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幻の皇女は嫁入り前  作者: 朝日菜
第四章 幼き日の記憶
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第一話 生みの親

 新しくあてがわれた部屋から見える外の景色は、紅色に染まっていた。安曇あずみに生えている木々はすべて落葉樹で、椛が神秘的に見えて美しい。


「……お兄様たちみたい」


 私がここに来て初めて出逢った――いや、再会した三人の皇子は雲のような髪色をしていた。空を見上げると、三人が私のことを見守ってくれているかのような不思議な感覚に陥ってしまう。


七星ななせー』


 その中の一人、腹違いの兄である四都しとの声が遠くから聞こえてきた。どこから聞こえてくるんだろうと思って周囲を見回すと、外から四都が手を振りながらやって来る。


「四都!」


「君、まだこんなとこにいたの?」


 まだと言われても、朝食だってとってない時間なのに。


「だって」


「だっては禁止」


 木製の窓枠に足をかけ、四都が中に入ってくる。そのまま下り立った四都は私の部屋を見回して、「物少ないじゃん」と茵に座り足を組んだ。

 私が反論しようと口を開くと、襖の奥から声がした。


『七星、いますか?』


 四都と違ってきちんと襖を開けた聖五せいごは、朝食を持っていた手を止めて唖然と四都のことを見下ろす。


「四都様! 貴方は外に出かけたはずじゃ……!?」


「んなわけないでしょ〜」


 ぱくぱくと口の開閉を繰り返す聖五とは違い、四都は手をひらひらと振りながら涼しい顔をした。


「四都は外から入ってきたから、聖五の言ってることは正しいよ」


「そ、外から?! なんでそんなとこから入ってきたんですか!」


 二個上の聖五は顔面を蒼白にさせて四都を指差す。


「別にどこから入ってきてもいいでしょ?」


「良くないです! そういうところだけエルフっぽくしなくてもいいです!」


 ついに四都は、普通の人よりもほんのちょっぴりだけ尖った耳を塞いで聞こえないフリをし始めた。

 聖五は歯を食いしばり、四都を睨む。その二人の間に挟まれた私は、とにかく聖五を宥めることに専念した。


「ね、ねぇ! 四都ってエルフなの?!」


 話を逸らすと、聖五が我に返る。


「えぇ。言ってなかったんですか? 四都様」


「言っ……これから言うつもりだったんだよ!」


 顔を真っ赤にさせて怒る四都は、気まずそうに視線を逸らして腕を組んだ。


「僕たちが九人キョウダイだってことは前に言ったと思うけど、第一皇子の一覇いちは兄様は鬼の混血で、第二皇子の二輝兄様は吸血鬼の四半、第四皇子の三雲みくも兄様は日本狼の半獣人の混血。で、第五皇子の僕はエルフの血が……六分の一、入ってる」


「六分の一?」


 聞き返した私に向かって一つ頷く。四都はそれが恥ずかしいこととでも思っているのか顔を赤らめていた。


「第六皇子と第二皇女の五操いく五鈴いすずの双子は魔女の末裔。第三皇女の六七りなはメガロドンの人魚の混血で、第四皇女の八灼ややは竜の半獣人の混血。で終わりだよ。七星は八灼と同い年だから、仲良くしてあげてね」


