早朝_路地
ちょうど屋台の組み立ても完了した頃。
「おはよーございます! っとと」
一際元気良く現れたのは、やはり雪祈だった。しかし、声とは違って、足元は、手にした大荷物を相手に、よろよろとおぼつかない。すぐに青華が駆け寄った。
「ありがとうございます。たくさん作ったのはいいんですけど、重くなっちゃって」
いかにも重そうに荷物を置く。
雪祈の担当はきんとん。結局、仕入れから仕込みまで、全部を任せてしまった。いもと栗がぎっしり詰まった籠は、彼女の小さな身体にはいかにも重たく映る。
「けっこう作りましたね。迎えに行けばよかった」
碧流が、成形済が並んでいる方をのぞいて、感心する。
一人でこれ全部を丸めるのには、さぞ時間がかかったろう。
「へへ。徹夜しちゃいました」
照れ笑いを浮かべながら、未成形分のいもと栗とを並べていく。
その顔色に疲労の色は見えないが。
「これだけあれば安心ですけど、大丈夫ですか? 今日の担当は――――」
と、予定表を確認する碧流を遮って。
「私、午後からなので。ちょっと帰って、寝てからまた来ようかな、と」
事前に伝えてあった予定をきちんと把握してくれているしっかり者。
今からでは充分な時間とは言えないが、まったく寝ないよりはマシだろう。
こういう無理ができるのも、祭りをやる側の醍醐味と言えるのかもしれない。
「でも、辛くなったらすぐに言ってくださいね、って、あれ?」
隣にいたはずの雪祈は、もうおらず。
「うわぁ、かっこいいですねー!」
屋台の正面に回って、看板を見上げながら歓声を上げていた。
「あ、立て看板もある。お揃いだー」
「青華が作ってくれたんですよ。あと、お品書きもあります」
当の青華はいもを屋台に運び込んでいたので、代わりに碧流が差し出した。
「あ、かわいい! なんだか、お店屋さんみたいですね。って、お店屋さんなんですけど」
飛び跳ねんばかりに、きゃっきゃとはしゃぐ雪祈。これはあれか、徹夜ハイか。
大絶賛だが、製作者の青華は引っ込んだまま顔も出さない。きっと照れてるんだろう。
ひとしきり喜んだあと、雪祈もそれに気づいたのか。
「あ、すみません、やりますよー」
自分の作業だったとばかりに、慌てて残っていた栗の籠を持ち上げた。
そこへ。
「ほらほらぁ、ちゃっちゃと歩く〜」
「……う〜、わかってるよ〜」
打って変わって、気だるさ全開の二人がやってきた。
「おはようございます、紫絡さん、紅兎」
「おはよ〜。早いね〜。あ、もう屋台できてる〜」
「あ、誰だ! アタシに黙ってお店の名前付けたヤツ!」
二人もすぐに看板に気づいたようで。
最初から店名にこだわっていた紅兎が、早速いちゃもんをつける。
青華が紅兎に絡まれ出すと面倒だ。碧流が間に入ろうとしたところを。
「オレだ」
炭袋を抱えた朱真が、一言残して通り抜けた。
「え〜! 反対! 絶対反対!! 徹底抗戦の構えを見せるなり!」
案の定、大声でわめき立てた上に、変な構えまで取り始める紅兎。
しかし朱真はかまわず、屋台の裏へ回って炭起こしを始めてしまった。
放置された紅兎は、そのままでは収まらず。
「違うよね〜、なんか違うよね〜、あの名前!」
なんとか仲間を作ろうというのか、紅兎は雪祈にまとわりつくが。
「私は、なんかかわいくて、いいと思いますけど」
あっさり流された。その上。
「紅兎〜。あんたはやるべき仕事があんでしょ〜」
と、紫絡に後ろからこめかみをぐりぐりされる始末。
「はだはだはだはだ!! わかった、やります! やりますから!!」
しぶしぶと背負ってきた荷物をおろして、屋台へと運んでいく後ろ姿が、なんだか切ない。まぁ、自業自得だけど。
紅兎の担当はもちろん羊肉の腸詰焼き。そこに、途中から、紫絡が加わった。
なんでも北厳国は薬草、香草の栽培が盛んで、紫絡も、腸詰を試食した時に、ぜひとも合わせてみたい香草が思いついたんだそうだ。
急いで取り寄せて、乾燥させて、刻んで、混ぜて。食べてみたところ、これがまた好評だった。羊のクセはさらに薄れ、爽やかな香りが食欲を掻き立てる。
唯一、本場を知る紅兎だけは『余計な匂いがする!』と突っぱねて譲らなかったため、香草の有り無しで、二種類を販売することとなった。それも結果としては、商品の幅を出せて良かったようにも思う。
