昼_路地2
ひらひら、と。
前を歩く男が頭に挿した、緑青に染められた羽根を眺めていた。
それとも、羽根の形に切った布だろうか。いずれにせよ、馬鹿馬鹿しい扮装だ。
行進が始まる随分と前から、こんな格好をしているのか。
それ自体も馬鹿馬鹿しいと思うが、祭りとはそもそも馬鹿馬鹿しいものなのかもしれない。昼間から、通りを歩きながら酒を飲み、肉を喰らい、道で寝る。
あ、怒られている。流石に、道で寝ると怒られるらしい。よくわからない。
「嬢〜。なんか食いたいものでもあったら言えよ〜。オレ様が買って差し上げるからな〜」
ほろ酔い加減の連れが、よくわからない口調で話しかけて来た。
当然、無視する。向こうもわかっているので、それ以上は何も言わない。
酒を片手に千鳥足だが、それほど酔っていないのは、短くない付き合いでわかっていた。アイツも、この馬鹿馬鹿しさに馴染みたいのだろう。
嬢、と呼ばれた女も、呼んだ男も、付き従う大男も細い男も、誰もがこの国の生まれではなかった。そぞろ歩く祭りの中は、誰にも馴染みのない空間だった。
馴染みのない馬鹿馬鹿しさに誘われたのか。
どうせ馴染めないことを思い知るためだったのか。
――――やめよう。
馬鹿馬鹿しいこの空気の中では、どうせろくなことを考えない。
「お、遼 (リョウ)。羊の肉が売ってるってよ。懐かしいんじゃねぇか?」
前を歩く男が、嬢の頭越しに、後ろの大男に声を掛けた。
頭は悪い癖に、余計なことは覚えていて、よく気を回す男だった。嬢は男たちの生国など覚えてはいない。
遼と呼ばれた大男が、う、とか、あ、とか、言葉を返す。
身体に似合わず、気が小さい上に、言葉がはっきりとしない。生まれつきかどうかは知らないが、少なくとも、知り合った頃からはそうだった。
「ほら、行こうぜ。兄貴分様が買ってやるよ。嬢も食うか?」
こちらにも振られるが、手を振って返す。羊の臭みは得意ではない。
千鳥足が大男を連れていくのを、しばし眺める。後ろの細男は何も言わない。
庶民は自然と混血が進むから、髪色が生まれを示しはしない。岱と細男、啓 (ケイ) の髪は二人とも灰褐色だが、生まれは別のはずだった。遼に至っては髪を綺麗に剃り落としている。
知らず、頭に巻いた布の端をつまんでいた。布で髪を包むようにしてから出来た癖だった。
結局、ただ眺めているのも間が持たず、同じ方向へ足を向ける。
啓はやはり無言で付いてきた。この男も、いつもこうだった。
知り合った時のことは、それぞれきちんと覚えている。
しかし、いつのことだったかは、判然としない。時間が意味を持たないからか。
あの町では、何年生きていて、ここで何年を過ごしているかは、大きな意味を持たない。
今、どうしているか。何ができるか。重要なのは、それだけだった。
だから、この国へ来たのがいつだったかも、よく覚えてはいなかった。
「おう、羊くんな。羊、二本だ」
いかにもチンピラ然とした口ぶり。
カウンターの向こうで、売り子の娘が眉をひそめるのが見えるかのようだった。
「……羊肉の腸詰焼き、ですね。香草入りと無しの二種類ございますが、、、?」
予想通りの硬い声が帰ってきた。関わり合いになりたくないのが伝わってくる。
「コウソウ? なんだそりゃ。どうなのよ、入っていると」
チンピラはそういう空気を察するのが早い。わざとしつこく絡む。
売り子は、マニュアル通りの解説を、消え入りそうな声で続けた。
「香草は爽やかな薫りを加えるとともに、羊肉の独特なクセを和らげます。羊肉にあまり慣れていない方にオススメですが、、、」
「ほ〜ん」
わかっているのか、いないのか。きっと聞いてもいないのだろう。
適当な相槌で、大男を振り返る。
「遼、どっちよ?」
選択を迫られて、大男が戸惑う。
「あ、な、慣れ、ている、てほど、食べて、ない、けど、、、」
「だから、どっちなんよ」