 それでも妹のことを気にかけている四都は優しい。私は「そうなんだ」と相槌を打ち、自分にはなんの亜人の血が入っているのだろうと一瞬思った。


「七星? 何か気になることでもあった?」


「あっ、え? ううん、何もないよ!」


 私は首を横に振って、聖五が持ってきた朝食に目を向ける。


「ところで……その。これは食べていいのかな?」


「えぇ、もちろんですよ。七星に食べてもらう為に作ってきたんですから」


 聖五は、綺麗な微笑みを浮かべながら朝食を手で指し示す。


「……私の、為に? 聖五が作ってくれたの?」


「はい」


 四都との騒動で若干冷めてしまったが、どれも美味しそうで私の食欲をそそらせる。


「へぇ〜、これを聖五がね〜」


 今の今まで茵に座っていた四都は、気づけば私の斜め後ろにいて朝食へと手を伸ばした。

 ひょい。ぱく。もしゃもしゃと口を動かす四都の頭を、わなわなと肩を震わせる聖五が掴む。


「全然痛くないよ〜?」


 余裕そうに四都は言っているが、実は聖五の爪が食い込んでいて頭から血を流している。


「そうですかそうですか。安心してください、もっと痛くなるはずで、す、か、ら!」


 ぐぐぐぐぐ。どばどばどば。


「四都お兄様?!」


「だからお兄様禁止って言ったでしょ?」


「今はそれどころじゃ……! とりあえず止血を!」


 私は置かれていた白い布で四都の頭をぐるぐる巻きにする。ぐるぐるぐるぐるぐるぐる巻いて、四都から流れる血が止まるのを願った。


「……瀕死の武将でもそこまで巻かないと思いますが」


「へっ?」


 見ると、白い布は四都の頭の何倍もの大きさに膨れ上がっていた。


「あっ! ごめんっ!」


 聖五に手伝ってもらいながら包帯の役目をしていた布を取る。すると、不思議なことにあれだけ流れていた血が止まっていた。


「あいた!」


「今度〝お兄様〟なんて呼んだらムチ打ちだよ」


 私の額を弾いた四都は、呼んでほしくないのに呼んでほしい――そんな矛盾した表情をして笑った。


「……気をつけます」


 私は額を押さえながら、先ほどよりも減った朝食を見下ろす。一瞬だけ聖五を見ると、真剣な眼差しと目が合った。


「いただきます」


 吸い寄せられるように朝食を口に運ぶと、家庭的な味が口内に広がった。


「美味しい……!」


「お口にあって何よりです」


 安堵する従兄の聖五と、物欲しそうな目で朝食を見つめる腹違いの兄の四都。そんな二人に囲まれながら、私は幸せな朝食をとった。





「ごちそうさまでした!」


 合掌した私は一息つく。嬉しそうに笑う聖五は器を片付けようとして、私の方へと手を伸ばした。


「あ、私がやるよ」


「何言ってるんですか、七星。これは俺が持ってきたので俺が片付けます」


 意外に頑固な聖五は私の手を避けながら器を持ち上げる。どうして私に押しつけないんだろう。私は従妹で皇女でもないのに。そう思っていると、四都が横になりながら「聖五に押しつけなよ〜」と欠伸をした。


