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幻の皇女は嫁入り前  作者: 朝日菜
第五章 癒えない孤独
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第一話 共同作業

「……よし、と」


 私は紐で袖を固定させ、割烹着を着用する。安曇あずみの名産品がずらりと並んだ大きな厨には、今のところ私しかいない。けれど別に寂しくはなかった。

 人気のなかった地下牢よりも、ここの方が生気を感じる。人の気配もお天道様もある、ここの方が。


「料理は初めてですが、美味しい美味しいお料理を作って一覇いちは様と二輝にき様に食べていただくのです!」


 そう気合いを入れたその時だった。騒がしい音を立てながら誰かが駆け寄ってくる音がする。あれは――と振り向いて目を凝らすと、何故か私が走っていた。


「えっ?! どういうことなのです?!」


 私は私に抱きついて、ぐぐぐと力いっぱい締めつける。私は私を抱きしめる私を見ようとし、艶のある美しい黒髪に邪魔されてしまった。その持ち主は、先ほどからぶつぶつと「お姉様」と囁いている。……ん、お姉様?


「……ま、まさか……実四みよし?」


 すると、すぐにこの身を離された。


「はい、お姉様!」


 涙目ながらに私を見つめているのは、実四だった。容姿は実四の瞳に映る私と瓜二つと言っても過言ではない。


「実四なのですね! 貴方もこんなに立派になられて……!」


 それ以上は言葉にならなかった。


 実四と聖五せいご。私の大切な異母妹弟と、和二かずつぐお兄様と、亡くなってしまった愛一あいちお兄様。私はその後誰かによって監禁されていたけれど、ちゃんと、三人はここで生きていてくれたのですね。

