるかどうかは、、、」


 語尾の抜け感が彼女の個性か。守ってあげたい男子には有効なのかもしれない。

 今回は客商売になるから、引っ込み思案すぎるのは考えものなのだが。


「大丈夫ですよ。僕らも全員初めてですから」


 全く安心感を得られないだろうフォローを返す碧流。


「あ、そうですか。。。」


 案の定の反応。守ってあげたいのはヤマヤマでも、安心させられる材料がないのだから仕方ない。

 お嬢様は、やはり自信の揺らぎを隠そうともせず。


「お手伝いといっても、どういった作業があるのかも、わからないですし、、、」


 作業内容ならば、担当ごとにいくつか考えてはある。

 だが選択肢を与えている余裕はない。こちらの希望で推してみる。


「できれば、売り子を担当してくれると助かります」

「売り子、ですか、、、?」


 考え込む風で、小首を傾げる。


「はい。注文を受けて、調理担当に伝えて。できあがったら商品をお渡しして、代金を受け取る。お釣りなんかが出れば、それも――――」

「ええ。屋台くらいは見たこともありますから、わかります」


 念のための説明が、喰い気味にぶった切られた。

 世間知らずと思われて、イラッとしたのだろうか。

 しかし、お嬢様は直ぐに笑みを重ねて。


「あ、お料理とかには自信がなかったものですから、それなら、、、」

「ああ、そうでしたか。それなら、良かった」


 途中、若干ドキッとしたが、受け持ちに不満はないようだ。

 会話のペースや距離感に掴みにくいところはあるが、まだ初対面だ。これから仲間と交流していけば、少しずつでも距離は縮まるだろう。

 そうだ、仲間といえば。


「ところで、今日の放課後、売り物の候補を出して試食会をやるんですけど、よければ――――」

「それよりも、蒲星の担当は何でしょう?」


 それよりも、て。

 またも喰い気味のタイミングと、言葉のチョイスに、嫌な予感が押し寄せる。

 でもまぁ、隠しても仕方ないし。


「蒲星さんは、教団のお仕事が忙しいとかで、基本的に参加はされませんよ」

「え!?」


 初めて出した声と、見せた顔。

 それでも、強張った笑顔のまま、口調だけは元に戻すと。


「基本的に、というのは、、、?」

「全く、と解釈していいのかと」


 一縷の望みも打ち砕かれて、みるみるとその表情が曇っていくお嬢様。

 やっぱり、蒲星狙いだったか。

 手伝いをすると言ったのも、蒲星の頼みを聞いて好感度を上げようという魂胆だったのだろう。あわよくば、祭りの準備作業を通して距離を縮めたり、休憩を合わせて祭りを一緒に回ったり、なんて妄想を掻き立てていたのだろうか。御愁傷様。

 そうは言っても、貴重な人手。手放すわけにはいかない。


「それで、本日の試食会は――――」

「ああ、わたしもあまりヒマじゃないので」


 あ、個性が消えた。


「準備とかも参加できません。基本的に。売り子なんですから、当日だけでいいですよね」

「あ、はい。それは、もう」


 この『基本的に』も、『全く』と解釈した方がいいのだろう。

 でも当日はなんとか参加してくれるようだ。


「で、当日って、丸一日ですか?」


 ……おっと。


「一応、その予定です。途中、交代で休憩はありますけど――――」

「長。」


 目線を逸らし、一つ下がったトーンで吐き棄てるお嬢様。

 碧流も大急ぎでタイムスケジュールを洗い直す。


「な、なんでしたら、あの、昼からでも――――」

「じゃあ、昼からで。すみませんけど」


 喰い気味に即答。取ってつけた謝辞も、もうお嬢様の口調ではない。

 しかし、碧流にはもはや下手に出ることしかできず。


「い、いえ。もう、手伝ってもらえるだけで、充分なんで――――」

「では、そういうことで」


 ぷい、と。素早く踵を返す。


「あ、当日の場所とかは――――」

「蒲星に聞いて、直接行きます」


 ツカツカツカと。

 靴音高く、去っていく柿由。

 呆然と、見送るだけの碧流。


 ……さすがに、本音出すの、早すぎだろう。


 せめて頼んだ仕事くらいはきちんとこなすよう、彼女のプライドに期待した。


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