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泰皇国立皇統学院記 〜 一年目 秋 〜  作者: 都月 敬
1日目
4/23

夕_講義室


 その日の夕方。

 最後の講義が終わった後、碧流たちはいつかの講義室に集まっていた。

 集まってくれたメンバーに謝意を表してから、碧流が手短に状況を説明していく。すべてを伝えることはできないため、蒲星が朱真を呼び出し、代わりに碧流が赴いたところ、蒲星に祭りの屋台が一つキャンセルになったので穴埋めを頼まれた、という話にした。真相から紅兎の件を抜いただけ。嘘は少ない方が楽だ。


「――――状況は分かったけどさ、なんで、大本の朱真がいないのよ」

「それは、僕も聞きたいです」


 さすがに不納得顔の紫絡 (シラク) に詰め寄られ、同じ顔を返す碧流。

 碧流としても、言いたいことは山ほど積んであるのだが、学院生活がどれだけ長くなっても、普段の朱真の居場所は見当がつかない。


「敵前逃亡か? 死罪なり!」


 いつも朱真に厳しい紅兎 (コウト) が軍属のようなことを言い出すが、彼女に対するお説教は後に取ってある。


「いても、まともな意見は出してはくれないですから、いいんじゃないですか?」


 いつも元気に爽やかに、さらっとひどいことを言う雪祈 (セツキ)。

 残念だけど、それが一番正しい意見だ。


「ですよね。なので、いるメンバーで検討を始めましょうか」


 苦笑しながら、碧流が一通り全員を見回した。

 無言の青華 (セイカ) にも目をやるが、彼女は相も変わらず、伏せ目がちに腕を組んだまま。彼女の場合、特に発言がないのは賛同と見なしていいはずだ。ただし、ここもまともな意見は期待薄だけど。

 不満に怒声に毒舌に無言と、反応はそれぞれ散々だが、不参加という宣言がないのが助かる。碧流を合わせて、以上、五人。これが今回の祭り出店の核となるメンバーだった。あと、一応、朱真と。


「まずは、何を売るのか、ですね。それが決まったら、材料の仕入れ、調理方法、必要な機材、売値なども決めないと」


 検討事項を指折り数える碧流。

 そこに紅兎が勢いよく手を挙げて。


「あと、名前! 何屋さんで、目玉商品は何というのか!」

「それは後でもいいでしょうよ。屋台に店名はいらないと思いますし」

「いるよ! それこそが成否を分けるっていうくらい、すっごくいるよ!」

「モチベーションは上がるかもしれませんけど、後でいいですね」


 碧流と雪祈に二人がかりで流される紅兎。

 代わって実務派の紫絡が手を挙げて。


「屋台自体の手配はどうするの?」

「蒲星さんにお願いすればいいようです。使用する調理器具なども一緒に」

「じゃあ、そこは気にしなくていいんだね。でも、何を売るのかが決まらないと、どんな屋台がいいのかも決められないのか」


 ふむふむ、と頷く。

 焼くのか、蒸すのか、揚げるのか、ただ並べるのか。それによって借りる屋台も調理器具も異なってくる。


「ということで、まずは売り物から決めないと。とは言っても、僕は収穫祭を見たこともないので、どんなものがいいのかもよくわからないんですけど」


 のっけから頼りないことを言い出さざるをえない碧流。

 それに、紫絡が意外そうに驚いて。


「え? 碧流くん、お祭り行ったことないの?」

「ないですよ。僕はこの夏に泰陽に来たばっかりですから」


 それに同意したのが、同じく一年目組の紅兎と雪祈。これで、未経験者が過半数を超えた。紫絡が大きくため息をつく。


「……なんで、こんなメンバーで屋台出そう、とか言ってんのよ」

「全くごもっともです」


 呆れ返っても始まらない。気を取り直した紫絡が、進行役を代わって、全員の方へ向き直る。


「お祭りの屋台は大きく分けて二つ。仮装行進に合わせて飾りを豪華にしてくる屋台と、ここぞとばかりにお試しで新商品を出してくる屋台。逆に言えば、それ以外はいつも通りだから、基本的にはあんまり変わらないの。後は値下げと増量かな」


 ふむふむ、と頷く新人三名。だが、悲しいかな、彼らはその仮装行進も見たことはない。


「この日にしか出ない屋台もある、とも聞きましたけど?」


 質問役に回った碧流が手を挙げた。紫絡は女教官のように碧流を指して。


「いい質問ね。でもそういうのは、普段は高くて庶民じゃ敷居もまたげないような高級店が、リーズナブルに料理を提供して新規客を掴もう、っていうのが狙いだから。私たちの屋台の参考にはならないのよね」


 この日にしか出ない、は一緒でも、狙いは全然違う、ってことか。

 教官はなおも重ねて。


「でも、いつもの屋台で売っているようなものだと、やっぱり既存のお店には勝てないと思う。本職が、お祭り特価でくるわけだから。こっちも本気でやるなら、他がやらないことをしないと。差別化よ、差別化」


 やるからには、勝つ。紫絡の瞳に本気の炎が宿った。

 他のメンバーも、知識はなくとも、負けん気だけは旺盛で。

 次に手を挙げたのは雪祈。


「いつもの屋台というと、大判焼きとか、あんドーナツとか、揚げチョコバナナとかですか?」

「あんた方は甘い物以外も食べなさい」


 ちなみにあんた方というのは、雪祈と、同じ西柏 (サイハク) 国出身の公子白翔 (ハクショウ) の二人を指す。雪祈はいつも白翔の面倒を見る形で一緒にいるので、白翔は今日も雪祈を貸し出すことに難色を示していたのだが。


