朝_路地
と、気合いを入れてはみたものの。
「お客、来ないねぇ」
「来ないですね〜」
ヒマつぶしがてら、きんとんを丸める紫絡と、本日もう何度目かのやりとり。
減ることのない成形済のきんとんはどんどんと積まれていく。
売り子役の碧流と青華は突っ立ったままぼんやりと街並みを眺め、焼き方の朱真は屋台の裏で、すでに火を弱めて保温モードに入っていた。
「まぁ、本番は昼から、なんだろうけどねぇ」
「だといいですね〜」
大通りでは祭りの賑わいが少しずつ増してきて、こちらまで聞こえ出している。
大通りの仮装行進は一日がかりの一大イベントだ。泰陽に残る伝説をモチーフに、嵩山の麓から円形広場まで、大通りをいっぱいに使って行われる。
ちょうど今ごろは、怪物と僧兵との勇ましい戦いの舞が、大通りのあちこちで繰り広げられているはずだ。たくさんの邪悪な怪物が山から降りて街を襲い、大寺院の僧兵がそれを追い払うという流れだが、ここでは僧兵の方が押されてしまう。
やがて僧兵を押し切った怪物たちは円形広場まで行き着くが、そこで待ち受けているのが、『聖人』と呼ばれる英雄だ。彼がその剣でもって怪物たちを抑えるのが第二幕。聖人役は、央軍から選ばれた者が務めるが、一生一度の栄誉とも言う。
続いて、泰陽の劇団の歌劇が始まる。聖人が大人しくさせた怪物たちを歌とご馳走でもてなす、という筋だ。碧流には唐突に感じたが、そういう伝説らしいから仕方ない。ここでは、歌劇の他、雑技や大道芸なども行われる。
そして最後に、満足した怪物たちが精霊へと変化し、山へと帰っていく。泰陽の民からすれば、自由参加のこの帰路こそがメインイベントで、皆、思い思いの扮装をして、自由に舞い踊りながら、広場から嵩山へと練り歩く。
ちなみに、嵩山へ、と言っても、実際には山へは登らず、その麓の大寺院で炊き出しを頂いて解散となる。この後も教団では何やら祭礼が続くらしいのだが、興味がないので覚えていない。以上、蒲星に教えられた収穫祭の主な流れでした。
怪物の唸り。僧兵の掛け声。剣戟の音。太鼓の響き。
大通りからは、仮装行進第一幕の盛り上がりが伝わってくる。
翻って、一本入ったこの路地では、うららかな小春日和が過ぎていく。もう秋も深いのに、閑古鳥の声が聞こえて来そうだ。
「平和だねぇ」
「平和、って言ってていいんですかね〜」
そんな、あくびが出そうな平穏の中。
「ごきげんよう。あら、こういう時は、お疲れ様、って言うんだったかしら」
穏やかなこの日差しのような、柔らかな声が掛けられた。
朝日に映えるゆるふわウェーブ。お嬢様然とした物腰は常の通りだが、学院では見慣れていても、街中で出会うとまた違う。お付きがいないのが信じられないくらいだ。
「杏怜さん。どうしたんですか?」
「どうした、って、一応、こちらから頼んだんですもの。様子くらい見に来ますよ。調子はいかがです?」
忙しい中、合間を縫って来てくれたんだろうか。だとしたら、申し訳ないやら、情けないやら。だが、隠しても仕方ない。
「面目ないのですが、見ての通りです」
両手を広げて苦笑する。
朝並べたままの売り台に、立ち寄る気配のない客足。
苦笑を返した杏怜は、ふむ、と人差し指をその細い顎に当てて。
屋台を見回し、看板を見上げ、立て看板をしげしげと見つめると。
「私にも少し、頂けませんか?」
と、客のように、屋台の前に立った。
「もちろんです。どちらがいいですか?」
「両方、お願いします。あ、それと、小さなナイフとお皿、あります?」
やはりお嬢様ともなると、腸詰めにかぶりついたりはしないのか。
不意のオーダーに戸惑いつつも、やや冷め気味の腸詰を、念のため用意していたナイフとともに皿へと載せる。きんとんも一つだけ隣に。
手渡された杏怜は、腸詰を一口サイズに切り分けると、その一つを口に入れた。
「ふむ。ふむふむ。。。」
しっかりと味わう。感想は出ないが、表情からは悪い印象はない。
続いて、きんとんもぱくりと。中の栗に驚いたのか、一瞬目を開いたが。
「ふんふん。へぇ。。。」
なにやら納得しながら、こちらもゆっくりと味わった。そして。
「試食をしましょう」
にっこりと提案。
感想を期待していただけに、とっさに反応できず、そのまま返してしまう碧流。
「試食、ですか?」
杏怜は微笑んだまま一つ頷くと、再び『皇統学院 うまいものや』と彫り込まれた看板を見上げて。
「ええ。まず、この屋台ですが、学院主体なのはわかりますが、誰が、どういう意図でやっているのかが伝わりにくく、関係者以外は取っ付きにくいです」
ばっさりと斬り捨てた。
隣の青華の肩がぴくりと震える。
しかし、その通りだ。碧流も、関係者でなければ、プロの屋台を選ぶだろう。
