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幻の皇女は嫁入り前  作者: 朝日菜
第一皇女は亡命中
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第一話 反乱軍と皇女

 無駄に豪華で動きづらい服装のまま、私は巨大な扉を開ける。


「父上!」


「……織江おりえ


 酷く焦燥しきった表情で私の名前を呼ぶ父上は、しょっちゅう会いに来る他国の男と話をしていた。


「……あ、申し訳ございません」


「……よい。お前が言いたいことはわかっておる」


 私は俯いた顔を上げて父上の様子を伺う。父上は話をしていた男性を手で指し示して、申し訳なさそうに私に向かって微笑みを送った。


「お前はこの方と一緒に安曇あずみに逃げなさい」


「父上! そんなの私は嫌です!」


 私はすぐさま反論した。けれど見計らったようなタイミングで遠くの方から叫び声が聞こえてきた。


『織江姫、反乱軍はすぐそこまで来ています。貴方様が生き残る為には、我が国に亡命するしか道はありません』


 男性は張りつけたかのような笑みを浮かべてそう言った。


「生き残らなくても構いません! 私は元々、外に出て民を説得する為にここに来たのですから!」


 踵を返す私に父上が情けない悲鳴を上げる。


「織江、止めてくれ!」


 限界になるまで保っていた先ほどまでの威厳もなく、私は尚更使命感に急かされた。


「止めません! 私は国が平和になるまで私なりに戦います!」


 言って、そういえばと足を止めて振り返る。

 父上は私が思い直したと勘違いしたのか安堵しきった表情で、隣の男性は先ほどからまったく表情を変えなかった。


「もちろん、安曇にも我が国は渡しませんから!」


 男性はふふ、と声を漏らした。対照的に父上は気まずそうな表情で、私と男性を見比べている。

 腹が立ったこともあるけれど、民と一刻も早く和解をしてより良い国を作る為に私は神殿を後にした。


『――ちっぽけな織江姫では、どうすることもできませんよ』


 その呟きが、私が最後に聞いた台詞だった。




 次に目を覚ますと、そこは何故か空中だった。


「……え?」


 一瞬頭の中が真っ白になって、私は夢ではないかとまばたきをする。見たところ、私は空飛ぶ絨毯に乗っているようだった。


『お気づきですか』


 見ると、先ほどの男性が私の側に座っていた。


「貴方は!」


 最後に聞いた台詞の持ち主に敵対心を持ちながら、私は叫ぶ。


『織江姫が言うことを聞いてくださらないので、少々手荒な真似をさせていただきました。申し訳ございません』


「少々どころではありません! 早急に私を国に帰してください!」


 民を見捨てて亡命なんて真似はしたくなかったのに。私は唇を噛み締めて、初めて敗北感を味わった。


『それは無理です』


 そんな私に追い討ちをかけた男性の声は、無情だった。


「何故……」


『貴国の皇帝……織江姫のお父様が、我が国と契約を交わしたのですよ。安曇が貴国の反乱を静めることができれば、貴国は安曇の領土になる。そして織江姫は我が国の皇子の妃となり、その命は必ず守られるとね』


