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幻の皇女は嫁入り前  作者: 朝日菜
第八章 異母姉妹の仇
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第二話 異母兄妹

 三雲みくもにいさまに呼び戻され、三雲にいさまを乗せて空を飛んでいると眼下に馬に乗った女性が視界に入った。

 珍しい。一人かしら。どうして殿方を連れていないんだろう。


八灼やや、下りてくれ」


「三雲にいさま、それはどうして? あの人もそうなの?」


「先ほどあの方とすれ違った。きちんと俺たちが通るまで道端で頭を下げていたんだが、様子がおかしいと思う。違和感が拭えない、話くらいは聞くべきだろう」


「そうなの……。わかったわ、下りてみる」


 意を決して女性の前に私は下りた。女性は竜の姿をした私を見上げ、表情を恐怖に引き攣らせる。

 ……あぁ、やっぱり。私はこの方たちから見たらバケモノなんだわ。にいさまたちは否定してくれるけれど、嫌でも傷つく。


「先ほど宮中で皇族が襲撃されたようだ。身分証、見せてほしい」


 三雲にいさまは包み隠さずに言って私から飛び下りる。女性は俯き、唇を噛み締め、白状した。





 聖五せいごに言われるまで気がつかなかった。七星ななせとかいう異母妹のことは知らないけれど、私の手のひらの上でこのような事件が起きるなんて腹立たしい。


「制裁、受けてもらいますわよ」


 魔女の私は宮中に結界を張った。常時張ることはまだ難しいけれど、これで〝次〟は必ず防げる。


五鈴いすず望三のぞみ様も襲われました。内部への警戒も強めてください』


 どこから入ってきたのか、コウモリはそう言って私の部屋で羽休めをする。


「何故宮中のせきゅりてぃは昔からがばがばなんですの……!? 父様が何故なんの対策もしていないのか疑問ですわ!」


 怒り、宮中から誰も出られないよう迷宮化させた。


『対策は私たちに一任しているのでしょうね。しかし、父様はこのような事態を楽しんでいる節もあります』


「戦闘民族の血って奴ですの……?! まったくはた迷惑な父様ですわ!」


『そんな彼の血が流れている私たちも、そのような節があるのでは?』


 私は口角を上げ、長い棒状の杖を振るった。自分の力を手加減することなく全力で使える。そんな機会を待ち望んでいたことは否定できなかった。





「聖五! あまり前に出てはいけません!」


実四みよしお姉様! しかし……!」


 私は聖五を無理にでも下がらせた。途中で合流した異母弟と共に異母姉の仇を追うこの現状は、なんなのでしょう。誰がそう仕向けたのでしょう。


「貴方は感情的になると周りがよく見えなくなります! それではいけません、一旦冷静になりなさい!」


「……ッ!」


 それでも、前線は太刀を握り締める聖五だ。薙刀を持つ私は後方から志麻しまさんの様子を伺い、聖五の援護をする。南庭に飛び出した私たちは、ずっと好転も悪化もしない戦況に焦っていた。

 志麻さんは増援を恐れ、私たちは逃げられることを恐れている。何か小さなきっかけが一つでもあれば変わるかもしれない戦況がもどかしく、だからこそ焦る聖五の手綱を私はしっかりと握り締めた。


「…………」


 志麻さんは感情を表に出さない。いつも私たちの隣で朗らかに笑っていて、来週には望三お姉様の従者となるはずだった彼女の姿はどこにもない。


「志麻さん……何故ですか! 志麻さんはあんなにも望三お姉様の従者になることを楽しみにしていたのに……!」


「そうですよ志麻さん! こんなの何かの間違いですよね?!」


 私の援護をしていた桔梗ききょうも志麻さんの答えを待っている。志麻さんは私を一瞥し、聖五に向かって何かを投げた。


「聖五! 避けて!」


 私よりも先に訓練を受けた聖五は難なく避けるが、それにより志麻さんとの距離がまた開く。聖五に投げつけられたのは煙玉で、煙幕が南庭に充満した。

 逃げられてしまう――。唇を噛み締めたその瞬間、志麻さんの叫び声が聞こえてきた。私は訳がわからずに聖五を見、桔梗に視線を移して二人でさえ予想外の事態が起きていることを察する。