 胸が熱くなる。私は涙を零していた。


「お姉様……」


 実四は呆然と私を見上げ、柔らかく微笑む。その微笑みはお父様に似ていて、私は声さえ出せずに息を呑んだ。


「……お姉様。私はずっと、お姉様の身を案じておりました」


 私よりもずっと大人に見える実四は、確か私よりも二つ年下だったはずだ。


「実四……」


 そう思ってしまうのはきっと、誰にも会わずに生かされてきた罰。


「……ありがとうなのです。きっと、今の聖五がいるのは実四と和二お兄様のおかげですね。聖五は素晴らしい男性へと成長しているのです」


「そんなことは。それにお姉様、聖五はまだ十七歳ですよ? 男性ではなくまだまだ子供です」


 真剣な表情の実四は気づいていないのだろう。私にしかわからないことは、そっと胸の中にしまっておいた。


「そういえば、お姉様はここで一体何をなされているのですか?」


一覇いちは様と二輝にき様にお料理を作って差し上げようと思って、準備をしているのですよ」


 すると、実四が表情を輝かせた。


「それは素敵ですね! 是非私にも手伝わせてください!」


「いいのですか?! 勿論なのですよ、実四!」


 実四は拳に力を入れた。料理初心者の私からしたら、実四の存在は頼もしい限りだ。


「いろいろ教えてくださいね」


「任せてください、お姉様!」


 そう言って、実四は私と同じように割烹着を身に着ける。きっと、生まれて初めてであろう姉妹の共同作業に私は勿論実四も心を踊らせていた。





 真っ白な湯気が立ち込める。私と実四の目の前には、見た目が不格好な料理がずらりと並んでいた。


「料理は中身です! きっと美味しいはずなのです!」


 私はそう納得して、実四と一緒に割烹着を取った。けれど、一緒に料理を運ぼうとした瞬間中性的な声が聞こえてきた。


「姫様〜。ひめさ……あ、こんなところにおられたのですか?!」


 見ると、ものすごい形相でこちらに走ってくる少女が視界に入った。

 彼女が実四のことを姫様と呼んでいたのだろう。背が高いが、若々しさが滲み出ている凛々しい少女だ。


桔梗ききょう、ちょうどいいところに! 今お料理が……」


「あぁ〜!! 聞こえない!! 私は何も聞こえてませんよ〜!!」


 桔梗と呼ばれた少女はお料理を一瞥し、おぞましい物を見るかのような目つきになる。


「ききょ……」


「あぁ〜!! あぁ〜!!」


 耳を塞いでぶんぶんと顔を振る少女は弾みで私と目を合わせ、一瞬にして動きを止める。


「……あ、れ? 姫様が二人?」


「あぁ、桔梗。紹介しますね。この方は私のお姉様、獅子王望三ししおうのぞみです」


 私は桔梗に頭を下げる。桔梗も慌てたように頭を下げ、そうして混乱したように目を回した。


「……と、ということは、姫様が第一皇女ではなくなるのですか?」


「いえ、私は皇位を剥奪された身なのです。皇女になるつもりはありません」


 その資格さえ私にはないのですからと、私は心の中で呟いた。


「お姉様、こちらは私の従者の桔梗です」


「はじめまして、桔梗」


「はじめまして、望三姫。この様な形でお会いしてしまい、申し訳ございませんでした」


 皇女ではないのに私のことを姫づけで呼び、桔梗はうやうやしく頭を下げ直す。そうして顔を上げた桔梗は、言いづらそうに視線を落とした。


「……ところでですね、望三姫。そちらのお料理はどうなされたのですか?」


 なるべくお料理を見ないようにしながら桔梗が尋ねる。お腹でも痛いのでしょうか? 心配です。


「このお料理は一覇様と二輝様に食べていただこ……」


「いけません望三姫!」


「……駄目なのですか?」


 けれど、私たちが作ったお料理をこの国の第一皇子たちに食べさせるのはいけないことなのかもしれません。

 そんな私を見た桔梗は慌てて自分の口を塞ぎ、大量の汗を流して視線を逸らした。


「どうしたのですか、桔梗。いつもの貴方らしくありませんよ?」


 実四が心配そうに桔梗の顔色を覗き始める。桔梗は実四から視線を逸らして、実四は桔梗に詰め寄った。


「だ、駄目なものは駄目で……」


「何が駄目なのですか?」


 その人の声に、桔梗の肩がびくんと震える。


「に、二輝様! 志麻しまさん!」


 眠そうな目を見開いて、二輝様は驚きながら私を見た。その隣にいる志麻と呼ばれた女性も私を見、涙目になって口元を抑える。

 志麻さんは駆け寄って、私の目の前に跪いた。


「ちょうど良かったです、望三様。彼女は志麻といって、十年前からここで下女をしている古株なんです。望三様のこともご存知なんですよ」


 だからそのような反応になるのか。私は納得し、志麻さんに顔を上げるように頼んだ。


「ご無事で何よりです、望三様……!」


「ご、ご心配をお掛けして申し訳ないのです……!」


 こんなに心配してくれている方がいたなんて知らなかった。私は自分よりもほんの少しだけ年上そうに見える彼女に謝り、二輝様に視線を移す。


「ところで桔梗。駄目というのは?」


 私の気持ちを汲んだ二輝様は、桔梗に尋ねて話を逸らした。実四は一歩前に出て、そんな二輝様にお料理を差し示す。


「ちょうど良かったです、二輝様。実はこのお料理を二輝様と一覇様に……」


「あ、それは駄目ですね」


「ですよね!」


 早口に言った二輝様の台詞がよく聞き取れなかった。実四と顔を合わせても、不思議そうに首を傾げ合って終わってしまう。


「二輝様、申し訳ございません。今なんとおっしゃったのですか?」


「の、望三様……それは……」


 せっかく勇気を振り絞って尋ねたのに、二輝様は扇で口元を隠しながらしどろもどろに後退していった。


「二輝様、正直に言ったらどうですか?」


 志麻さんがそんな二輝様を止め、逃げ場を断たれたかのような表情をする。


「実は私も一生懸命作ったのです。お口に合うかはわかりませんが……」


 すると、二輝様の表情が絶望的なものへと変化した。……な、何故でしょう。


「……こ、これを望三様が? 望三様がこれを作ったのですか?」


「本当のことを言うと、実四に教えてもらったのです。一緒に作ったのですよ!」


 私よりも年上だからか、二輝様に褒めてほしくて少し子供っぽい言い方になってしまった。

 二輝様は頭を大きく抱えて小さく何かを呟き出す。


「……最近、このような場面に遭遇すると聖五が誰に似たのかわからなくなってきますね」


「……私もです、皇子」


「あらあら。私は似ていると思いますよ?」


 その呟きに、桔梗と志麻さんが答えたような気がした。


「二輝様?」


「あぁ、すみません望三様。とりあえずそのお料理は一覇兄様の元に持っていきましょう」


「はい!」


「ありがとうございます、二輝様」


 けれどそれは勘違いじゃなかったようで、桔梗は訝しげな瞳で二輝様を見上げ、近づいて何やら耳打ちをし始める。


(……よろしいのですか、皇子)