もちろん、この急な変更で、二人は細かい調整にかかりきりとなっていたのだが。
「紫絡さん」
声をかけた碧流に。
紫絡は自信満々のドヤ顔で応える。
どうやら、満足いくものができたらしい。
「では、全員集まったようなので、今日の予定を確認しましょうか」
全員が荷物を落ち着けた頃合いを見計らって、碧流が責任者らしく声を張った。
「担当していただくお仕事は、焼き方、甘味係、売り子の三つです。また甘味係は、状況によって、売り子のお手伝いもお願いします」
この辺りの流れは、個別には説明済だが、再確認と、朱真のためにもう一度。
質問、意見がなさそうなのを確認して。
「どれを担当していただくかは、この表を見てください。お昼までと夕方までの交代制にしてあります」
碧流が掲げた表を、全員がのぞき込む。
「げ、朱真と一緒!?」
真っ先に声を上げたのは、いつものように紅兎。
「南須国の名物なんですから、当然でしょ」
ちなみに二人は焼き方担当で、昼までが朱真、それからが紅兎だ。彼らには炭火の管理もお願いするので、他のメンバーには頼みにくい。なのだが。
「ぶー、ぶー」
「担当は一緒ですけど、お昼に入れ替わりですから、一番絡みは少ないですよ」
「わかってるけどさ。気持ち的な問題だよ、これは」
なおも、ぐじぐじ。
「じゃあ、紅兎が一日やりますか?」
「やだよ! アタシも食べに行きたい」
さすがに紅兎も今日は買い食い解禁か。って。
「……ちゃんと、買って、食べてくださいよ」
「しーっ、しーっ!」
ごね続ける紅兎の脇を、朱真がさっさと炭の元へとすり抜ける。
「あ、朱真。腸詰は焼けますよね?」
「食える程度にはな。焼き加減までは知らんぞ」
「央香国の方はそんなことまで注文しませんから」
焼き方は問題なしのようだ。
続いて、甘味組へ視線を向ける。
こちらは昼までが紫絡で、それからが雪祈の予定。雪祈の仮眠のためにもちょうどよかった。
「紫絡さんは大丈夫ですよね」
「丸めながら、客捌けばいいんでしょ?」
軽い。なんの気負いもない返答が戻ってきた。
視野が広くて、手先も器用な紫絡だから、碧流もなんの心配もしていない。
彼女の意識も他のところへ向いているようで。
「ね。この、柿由ってのが、蒲星から頼まれた、っていう助っ人?」
「そうです。こういうのは初めてらしいですけど、僕がフォローするので」
内心の不安をひた隠し、笑顔を返す碧流。
本人からの宣言通り、あれ以降、彼女の顔は見ていない。
色々と不安はあるが、いないよりはいい、はずだ。
今は猫の手も借りたいのだ。と自分に言い聞かせる。
紫絡も、ほんの少し、腑に落ちないものを残しつつ。
「ふ〜ん。……あれ? じゃあ、碧流くん、いつ休むの?」
あ、気づかれた。
「まぁ、合間合間で、適当に」
誤魔化すように答える碧流に、紫絡はわざとらしく目尻を押さえて。
「苦労かけるけど、それ以上、小さくならないでね」
「疲れたくらいで萎みませんよ」
眠気が来たのか、ぼーっとしている雪祈には先ほど確認したし、甘味係も大丈夫か、と思っていると。
「――――売り子、か。できる、のか?」
一人静かに自問する武人がいた。
碧流としても、青華の売り子には不安がないとは言えないのだが、上述の理由で焼き方には回せないし、甘味係には状況を見て売り子も手伝ってもらう都合上、売り子の方が楽だ。一応、客足が少ないだろう昼前の担当にはしてみたのだが。
「碧流。」
「……そんな、捨てられた仔猫みたいな瞳で見てもダメですよ」
「――――くぅっ」
ああ、もうどうしていいやら。
でも、これ以上は甘やかせないし、してあげられることもない。
これでいて、いつも本番になればちゃんとするから、今回も大丈夫だろう。
予行演習のつもりか、売り物の謳い文句を暗誦している武人に、碧流は最後まで気になっていたことを確認する。
「青華。あの店名を決めたのって、本当に――――?」
「ああ。私は、朱真に言われた通りに作っただけだぞ」
――――くぅっ。
人事を尽くした、とはなかなか言えないものだ。
今日だって、すでに予想外や失念していたことがいくつも発生している。たまたま両方良い方向に転がってはいるが。
それでも、もう、できることは何もない。あとは、やるだけだ。
さぁ、始めよう。