 にやっと、初めて男性が表情を変えた。私はその話に絶望した。


「……嘘よ」


『本当です。なんなら契約書を見せましょうか?』


 私は首を横に振った。


「父上は……皇帝はどうなるのですか」


『さぁ? それは契約にはありませんし。私は交渉役ですので戦いもしませんしね』


 私は俯いた。今はただ、辛かった。無力な自分が情けなかった。

 父上は、私が反乱軍を説得できるなんて思っていなかったのだろう。私だけが逃がされたことも辛かった。


『ご理解いただけたでしょうか』


「理解はしたわ。けど、納得はしていません。綾江あやえはどうなるのです」


『妹姫もまもなく安曇に到着するでしょう』


「綾江も……」


 今は綾江と一緒に安曇に逃げて、私は必ず父上を助けに行こう。そうして、安曇よりも先に反乱軍を私が止めるんだ。そうすればきっと、ずっと我が国は平和でいられるから。

 私は民が反乱した理由も考えずに、甘くそう考えていた。振り返るけれど、祖国がどこにあるのかもわからなかった。


『どこを見ているのです? 織江姫。着きましたよ』


 視線を前方に向ける。そこには、祖国とあまり変わらない建物が並んでいた。


「安曇……!」


 憎しみが込み上がってくる。私のそんな感情を知ってか知らずか、男性はにやっと再び笑って空飛ぶ絨毯を下降させた。



『――ようこそ、安曇へ』



 絨毯から下ろされると、すぐに下女らしき人たちが私を囲んで部屋へと連れ去ろうとする。

 男性の方を見ると、既にいなくなっていた。


「織江姫、こちらでございます」


「わかっています」


 棘を含んだ声で返した。

 大切な祖国までもを領土にしようとする安曇の人間は、全員敵だ。四面楚歌状態だけれども、父上は祖国で。私は敵地で全力で戦う。


 ――いつか、平和な国を取り戻せるように。だって私は、第一皇女だから。





 当然なのかもしれないけれど、私が安曇から着せられた服は簡素なものだった。淡い桃色の女房装束に羽織物で済ませてあるが、全体的に愛らしい。


「……これじゃあ文句も言えないじゃない」


 正直、自分が今まで着た服の中で一番と言っても過言ではなかった。

 くるくると回りながら首を捻って服装を確認していると、なんの感情も込められていない声がかかった。


「はい」


 自分でも意識をして声色を一段階低くする。私は貴方たちに心を許したわけではないと理解させる為に。


「織江姫、準備の方は整いましたか?」


 準備、というのは心の方だろう。服の方は渋々だけれど安曇の下女にやってもらったのだから。


「えぇ」


 私はできるだけ短く答えた。扉を開けた下女は、私を連れ出して真っ直ぐに続く廊下を歩き出す。私は下女の後を延々と追うだけで何もしなかった。だからといって、痺れを切らして「まだですか」とか「どこに行くんですか」とか尋ねたくはなかった。そうすると、何故か負けたような気分になるから――。


「着きました」


 見ればわかります、ということさえ私はあえて言わなかった。神殿とは少し違う巨大な空間を正面から見据え、「中へどうぞ」と勧める下女に言われて進んでいく。


「…………」


 玉座のような高座に白髪の男性が座っていた。額に大きな角が生えており、私は生まれて初めて見た亜人に戦く。


「お前が織江か」


 低く冷たい声の持ち主は、間違いなく第一皇子の獅子王一覇ししおういちはだった。


「ご無沙汰しております、一覇殿」


 そう言うと、一覇は眉間にしわを寄せて「前に会ったことがあったか」と尋ねた。


「少しだけ、です」


「そうか」


「父上と契約を交わしたのは貴殿ですか?」


「いや、違う」


 なら誰が。そう思ったけれど、この人も私と同じで必要以上のことは喋らなさそうに見えたから止めてしまった。


「織江、お前は契約内容を知っているか?」


 単刀直入に尋ねた一覇に、「いいえ」と返す。本当はあの男性が何かを喋っていた気がするのだけれど、記憶力の悪い私はもう忘れてしまった。


二輝にき


「私が説明するのですか?」


 少し面倒くさそうに言って、高座の後ろに隠れるようにして立っていた二輝が私の前に姿を現した。


「契約書を作ったのはお前だろう」


「……それもそうですね」


 その会話を聞いた瞬間、二輝という名前の男性が私の目からは悪そのものに見えた。

 どこか私を連れ去った男性に似ている二輝は、私を一瞥して息を吐く。


「初めまして、織江姫。私は安曇の第二皇子、獅子王二輝です。貴殿のお父様と交わした契約内容を簡潔に説明させていただきますと――」


 一つ。安曇が貴国の反乱を鎮圧したら、貴国は我が国の領土になる。

 二つ。これは一つ目ができたらの話ですが、織江姫が安曇の皇子の正妻となれば織江姫のお父様はその領土の統治に関わることが許されます。両者の命は当然保証されますが、皇位継承権はありませんので悪しからず。


 二輝はそこで言葉を切った。そしてしばらく逡巡して


「もうおわかりかと思いますが、織江姫が安曇に逃亡された理由は死なれたら困るからです」


 と告げた。

 確かに、今の契約内容を聞いたらそうなるのかもしれない。父上が死んでも安曇は困らない。でも私が死んで父上が生き残ったら、契約内容の二つ目はなかったことになってしまう。


「……最低です。貴方たちは最低ですよ!」


 多分それは、父上の願い。何年も安曇からの侵略を退けてきたのに、自国の反乱のせいで安曇の手に堕ちてしまうなんて。そんな契約をしなければ、国も私も守れないからなんて理由で安曇に屈することになるなんて。

 この人たちは、そんな父上の弱さに漬け込んだ。そんな人たちの妃になるなんて絶対に嫌だ。


「そこまでして領土を広げたいんですか!」


 涙が溢れてきた。隣国なのに、こうも力の差があるなんてと再び絶望を味わった。

 一覇と二輝は泣き崩れる私を見ても、動揺さえしなかった。強い意志と冷たい心が交ざった瞳で私を見ていた。


「……最低、ですか」


 二輝が呟いた。


「なら、織江姫に選ばせてあげましょうか?」


 二輝は扇を揺らせて提案する。


「……えら、ぶ?」


 つい感情を高ぶらせてしまった。弱さを見せた私は二人に見せる顔もなく、俯く。


「えぇ。誰の妃になるか、を」


「何?」


「大丈夫ですよ、一覇兄様。織江姫は私たちのことが嫌いらしいので、和二かずつぐ様か三雲みくも四都しと五操いく聖五せいごの誰かになるのでしょうね」


 ぼそっと二輝が囁いたけれど、私には聞こえていた。


「ッ!」


 私はカッとなって外に飛び出す。


 安心してください。二輝の言う通り私は二人のことが嫌いです。ですが、他のなんとか皇子を選ぶつもりもありません。


「――この国に私の居場所なんて……ない」


 ごめんなさい父上。父上が私をどうしようと、私は生き残れない運命らしいです。

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