第二話 火の粉
獅子王景平から星那と呼ばれていた女が死んだ。
彼女は安曇の皇族をすべて暗殺する為に忍ばせていた者で、その五年後、知らせを聞いた一族の長は事態の把握と証拠隠滅を図る為に一部の忍を内部に潜入させる決定を下した。
志麻はその任務を遂行する為に宮中に忍び込んで下女となった。同じ降魔の一族である女のここでの日々を調査しながら、志麻は女の墓を探していた。
女は自らが忍であるという自覚を最期まで持っていたのだろう。すべての証拠を抹殺し、自害したことを確認した時、志麻は心から安堵して気を抜いた。
見つけた情報に満足し、皇族自体の情報を調べずに逃げていたらどんなに良かったことだろう。志麻は後に何度も何度もそう思い、後悔する。
宮中に忍び込んで数日後、志麻に火の粉が降りかかった。それは、比喩ではなく本物の火の粉だった。
後に『宮中襲撃事件』と呼ばれるその日を志麻は全力で走る。人々が逃げ惑う地獄の中、女の灰を隠し持って走ることは容易ではなかった。が、混乱に乗じて死んだとされるのならば有難い。志麻はそう思っていた。
『お兄様ぁぁぁぁ〜〜!!』
燃え盛る炎の中、どこからか泣き叫ぶ声が聞こえてくる。志麻は思わず足を止めて、見るとそこには炎に焼かれる第一皇子と第一皇女の望三がいた。
愛一に回った炎は巨大で、水をかけた程度で救えるものではない。望三はそんな愛一の側から離れずに泣いており、まだ意識のある愛一がそんな望三から遠ざかっていた。
何をしているんだろうと思う。奇跡的にも火傷をしていない望三を避けるように炎は踊る。それでも、望三が愛一と同じ運命を辿るのは時間の問題だった。
自分には関係ない。任務を続行せよ。見つかってしまう前に逃げよ。自分まで死ぬぞ。
何度そう思っても、志麻の足は動かなかった。舌打ちをする。数日間宮中に忍び込んで知ったことだが、星那と呼ばれていた女は七星という子供を産んでいたとか。そんな女の甘さが自分の中にもあることを知った。
――自分たちの一族が甘いから、主を守ることさえできずに我が国は滅亡していったのだ。気づいた時には望三の手をとって走っていた。
*
第一皇女の望三には、記憶があった。
走って遠くまで逃げた時、彼女が小さく呟いたこと。それは、宮中に火矢を放つ我が一族の後ろ姿だった。
こんな少女に隙を見せた我が一族の愚かさが憎い。志麻は怯え、自分の一族への報復を恐れて望三を宮中に帰さなかった。
第一皇女でもある望三だ。少女のくせにそう簡単に帰せるような立場の人間でもない。かと言って村に連れて帰ると殺されるだろう。
だから望三は誰も近寄らないと聞いた地下牢に閉じ込めた。それから十年、毎日欠かさず食を与えて育ててきたのにある日突然姿を消した。記憶を失った方の皇女、星那の娘である七星も村から姿を消している。そんな二人は一族の予想通り宮中にいた。
取り返すことはしない。
もう甘いことはしない。
逃げられたのなら、殺してしまうまで。
――彼らは、その甘さで命を救われることをまだ知らない。