(仕方がないでしょう。望三様が作ったと仰っているんですから)


 ぼそぼそと、二輝様と桔梗の耳打ちは続いていた。手伝いを申し出てくれた志麻さんと実四とお料理を運びながら、私は二人が何を話しているのか気になって気になって仕方がなくなって近づいていく。

 その途中、廊下の奥から聖五がこっちに向かっているのが見えた。聖五は辺りを見回していて、何かを探しているように見える。


「聖五、七星ななせは一緒ではないんですか?」


 声の届く距離になって、二輝様がそう尋ねた。


「今ちょうど探していて…………何を持っているのですか、お姉様方」


 静かに聖五の顔が引き攣る。


「お料理なのですよ」


「見ればわかります」


「聖五も食べますか?」


「遠慮します」


 華麗に異母姉たちに即答した聖五は、意味ありげな視線を桔梗に送った。


「そんな目で私を見ないでください!」


 聖五は視線をお料理に戻して、「それでは」と足早に去っていく。なるほど、余程七星を探しに行きたかったのですね。


「逃げましたね」


「逃げましたね」


 はぁ、とため息をついた二人は再び足を動かし出す。気づけば一覇様がいる部屋へと辿り着いていた。


「入りますよ、一覇兄様」


 二輝様が扉を開けると、一覇様は大きな文机の前に座って書物に目を通していた。額に生えた重たそうな一本角を上げ、一覇様は私たちのことを一瞥する。


「珍しい顔ぶれだな」


「そうですか?」


 二輝様は先に部屋に入って、ちょいちょいと手招きをした。私と実四と志麻さんが奥に入ると、一覇様は初めて視界に入ったかのような表情でお料理を見る。

 無言の一覇様は二輝様に視線を送り、謀ったなとでも言いたげな表情をした。……何故でしょう、会う人のほとんどが同じような反応をするのは。


「差し入れです、一覇様。お姉様と私が作ったんですよ」


「やはりか」


 細い目でお料理を観察する一覇様は、しばらくしてお盆の上に置かれた箸を持ち一口食べた。


「いっ、一覇兄様?!」


 突然の出来事に、二輝様も志麻さんも、部屋に入らずに事を見守っていた桔梗も驚く。


「一覇様……!」


 動きを止めずにお料理を食べていく一覇様は無表情。その分桔梗と志麻さんが驚愕の声を漏らし続ける。


「ささ、二輝様もどうぞ」


 瞬間、ごくんと二輝様が唾を飲み込む音がした。


「早くしないとなくなってしまうのですよ?」


 二輝様は箸を持って、そしてお料理を一口掴む。


「お前も食え」


「しかし……」


「いいから食え」


 一覇様が二輝様にお料理を無理矢理食べさせる音がした。二輝様は元々青白かったが、さらに青白い顔色になってそれを飲み込む。


「ど、どうでしょう?」


 う、と二輝様が一歩身を引いて


「今まで口にしたことのない独特の味がします」


 と、答えてくれた。


「ふふ。二輝様、涎が垂れているのですよ」


 二輝様の口元を拭うと、しばらく呆けていた二輝様が一瞬遅れて反応する。


「あ、あぁ、申し訳ございません望三様」


「だらしないぞ、二輝」


「一覇兄様には言われたくありません」


 静かにいるを見据える二輝様は、一覇様に無言で胸ぐらを掴まれて黙ってしまった。

 ぷらーんと一覇様の腕からぶら下がっている二輝様は、口を真一文字に結んで脱力する。


「二輝様?」


 二輝様は口元を手で隠して、ふらふらと出ていった。その後を桔梗が慌てて追いかける。


「どうしたのでしょう、二輝様。具合でも悪いのでしょうか……?」


「知らん。放っておけ」


 そう言う一覇様は無表情で箸を置いて、どこかに行ってしまった。


「……ん? どうなさったのでしょう、一覇様も二輝様も」


「私にもわからないのです……。心配ですね」


 実四と同時に首を傾げ、私たちはほとんど空になった器を片づけた。

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