第一話 お人好し
和二お兄様と共に行動していたおかげで、なんとか知っている場所まで辿り着けた。
「望三、和二……」
巨大な紫雷殿の中に一覇様がいる。彼は目を見開いて私を見つめ、その隣にいた和二お兄様に向かってわずかに顎を引いた。そして、一覇様の隣には実四がいて、縛られている二人の人間を悲しげに見つめていた。
「実四、その方は……」
「七星を襲った亡国の忍の方だそうです。それで……その……」
そうして実四の視線を追えば、志麻さんが私を上目使いで睨んでいた。
「……間違い、ないんですよね」
「……はい」
実四は残念そうに俯いた。実四は彼女が忍でないことを私が来るまで信じていたらしい。なんだか申し訳なくなって視線を落とした。
「動いて平気なのか、望三」
「平気です、一覇様」
薬が効いてきたのかもしれない。答え、一覇様は彼のことを知らない人間からすれば気づけないような優しい笑みをそこに浮かべた。
「無事ならそれでいい」
不器用にそう言って、一覇様は畳に直に座らせていた忍の二人のことを見下ろす。彼女たちは視線を逸らしていたが、一覇様の気迫に押されて怯えることはしなかった。
「一覇兄様!」
入り口から四都が姿を現した。彼は男性を縄で縛りつけていて、紫雷殿の中央に突き飛ばす。
「こいつが七星を射った男だよ!」
その人は、どこにでもいるような普通の村人だった。
「よくやった、四都」
四都は褒められ慣れてないのか虚をつかれたような表情をし、数歩下がって照れくさそうに口角を上げる。
一覇様は突き出された村人を一瞥し
「二輝、後は任せた」
「……丸投げですか、一覇兄様」
影から現れた二輝様は面倒そうに後頭部を掻いて村人を片手で持ち上げた。
「行くぞ、望三」
「え? あ、はいっ!」
二輝様も亜人の血を――いや、そして例の戦闘民族の血を色濃く受け継いでいる人なのだと思って、急に声をかけてきた一覇様の後を慌てて追う。途中で振り向くと、実四はもちろん二輝様と四都も私たちを見送っていた。
紫雷殿を出て南庭へと突き進む。一覇様曰く、誰かに狙われているのなら見晴らしのいい場所が良いのだとか。
私は彼の背中を見上げ、紫雷殿に残してきた囚われ人たちのことを思う。
「……一覇様、あの方々は今後どうなるのですか?」
一覇様は暮れなずむ世界から私に視線を移し、私たちは自然と向き合った。
「それを決めるのは二輝であり和二だ。だが、そうだな。死は免れないだろう」
「ッ?!」
それは、考えてもいない結末だった。
「どうしてそのような酷いことを……」
「酷い? お前はとんだお人好しだな。俺があの時駆けつけていなければ死んでいたというのに」
「……あ」
刹那、脳裏に蘇ったのは宮中の片隅で見た七星だった。
「でも! ……ですがっ!」
私は一覇様の服の袖を掴んだ。一覇様は私の言動に目を見開き、訝しげに見下ろしてくる。
「人を殺してはいけないのです!」
それでも私は訴えた。
殺されていい人なんていない。脳裏に燃え盛る愛一お兄様の姿が映って、聖五の泣き叫ぶ声を思い出して、紅色に染まった世界の中で私は、どす黒い涙を流していた。
「甘いな、望三は」
一覇様はなんの感情も込めずに呟いた。
「甘くてはいけないのですか?! 許してはいけないのですか?!」
もう誰にもいなくなってほしくない。縛られてしまった志麻さんが一時、一瞬でも安曇の中にいてくれたのなら――私は志麻さんを仲間だと心から信じるから。
「お願いなのです、一覇様。例え敵が我らの国に潜んでいて、寝首を掻こうとしていても――殺すことだけは絶対にしないでほしいのです」
頭を一覇様の腕に当てた。頼もしく美しいその腕を、どうか人殺しの為だけに使わないで。そう言外に込めた。
「お前がそこまで言うのなら……」
「……!」
顔を上げると、一覇様はすぐに顔を逸らした。
「……考えてやらんでもない」
意思を込めて告げられる。
「二輝にもそう伝えておこう」
「は、はい! ありがとうなのです、一覇様っ!」
「ッ!? お、おい。何故泣く」
一覇様は珍しく慌てた声色で私に流れた涙を掬った。なんだか子供の頃に戻ったみたい、そんな些細なことが妙に擽ったくて嬉しかった。
「……良かったのです」
微笑む私を見た一覇様は、乱暴に後頭部を掻き毟る。困ったような、照れくさいような、そんな表情で私の側にいてくれた。
「お前は本当にお人好しだな」
ため息と共に一覇様が腕を組む。
「そんなことはないのですよ」
「優しすぎる」
否定した私にそう言い直した。
「そんなことは」
さらに否定しようとする私を一覇様はまた遮った。
「だから望三は危なっかしいんだ。昔からずっと……」
早口で小声だったせいか、上手く聞き取れなかったけれど。聞き返そうとしても一覇様はさっさと宮中に戻ろうとしてしまう。
私は一覇様の後を追って、同じく宮中に戻った。振り返るとそこには高く青い空があって、すべての生命体の母のように優しく私たちを見守っていた。




