昼_廊下
珍しく、少し早めに昼食を終えて食堂を後にし、まだ講義室へ向かうには早いかと、腹ごなしがてら廊下をぶらついていたところ。
「あの、碧流さん、ですよね。流族の?」
ここ数日、よく廊下で声を掛けられる。
そんなデジャヴを振り切って、振り向いた先にあったのは、見知らぬ顔だった。
「はぁ。」
思わず、気の抜けた声を返してしまう。
赤みの強い金髪は、細くて柔らかそうなふわふわショート。身長は女性の平均よりは高めだが、かなりの細身で、何かのはずみで折れてしまいそうだ。
いかにも、可愛らしい央香国のお嬢様、という佇まいだけれど。
お嬢様は軽く頭を下げながら、鈴を鳴らすような声で。
「あ、すみません。私は柿由 (シユウ) と言います。お祭りのお手伝いを探していると、蒲星に聞いたのですが、、、」
にっこり微笑むお嬢様。杏怜とはタイプ違いで、好みが分かれそうだ。
おっと。意識を会話に戻す。
「ああ、蒲星さんから。そうです。助かります」
まさかの迅速対応。朝相談で、昼納品とは。さすが大司教のご子息様。
しかし納められたお嬢様は、所在なさげにおどおどと。
「でも、わたし、こういうの初めてで。お役に立てるかどうかは、、、」
語尾の抜け感が彼女の個性か。守ってあげたい男子には有効なのかもしれない。
今回は客商売になるから、引っ込み思案すぎるのは考えものなのだが。
「大丈夫ですよ。僕らも全員初めてですから」
全く安心感を得られないだろうフォローを返す碧流。
「あ、そうですか。。。」
案の定の反応。守ってあげたいのはヤマヤマでも、安心させられる材料がないのだから仕方ない。
お嬢様は、やはり自信の揺らぎを隠そうともせず。
「お手伝いといっても、どういった作業があるのかも、わからないですし、、、」
作業内容ならば、担当ごとにいくつか考えてはある。
だが選択肢を与えている余裕はない。こちらの希望で推してみる。
「できれば、売り子を担当してくれると助かります」
「売り子、ですか、、、?」
考え込む風で、小首を傾げる。
「はい。注文を受けて、調理担当に伝えて。できあがったら商品をお渡しして、代金を受け取る。お釣りなんかが出れば、それも――――」
「ええ。屋台くらいは見たこともありますから、わかります」
念のための説明が、喰い気味にぶった切られた。
世間知らずと思われて、イラッとしたのだろうか。
しかし、お嬢様は直ぐに笑みを重ねて。
「あ、お料理とかには自信がなかったものですから、それなら、、、」
「ああ、そうでしたか。それなら、良かった」
途中、若干ドキッとしたが、受け持ちに不満はないようだ。
会話のペースや距離感に掴みにくいところはあるが、まだ初対面だ。これから仲間と交流していけば、少しずつでも距離は縮まるだろう。
そうだ、仲間といえば。
「ところで、今日の放課後、売り物の候補を出して試食会をやるんですけど、よければ――――」
「それよりも、蒲星の担当は何でしょう?」
それよりも、て。
またも喰い気味のタイミングと、言葉のチョイスに、嫌な予感が押し寄せる。
でもまぁ、隠しても仕方ないし。
「蒲星さんは、教団のお仕事が忙しいとかで、基本的に参加はされませんよ」
「え!?」
初めて出した声と、見せた顔。
それでも、強張った笑顔のまま、口調だけは元に戻すと。
「基本的に、というのは、、、?」
「全く、と解釈していいのかと」
一縷の望みも打ち砕かれて、みるみるとその表情が曇っていくお嬢様。
やっぱり、蒲星狙いだったか。
手伝いをすると言ったのも、蒲星の頼みを聞いて好感度を上げようという魂胆だったのだろう。あわよくば、祭りの準備作業を通して距離を縮めたり、休憩を合わせて祭りを一緒に回ったり、なんて妄想を掻き立てていたのだろうか。御愁傷様。
そうは言っても、貴重な人手。手放すわけにはいかない。
「それで、本日の試食会は――――」
「ああ、わたしもあまりヒマじゃないので」
あ、個性が消えた。
「準備とかも参加できません。基本的に。売り子なんですから、当日だけでいいですよね」
「あ、はい。それは、もう」
この『基本的に』も、『全く』と解釈した方がいいのだろう。
でも当日はなんとか参加してくれるようだ。
「で、当日って、丸一日ですか?」
……おっと。
「一応、その予定です。途中、交代で休憩はありますけど――――」
「長。」
目線を逸らし、一つ下がったトーンで吐き棄てるお嬢様。
碧流も大急ぎでタイムスケジュールを洗い直す。
「な、なんでしたら、あの、昼からでも――――」
「じゃあ、昼からで。すみませんけど」
喰い気味に即答。取ってつけた謝辞も、もうお嬢様の口調ではない。
しかし、碧流にはもはや下手に出ることしかできず。
「い、いえ。もう、手伝ってもらえるだけで、充分なんで――――」
「では、そういうことで」
ぷい、と。素早く踵を返す。
「あ、当日の場所とかは――――」
「蒲星に聞いて、直接行きます」
ツカツカツカと。
靴音高く、去っていく柿由。
呆然と、見送るだけの碧流。
……さすがに、本音出すの、早すぎだろう。
せめて頼んだ仕事くらいはきちんとこなすよう、彼女のプライドに期待した。