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泰皇国立皇統学院記 〜 一年目 秋 〜  作者: 都月 敬
2日目
6/23

朝_廊下


「碧流。教団からも許可は下りたぞ」


 唐突に、昨日も聞いたような言葉が掛けられたのは、本日最初の講義へと向かう廊下でのこと。


「それは、何よりですね。蒲星さん」


 開き直って、笑みを返す。今日の四神は蒲星だった。

 これで主催者側にも話が通り、逃げ道は完全に塞がれた。

 さすがにもう逃げる気は無かったが、改めて身が細る思いがする碧流。


「屋台については売り物が決まらないと申請もできないだろうが、さすがにこの時期では残っている器具も限定される。できれば早めに決めてくれると助かる」


 爽やかに無理を言う。

 昨日の今日で、早めに決めろもないものだが。


「今日の放課後に試食会を開いて決めるつもりです。明日には申請できるかと」


 昨日の今日で、無茶を聞いてくれる仲間たちには感謝しかない。碧流が感謝する筋ではないことは、もう忘れた。

 これには、さすがの蒲星も驚いた様子で。


「さすがだな。ならば、明日は早くから自治会室にいるようにしよう。炭などの消耗品も、自分たちで買うよりは安く手配できるはずだ」


 それは助かる。なにせ碧流たちには仕入れルートすらないのだ。

 何を頼むべきかも、売り物が決まれば決まってくるだろう。


「こちらから振った話でもある。多少は無理も聞こう。今は、何かあるか?」


 と、言われても、まだ海の物とも山の物ともつかない状態だ。

 碧流は積み重なった課題のうち、自分たちで対処しきれないものを考えて。


「お客さんはかなり入るのでしょうか? そうなると、売り手の数が足りなくなるかもしれません。六名しかいないので」


 プロならば、それだけいれば多いほどなのかもしれないが、こちらは素人だ。

 調理も手際良くとはいかないだろうし、向き不向きもある。一日仕事となれば休憩も考慮しなくてはならない。その他、どんなトラブルがあるか、予想もつかないのだ。


「六名。やはり、あのメンバーか」


 蒲星の脳裏にも全員の顔が浮かんだらしく、一つ苦笑すると。


「客の入りはお前たちの努力次第だが、人出は見込めるはずだ。手を貸してやりたいところだが、こちらもなにぶん当日は忙しくて手が足りない。教団員は出せないが、心当たりに声を掛けてみよう。誰かいれば、碧流に連絡するよう言っておく」

「ありがとうございます!」


 蒲星の心当たりなら、恐らく央国出身。ならば祭りの経験も豊富に違いない。未経験者が多い碧流たちからすれば、それだけでも十分に心強い。

 報告を終えた蒲星は、私たちも参加できるといいのだが、と前置きした上で。


「学院からの参加、しかも学院生からの積極的な提案、というのは教団内部からも評価が高いのだ。売り上げを出せと言うつもりはないが、期待している者が多い、ということは覚えておいて欲しい」


 碧流に更なるプレッシャーを載せて、爽やかに笑う。

 流族の使命、学院生としての責任に加えて、教団からの期待まで。背負わされたものの重さに、祭りが終わる頃には、碧流はさらに小さくなっていそうだ。

 しかしそうなると。すべてを蒲星の手柄にして終わり、というのも、どうにも納得がいかないような気がしてくる。そもそも、積極的な提案ってなんだ。


「――――ところで」


 声を潜める碧流に、去りかけた蒲星が足を止めた。


「紅兎の件をご存知なのは、蒲星さんと杏怜さんだけですか?」


 蒲星も小さく周りを確認して。


「ああ、そうだ。あまり拡げるべき話でもあるまい、と思ってな」


 鷹揚に答えるが、その実、蒲星自身も揉み消したがっていることは確認済だ。

 その回答に、碧流は満足げに頷いて。


「そうですよね。こちらも同じように考えて、紅兎以外には話していません。なので他のメンバーには、今回は蒲星さんからの依頼による参加、ということにしてありますので」

「……む?」


 風向きが変わった。

 碧流はわざと悪い顔でニヤリと笑う。


「他のメンバーからすれば、蒲星さんに貸し一つ、くらいに考えているかもしれませんが。まぁ、それはそれ、ということで」


 多少の間。

 表情までは変わらないが、気に入らない雰囲気が漂い始め。


「――――ふん。そもそものところを考慮するなら、いささか腑に落ちない言われようではあるがな」


 鼻を鳴らした蒲星だったが、ひっくり返すほどの材料は持ちあわせておらず。


「まぁいい。こちらの要望を叶えてもらったことも確かだ。ただし、そこまでいうからには、つまらないものは出してくれるなよ」


 まるで不正を働く役人のような口調になってしまう。

 碧流も演劇の悪商人のような笑みを浮かべ。


「わかっています。学院生としての責任を果たし、教団の期待に応えるような屋台にしてみせますよ」


 不納得顔を見せたのは一瞬、それも直ぐに笑顔に変わる。


「うむ。それでこそ、碧流だ」


 碧流の背をばんばん叩き、蒲星は颯爽と去っていった。


 ちょっと、ムキになって、言い過ぎたかもしれない。大口叩いて自分の首も締めたし。

 だが、個人的に、あの蒲星のスタイルをここまで崩せたなら満足だった。

 代償として、叩かれ過ぎて、噎せるのを我慢しなければならなかったが。


 思いがけず、新たな自分を発見したかもしれない、碧流であった。


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