「私、自分のことは自分でやりたいの。任せっきりはやだよ」


 聖五の手から器の乗った板を横取りし、私は大急ぎで縁側へと飛び出す。


「あ! こら、七星!」


 すぐに反応した聖五が次に飛び出してきて、うたた寝していた四都が「え?! 何?! ちょっ、僕も行く!」と遅れて部屋から飛び出してきた。

 一国の皇子と元皇女の追いかけっこに、家人や下女たちが目を丸くしながら道を開ける。けれど、身軽な聖五に足の悪い私が勝つわけもなく――


「捕まえましたよ七星!」


 ――ものの数秒で終わってしまった。


「はぁっ、はぁっ! も〜、急になんなのさぁ!」


 肩で息をする七星は、それでも地団駄を踏んで不機嫌さをアピールした。


「そもそも男の俺が貴方に追いつくことはわかりきっていたこと。足が悪いのならなおさらです!」


「うぅ……」


「見せてください」


 聖五に履いていた足袋を脱がされ、そっと足首を持ち上げられる。見た目で変わったのは、その足首が青くなっていたことくらいだった。


「お願いですから、もう無茶はしないでください」


 聖五は呟いて、私の背中に手を回し足をそのまま持ち上げた。四都は床に置いてあった器を持って、べぇ、と聖五に向かって舌を出す。

 四都だけでなく、従者たちまで私たちに視線を向ける始末。


「……せ、せい」


 恥ずかしくなった私が口を開くと、足音が聞こえた。従者のものであるはずがない足音の方を見ると、淡い白髪から異形の耳が覗いている少女が視界に入る。


「あら? 聖五にいさまと四都にいさま! それ……と?」


 少女の瞳に私が映る。〝四都にいさま〟、ということは……。


「八灼」


「え、と、四都にいさま? この方は……」


 八灼と呼ばれた少女と、目が合わなかった。少女が見ていたのは私の髪。白い、白い、私の髪。


「この子は七星。君と同い年のキョウダイなんだけど、名前的には七星の方が早く生まれてきたんだろうね」


 軽い調子で紹介された私は、先ほど四都から「仲良くしてあげて」と言われていた八灼と目を合わせる。


「え、えええええ?! ね、ねえさまなの?!」


 驚き戸惑う八灼に対して、聖五の腕の中にいる私は小さく会釈を返した。


「八灼、こんなところからごめんなさい。七星です」


 八灼はまじまじと私を見つめ、その瞳の中に吸い込まれそうになる。けれど、顔が真っ赤になったのは八灼の方だった。


「ど、どういうことなの? 私にもう一人ねえさまがいたなんて……」


 戸惑う八灼の真横にまで来て、誰かが一歩前に出る。


「私がご説明いたしましょう、八灼様!」


 八灼の従者らしき男性は、妙に張り切った様子で手を叩く。


満彦みつひこ!」


 満彦さんは自身の部下と思われる人たちに巻物を持って来させ、獅子王ししおう家の家系図が書かれたそれを勢いよくその場に広げた。


「七星様は八灼様が生まれる半年前にお生まれになった、正当なる皇女様でございます!」


 物凄い形相で巻物まで叩く満彦さんは、どれほど自らの主が誇らしいのか胸を張った。


「父様は子供作りす」


「四都様! 七星たちの前で如何わしい話はしないでいただきたい!」


「君の脳内がそうなんじゃないのぉ?」


 あぁ、いつの間にかまた二人が喧嘩を始めた。既に話について行けてない八灼は、ふらふらと床に座り込んでそれを満彦さんが介抱する。


「あの、満彦さん」


「なんでしょう、七星様」


 様付けで呼ばれることに慣れていない私は、曖昧に笑いながらこう尋ねた。


「お母様……私の生みの親はどうしているのですか?」


 途端、満彦さんが何故か哀れむように私を見上げた。


「お亡くなりになりました。母君は宮中の下女だったそうですよ」


 なんの躊躇いもなく言い放たれた言葉に四都と聖五の声が消え、八灼が目を見開いて顔を上げた。


「満彦、それは本当なの……?」


「はい。七星様がお生まれになった直後だったそうです」


「だとしても……! だとしても、そんな簡単に言っていいことではないわ!」


「い、いいんです八灼」


 私は満彦さんを批難した八灼を止めた。八灼は涙を流して私を見上げ、「でも」と一度だけ言葉を渋る。


「満彦さん、真実を教えてくれてありがとうございます。八灼、私の為に怒ってくれてありがとうございます」


 涙は特に出なかった。私の中では生みの親よりも育ての親の方が存在は大きいから――悲しみなんてものはない。


「聖五も、もう大丈夫」


 聖五に下ろしてもらい足袋を履く。誰もが沈黙する中私は静かにその場から去り、適当に部屋に入って壁際に背中をつけた。……ほんの少しだけ、現実逃避をしたいと思っていたようだった。


 辺りは巻物で埋めつくされていて、私は軽く目を見張る。満彦さんの部下はここから巻物を取り出したのだろうか。そう思って辺りを見回すと、家系図があったと思われる場所を見つけた。

 何気無くその下の書物を手に取ると、誰かの日記のように私の目には映る。頁を捲り、私は思わず音読した。


「『滅ぼした国のくノ一が宮中に忍び込んできだらしい。何故今さら。何故すぐに寝首を掻きに来ない。奴は一体何をしにこの宮中に忍び込んだのだ。私を遠くから見ているだけか』」


 そんな冒頭文から始まり、日記の中盤はこんな言葉で締め括られていた。


『不気味な女だ。匂いが違う。くノ一はこの下女で間違いないだろう。なのに何故、あの女は俺の元に来ない。私はいつ来られても構わないというのに』


 私は今、どうしようもなく好奇心を擽られている。知りたいと細胞が叫んでいる。

 私は、この日記を部屋から持ち去った。

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