やっぱりチンピラらしく、笑う。
馬鹿にしているわけではない。むしろ、可愛がっている、に近いのだろう。
大男、遼がどう思っているかは知らないが。
「た、岱 (タイ) の、す、好きな方で、、、」
「わかんねぇよ、オレはよ。食ったことねぇものよ。姉ちゃんはどっちが好き?」
チンピラ、岱が、また売り子の娘に振った。
一拍の間。売り子の醸す雰囲気が変わった。だが、岱が感じたか、どうか。
「申し訳ありませんが、他のお客様もいらっしゃいますので」
突っぱねるように、言いのけた。先程までの、語尾が消えるような声ではない。
さっさと帰れ。言外にそう伝えている。
流石に、これは岱にも伝わった。
「あ? どこにいるよ。オレ達以外に、どこに、客が、いるよ?」
カウンターに手を掛けて、身を乗り出す。
岱と遼の他に、並ぶ客はいない。ただし二人が去れば、客となる人間はいるだろう。
岱が乗り出した分だけ、売り子が身を引いた。汚い物を避けるように。
……いい加減、面倒臭くなってきた。
そろそろ岱を抑えようと、嬢が一歩踏み出したところで。
「申し訳ありません。何か、ございましたか?」
後ろから、慌てた様子で、小柄な少年が姿を見せた。
謝りながらではあるが、卑屈な愛想笑いを浮かべていないのが、気に障った。
そこへ、売り子が即座に。
「クレーマーです」
「なんだとぉ〜!」
これには、岱がキレた。しかし売り子はもう怯みもせずに。
「この人は私にべたべたと話しかけてくるばっかりだし、後ろの人ももたもたとして、いつまで経っても注文もしないし。他にも買いたい人はたくさんいるのに、完全に営業妨害です」
偏った説明は流水のごとく。見ようによっては間違っていないだけに質が悪い。
口争いでは地頭の差が出る。怒りのあまりに言葉も出ない岱と、怯えて帰ろうとする遼と。
結局、売り子を止めたのは、向こうの少年の方だった。
「柿由さん。言い過ぎです」
しかし、売り子は止まらない。
「言い過ぎなんかじゃないです。そもそも、ちゃんとお金持ってるんですか? お祭りにこんな服で来るなんて、泰陰の住民としか思えません」
それは、どの程度、本心からの言葉だったのか。
ひょっとしたら、売り言葉で出てしまったものなのかもしれない。
しかし、それが真実を突いてしまった以上、もう後には引けなかった。
「――――聞き捨てならないな」
男二人の間を割って、嬢が前へ出た。
吠える娘を睨みつける。
「なんですか!?」
「柿由!」
娘が少年に押しのけられる。別の小さな女が出てきて、娘を奥へと追いやった。
「申し訳ありませんでした」
さらに一歩前に出た少年が、深く頭を下げた。
「……何に、ついて?」
嬢は、今度はその頭を睨みつける。
「まずは、あなた方を根拠もなく疑ったこと。そして、泰陰を蔑むような発言があったこと、です」
泰陰を、か。
「――――後は?」
少年は頭を下げたまま、微動だにせず。
「男性お二人に言いがかりを付けたこと。失礼な発言があったこと。それと、あらぬ誤解で、謂れもない罪をなすりつけようとしたこと。重ねて、陳謝いたします」
――――ふぅ。
気合い込んで出てきたってのに、力が抜けた。
「後のはいい。陳謝頂くほど、上等な男じゃないから」
踵を返す。
「お、おい。嬢!」
「買うなら、さっさと買いな。本当に金がないわけじゃないんだろう」
詫びとか抜かして、串の一本も出してこようもんなら、屋台ごとぶっ壊してやったのに。そんな物騒な炎が、急速に冷めていくのを感じる。
後ろでは、岱が羊串を二本ずつ買っていた。チンピラなりの迷惑料のつもりなんだろう。小さな女がはきはきと対応していた。
串を握った岱が追いついて、遼がしおしおと隣に並んで、いつの間にか、啓はまた最後尾に回っている。
嬢は、緑青に染められた羽根を思い出していた。
子どもの頃に欲しがっていた冠に、よく似ていた。