「そう言えば、雪祈さんはお祭りの日、白翔さんといなくていいんですか?」


 気になった碧流が確認する。ただでさえ少ない人数なのに、土壇場になって不参加者が出るのはキツい。

 しかし雪祈はにっこりと笑って。


「学院の中と登下校以外は、お側に付く必要はないです。自治会のお手伝いをする、と言えば、文句は言われませんし。それに、せっかくのお祭りまで一緒に回るのは、ちょっと」


 少しずつ、雪祈の印象が変わっていく。絶対忠誠メイドかと思っていたのに。

 ともかく、白翔の好みもあって、雪祈は屋台の甘い物事情には詳しそうだ。


「屋台と言えば、肉!」


 いきなり手と大声を突っ込んできたのは、やっぱり紅兎。


「肉焼いた串のヤツが最強! 肉饅頭も捨て難い! でも揚げたのだって、これまたどんなもんだろ!」


 どんなもんだよ。

 さすがは屋台通りを賑わした怪盗串娘。特に肉関係には一家言あるようで。


「パンに挟んで、とかでもいいんだけど、あんまり野菜が多くなると、あれだよね。食べ応えがね」

「どんだけ肉なのよ、あんたは」


 そろそろ紫絡に止められた。しかしその紫絡も肉関連は無視できず。


「まぁ、お肉系が売れるのは間違いないけどね。お祭りだけあって、お酒飲み歩く人も多いし、となると、ツマミが欲しくなるし。飲まなくても、その日のごはんは屋台で済ます、って人も多いから、お腹にたまる系も人気だろうし」


 さすがに酒は売れないが、酒に合うツマミは狙い目かもしれない。腹にたまる系で考えても、肉はありだ。


「学院生らしさ、はいらないのか?」

「うわ、びっくりした」


 意外な方向から声がして、大げさに驚く紫絡。いやいや、青華は最初からそこにいたから。本日の第一声だけれども。

 学院生らしさ。確かにこれが、学院生が出す初めての屋台だ。蒲星も、学院が祭りに参加することに意義がある、ようなことを言っていたし。らしさを売りにできれば、客も食いつくかもしれない。

 せっかく出た貴重な意見、紫絡も何とか活かそうと首をひねるが。


「がんばって作ってます! みたいな一生懸命さを前面に押し出す、とか?」


 精神的なアピールか。

 無理に出さなくても、素人臭さは出てしまいそうだけれども。

 学院生らしい、屋台。そもそも両者がなかなか結びつかない。重苦しい雰囲気が降りた室内を、碧流はゆっくり見渡して。


「――――そうか」


 全員の顔を見回して、一つの意見を思いつく。


「学院生らしい、とは少しずれるかもしれませんが、せっかく四方国の人が綺麗に揃っているので、それぞれの地元の食べ物で勝負する、というのはどうですか?」


 ほう、と一つ頷いた紫絡が、昨年までの記憶と照らし合わせて吟味して。 


「うん。いくら色々品数が出るって言っても、やっぱり央 (オウ) 国の物ばっかりだったからね。目新しさ、という点では、ありかも」


 教官のお墨付きが出る。


「四方国からの留学生がいるのも学院の特色ですから、いいんじゃないですか」


 雪祈が賛同し、青華も頷いた。


「じゃあ、あたし肉! 肉担当ね!!」


 早速、全力で手を挙げる南須 (ナンシュ) 国兼孔 (ク) 族担当、紅兎。

 こちらは遊牧を主産業とする南須国。孔族も狩猟民族だから、肉料理は得意そうだ。本人の好みも合わせて、最良の組み合わせだろう。料理の腕前は疑問だが。


「となると、私は柏 (ハク) の物ですね。何かあったかな?」


 腕を組んで、小首を傾げる西柏国担当、雪祈。

 西柏国は森林が多く、まとまった土地が取りにくい。その分、農作物や畜産物そのままよりも、手を加えた料理が多かったはず。


「う〜ん、北って食べ物イマイチなのよねぇ、、、」


 四年前に離れた故郷へ想いを馳せる北厳 (ホクゲン) 国担当、紫絡。

 北厳国は気候的にも地質的にも農業に向かず、産業は鉱業に寄っている。代表する料理は、あまり印象がない。


「え、私も、何か出すのか?」


 自信なさげに訊く東征 (トウセイ) 国担当、青華。

 もちろん、すぐさま紫絡教官にたしなめられて。


「当たり前。東にだって美味しいものはあるでしょ。最悪、材料とレシピさえ持って来れば何とかするし」


 その頼もしい言葉に押されて、渋々考えを深め始める。

 東征国は大規模な湖沼地域があるなど、特殊な土地柄もあって、食べ物の文化も独特だと聞く。


 どこも特色は聞き知っていても、他国の料理に口を出せるほどの知識は誰も持ち合わせてはおらず、具体案は各担当に任せることとなった。しかし各々記憶を辿るも、さすがにこの場ではまとまらず。

 結局、第一回会議は方向性の提示で終了。第二回会議は、各員持ち寄りの商品候補の試食会兼選評会となるのでありました。


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