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泰皇国立皇統学院記 〜 一年目 秋 〜  作者: 都月 敬
1日目
5/23

夕_大通


 屋台の検討会終了後。

 学院から散っていくメンバーを尻目に、碧流は帰りかけていた紅兎のフードをむんずと掴む。


「うげ。」


 さすがにあのマントではないが、羽織った薄手のコートのフード。

 いきなり引っ張られて、たたらを踏む紅兎。


「何すんの!」

「ちょっと話があります」


 口調は冷静に。でも視線には強い怒りをたたえて。

 それに不穏なものを感じたのか。


「アタシにはないっ!」


 素早く身を翻す紅兎。


「うげっ。」


 だから、フード掴んでるんだって。

 ツッコミたい気持ちを無理やり抑え、真顔で紅兎を睨みつける。


「紅兎、またやりましたね」


 じたばたあがく紅兎に、じりじりと詰め寄る碧流。


「やってない!」

「嘘つかない。昨日捕まったんでしょう、屋台で」

「あ。」


 ようやく何のことか理解したらしい紅兎は、碧流の目を見返して。


「だって、あんなところから出てくるなんて思わないもん!」

「捕まったのが問題じゃないんです!」


 どこから、何が出てきたんだよ。

 屋台の罠にも興味は湧くが、今は話を逸らしている場合ではなく。


「お昼は食堂で食べられるでしょう。なぜ、また盗みに手を出したんです?」

「……う〜」


 しばし唸る紅兎。碧流は視線を外さない。

 やがて、自分より低い位置にある碧流の目を、上目遣いに見やりながら。


「食べてみたかったんだもん」


 ぽつりと、そう呟いた。


「食堂のご飯はさ、いつも豪華で、種類も量もたくさんあって、おかわり自由だし、そりゃお腹いっぱい食べられるよ。でもね、そんな贅沢な日々を過ごしていると、ふと、思い出すの」


 遠い目をして語る紅兎が、ふい、と碧流を振り向いた。


「ねぇ、覚えてる? あの日、さ。碧流に捕まった日。アタシ、雪祈に返したよね、あの串」


 覚えてる。覚えてますけれども。

 ひょっとして。


「昨日狙ったのって、あの、揚げ干し杏串、だったんですか?」


 紅兎はにっこりと笑って。


「普段贅沢なものばっかり食べてると、ふと、びんぼ臭いものが食べたくならない? 同じでさ、いつでも美味しいものが食べられるようになると、なんだかゲテモノが懐かしくなるんだよ。あの時、食べられなかったし」


 げんこつ。


「痛い! なんで殴った!?」

「どうせなら、他に何かあるでしょう!」


 理不尽なのは百も承知で。

 それでも碧流の怒りは収まらない。


「肉好きなら肉好きの、こだわりみたいなものはないんですか!?」

「あるよ、無ッ茶あるよ! でも、今回は好奇心が勝ったの!!」


 なんら正当化になっていない主張を張り上げた紅兎は、声を低めて、顔を寄せ。


「知ってた? あれ、中の干し杏、砂糖漬けになってるんだよ。クッソ甘いの!! バッカじゃねーの!?」

「知りませんよ! でも、そうでしょうよ、想像だけで虫歯になる」


 好奇心で殺されたのは紅兎本人だったようだ。

 それで終われば笑い話で済んだのだが、今回は碧流を含めた周りに多大な迷惑を掛けまくっているわけで。


「でも、その無駄な好奇心のおかげで、せっかくの祭りの日に、僕ら屋台で働くことになったんですよ」

「無駄ってゆ〜な!! ……って、え? あれ、そのせいなの? でも蒲星の頼みだって」


 さすがにきょとんとする紅兎。ここは、あえて碧流は冷淡に。


「あれは、自治会から課せられた紅兎の奉仕活動です。じゃなきゃ、いくら蒲星の頼みでも、こんな面倒ごと受けたりしません」

「――――ってことは、アタシのせい?」

「だから、そうだって言ってるじゃないですか!」

「ぐぇっ。」


 思わず、フードを握る手に力がこもってしまった。

 しかし、紅兎は恨み言を並べるでもなく、なぜか自分の両手をじっと見つめてから。


「でも、みんな楽しそうだったよね!」


 げんこつ、二発目。


「痛い!!」


 とりあえず、状況は理解した。今回もまた、大した理由ではなかったけれど。

 冷静さを取り戻した頭で、とりあえず言うべきことだけは言っておく。


「知っているのは、僕らの他は蒲星と杏怜だけです。みんなにはこの話はしません。でも、紅兎は、みんなが自分のせいで働くことになったことは覚えておいてください」


 強い口調でまとめて、フードを放す。

 紅兎はまるで猫のように身体を振って、フードの位置を直した。


「次やったら、こんなもんじゃ済みませんよ」

「……は〜い」


 ぶたれた頭をさすりながら、こちらを見もせずに応える紅兎。こんなもん、っていうのはげんこつのことじゃないんだが、きっとわかってないな。


 気づけば、夕陽は大きく傾いていた。

 紅く照らされながら、とぼとぼ帰る紅兎の背中に。


「屋台、誰よりも、がんばってくださいね」


 ちょっとだけ意識した、優しい声で言葉をかけて。


「ふん。最強の肉をお見舞いしてやる。楽しみにしておれ」


 返ってきたのは、いつもより少しだけ大人しい声。


 楽しみにしてたのは、祭りの屋台を食べ歩くことで、屋台を出すことでも、売り上げを稼ぐことでもなかったのに。

 それでも、怪盗串娘がそこまで自慢する肉だけは、少しだけ楽しみだった。


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