「また、今回、南須国の羊肉の腸詰と西柏国のきんとんを選んだのはおもしろいですが、この央香国ではどちらも知名度が低く、一般のお客様には味が想像できません。美味しいのかどうかもわからないものには、人はお金を払いません」
それも、確かに。興味本位だけで手を出すほど、祭りの屋台は少なくない。
「第三に、とりあえず人を呼ばなくては話になりません。人の寄り付いていない屋台で買うのは勇気がいります。最初は採算度外視で、とにかくお客様を入れましょう」
唐突に。コンサルタントが現れた。
いちいち、ごもっとも。こうまで頷くしかないと、人は黙って従うもので。
「きんとんですが、中の栗の食感はおもしろいです。試食用に、四分の一に切ったものを作って頂けますか?」
杏怜が来てから一歩引いていた紫絡が、言われるままに作業を開始する。
手早く作成された試食用きんとんを、先ほど自分で切った腸詰の隣に載せると、杏怜は自らすぐに動き出した。
狙いは、早くも片手に麦酒のジョッキを持ちながら飲み歩くおじさま二名。
「すみません、試食はいかがですか?」
「――――え? うぉっ!」
いきなり若く美しい女性に鈴の鳴るような声で話しかけられ、思わず声を出してしまうおじさま。四神なんて肩書きはなくとも、杏怜のインパクトは充分だ。
「羊肉って食べたことあります? 麦酒との相性は最高なんですけれど」
「……い、いえ、な、ないです」
意外と気が小さいのか、なぜか敬語で。
にやけながらも腰の引けた、おかしなポーズで首を振る。
「あら、それはもったいない。いかがですか? ぜひ、おひとつ」
にこやかに一歩近づきながら勧められ、ついつい手の伸びるおじさまたち。
視線は杏怜を見つめたまま、にやけたままの口に放り込んで。
「――――あ、旨い」
初めて、おじさまの目が腸詰に落ちた。
「でしょう? 良かった!」
しかし、杏怜のほころぶような笑顔に、すぐ戻る視線。
「あそこで売っています。他に、香草を効かせたものもあるんですよ」
その手に促されるまま、屋台の前へと連れてこられるお客様。
「羊肉の腸詰焼き、香草の入った方でいいかしら? 二つ、お願いします」
頷くだけのおじさまAと、自分の分も注文されて驚くB。しかし、苦笑しながら財布を出して。
「あ、ありがとうございました!」
あれよあれよと言う間に、最初の売り上げが立った。
「ありがとうございます! 杏怜さん」
「いえ。売り物は美味しいのだから、売るのは簡単ですよ。私は少し、そのお手伝いをしただけ」
その言葉はどこまでも奥ゆかしく。すぐに試食係へと戻る杏怜。
それを尻目に。
「なるほどね。だいたいわかった」
そう呟いて、にやりと笑ったのは紫絡。
「碧流くん、ここ、任せたからね」
いつの間にか作っていたもう一組の試食セットを片手に、屋台を飛び出していく。小さく、負けてられるか、と聞こえたのは、気のせいだろう、きっと。
その視線は、すぐにターゲットをロックオン。
「あ、お兄さん。おつまみ要りません? 試食、ありますよ」
紫絡が声を掛けたのは、すでになにものかに扮装した、気の早すぎるおじさん。その手にはやっぱりお酒が握られている。いきなり背後から声を掛けられたおじさんは一瞬驚くが、やはり若い女性は邪険にはできないようで。
「羊って食べたことあります? 今、話題の」
いつ話題になったのか。
ともかく、勧められるまま、おじさんは腸詰を口に入れて、お酒を一口。
「ね、美味しいでしょ。これ、香草の薫りが女性に大人気ですよ。一口あ〜ん、とかできたりして、そこから……ぐふふ」
誰にだよ。どうなるんだよ。
しかし、擦り寄られた紫絡に、おじさまはもはや疑う素振りも見せず。
「は〜い、香草入り一つお願いしま〜す!」
……ちょろすぎるだろう、おじさま。
かと思うと、今度は若い男女二人組を捕まえて。
「あ、ほら、彼氏さん。彼女さん、甘いもの食べたがってるよ、ほら」
今度はきんとんを差し出す。
男性はちらっと、女性に目をやって。
「あ、食べて、みる?」
「――――うん」
俯きながら、小さく頷く女性。なんだよ、青春か。
「は〜い、きんとん一つお願いしま〜す」
なんなんだろう、あの才能。
屋台に残された二人は、呆気にとられるしかなく。
「あれ、できます、青華?」
「――――きんとんの丸め方、教えてくれないか」
即座に敵前逃亡を選択する武人。
まぁ、これに関しては、完全に同意だけど。
元々人通りはあっただけに、試食させる相手には事欠かず。
気づけば、試食をもらい損ねた人たちまでが屋台に並び始め。
みるみると売れていく商品を眺めながら、改めて四神の凄まじさを思い知る碧流であった。