「志麻さん!」


 刹那、志麻さんがいた方向から巨大な波が押し寄せてきた。


「実四姫! 聖五殿!」


 桔梗が慌てて駆け寄ってくるが、間に合わない。この波の高さではどこもすぐに浸水する。何もかもを諦めかけたその時、巨大な何かが私たちを掴んだ。


「ッ?! や……八灼?!」


 左手に聖五。右手に私と桔梗を掴み、竜の姿をした八灼が小さな火を吐いて返事をする。その背にはいつの間に帰還したのか三雲がいて、縄で縛られた見知らぬ女性を連れていた。


「り……六七りな?!」


 見ると、聖五の言う通り南庭の湖から珍しく顔を出した六七が志麻さんを掴んでいる。いや、顔だけじゃない。上半身まで出てきて地面に手を置いた六七は、びくびくと怯えながら私たちを見上げてゆっくりとゆっくりとわずかに笑った。


「六七、よくやった!」


 真っ先に六七を褒めた三雲は自分のキョウダイのことをよくわかっている。引っ込み思案な六七が苦戦していた私たちに手を貸してくれたのです。これでいいか? と笑みで問うた六七に真っ先に答えられた三雲は戦場に慣れていて、私はすぐに感謝を述べた。


「ありがとうございます、六七! 助かりました! 八灼もありがとうございます!」


 幼い頃は滅多に会えず、『宮中襲撃事件』を堺に同じ宮殿で暮らすことになった私の従弟妹。

 五繰いくと五鈴以外は全員異母兄妹で、景平かげひら様の家系に至ってはあまり血縁を感じない歪なキョウダイ。けれど、今この瞬間一つになれたような――何故だかそんな勘違いをしてしまうような奇跡があったような気がして私は笑んだ。


 けれど、相手が志麻さんであることに変わりはない。志麻さんに一番お世話になっていた隣の桔梗は落ち込んでおり、六七の手の中にいる志麻さんは抵抗する気力もないのか大人しかった。


「捕らえたか」


 視線を落とすと、一覇いちは様と二輝にき様が私たちを見上げていた。私たちを連れた八灼は地面に下り、私たち三人と三雲、女性を下ろして元に戻る。竜の形をした金色の耳と尾は健在で、彼女は照れ笑いながら二人の異母兄に寄り添った。


四都しとの方も捕らえました。五鈴には結界を解除してもらうように言いましたが、相当腹が立ったのか拒否されてしまい当分結界は張っておくようです」


「そうか。……六七」


 六七は持っていた志麻さんを一覇様の目の前に差し出し、彼に抱きつく八灼を羨ましそうに眺めて沈んでいく。


「よくやったな」


 隠れる直前、一覇様に褒めれて六七は頬を真っ赤に染めた。


「七星の容態も安定したようですし、一度全員で紫雷殿しらいでんに集まりましょう。桔梗は武丸たけまる辰巳たつみ都子みやこ満彦みつひこらと共に使用人の身分を今一度確認しておいてください」


「は、はい!」


「桔梗、頼みましたよ」


 去りゆく直前の彼女に念を押し、私たちは全員で紫雷殿へと向かう。この中にいないのは和二かずつぐお兄様と望三お姉様、四都と五繰と五鈴と七星。そして――敬愛する愛一あいちお兄様だ。

 他のキョウダイたちはいつか戻ってくるとしても、愛一お兄様だけは戻ってこない。本当の意味での雲の上の存在だ。


 私は前を歩くキョウダイたちを眺めながら、再び愛一お兄様を思う。愛一お兄様は、母様たちになんて言われようと自らの従兄弟を除け者なんかにしなかった。

 私や和二お兄様は母様たちに負けてしまったけれど、愛一お兄様は彼らを愛そうとしていたし望三お姉様は一覇様に懐いていた。そんなあの頃がなかったかのような錯覚に陥るほど、今の私たちは家族として普通に接していると思う。


 望三お姉様と七星が生還して、粉々になった欠片は一つになった。心に残っていたしこりのようなものは消え去った。今の景色を愛一お兄様に見せたかった。でも、本当は寂しがり屋の愛一お兄様だから――案外近くで見守ってくれているような気がして空に向かって再び笑んだ。

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