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幻の皇女は嫁入り前  作者: 朝日菜
第七章 空色の優しさ
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第二話 〝鬼神〟

 私が一覇いちは様に連れて来られた場所は、今まで一度も行ったことがない部屋だった。ここでは数人の男たちが慌ただしく行き来している。


「いっ、一覇様!? 何故このような場所に……!」


 その中の一人が一覇様に近づいた。鬼の亜人であり第一皇子でもある彼に過度に怯えることはなく、血で染まった手を隠しながらうやうやしく跪く。


「そういうのは今はいい。望三のぞみも襲われた、念の為に今すぐ診てくれ」


 すると、医師は私に視線を移して穴が開くほどに見つめてきた。


「のぞみ……ノゾミ……あぁ! 貴方様があの望三様でございますか!」


 ぎょっと目を見開かれる。あの望三様って一体どういう意味なんだろう。すごく気になるのです。


「こちらにどうぞ、望三様」


 案内されると、布で隠された空間が視界に入った。不思議に思って布と布の隙間を覗くと、白色の少女が苦しそうに横たわっている。

 私はその少女に見覚えがあって


「……ななせ? ッ、七星ななせ!」


 一瞬にして肝を冷やした。

 布を捲って中に入る。刹那に慌てた医師が私を押さえた。


「お待ちください望三様! 下がっていてください!」


「七星は無事なのですか?! 七星は……!」


「ただ今治療しております! ですのでここから離れてください!」


 治療、その言葉に足を止めた。痛む腹部が原因ではない。これ以上騒がしくしてはいけないと思ったから。


「七星……」


 私の恩人である彼女は全身に脂汗を掻いており、生きようとずっと藻掻いている。その命の灯火に水をかけないよう、私は大人しく中から出た。


「……申し訳ないのです」


「いいえ。さぁ、望三様はこちらに」


 促されるままに座布団に座る。目の前に座った医師は私を見据え、手拭いで手を拭った。


「襲われたとは一体何を? 具体的な症状は?」


「えっと……。腹部を思いっきり」


 それ以上を言葉にはしなかった。それだけだった。私は七星に比べたら軽傷で済んでいる。


「では、横になってください」


 医師は「失礼します」と服越しに私の腹部に触れた。私には何がなんだかわからなかったけれど、医師は小さく頷いた。そして何故か微笑を浮かべていた。


「え? えっと……」


「あっ、申し訳ございません! まさかあの〝鬼神〟と呼ばれている一覇様がわざわざこのような場所に来るとは思いもよらず……」


「おかしいのですか?」


「第一皇子ですから、立場上。連れて来られたのが望三様だとしても、普段の一覇様ならあり得ませんよ。実四みよし様や八灼やや様は一人で来ていましたし」


 それってどういうことなのでしょう。私は畳に横になるよう言われたせいで首は傾げなかった。


「望三様はおわかりになりませんか」


 医師は苦笑いをして、私はまばたきをした。


「鈍いのですね、望三様は。……さて、少々お待ちください」


 詳しく聞かせてほしかったけれど、医師はさっさと行ってしまった。あの人だって暇じゃない、そう思ったから納得する。

 文机の上に置かれた手鏡を持って、なんとなく覗くと、黒色の瞳が私を見つめ返していて私は手鏡を元に戻した。


「望三様」


 ひょいと医師が戻ってきて、小瓶に入った液体を手渡す。


「これをお飲みください。多少は痛みが和らぐはずです」


「ありがとうなのです」


 私は液体を一気に飲み干した。すぐに効果が出てくるはずもなく、当然まだ痛んでいる。


「それでは、私は戻るのです。七星のことを頼みました」


「望三様、戻られるのですか?!」


 目を見開く医師に強く頷く。


「私は一覇様の盾になりたいのです」


 微笑んで、止めようとする医師を振り払った。七星の分まで私が、私が戦わなければと思った。

 廊下をがむしゃらに走る。知らない場所だったせいで最初から迷ってしまったが、なんとか知っている廊下に飛び出して息を整えた。


「はぁ、はぁ……」


 また、疲れてしまった。こういうのを早くなんとかしないとと自分を追い詰め、顔を上げて先を見つめる。


和二かずつぐ様、辰巳たつみです。緊急事態でございます」


 そこには、跪いた少年がいた。


「……かず、つぐ?」


 その言葉に少年が顔を上げる。一瞬だけ訝しみ、刹那に目を見開いてこう叫んだ。


「望三様!」


 間髪入れずに開いた襖から出てきた青年は、辰巳の視線の先を辿って凍りつく。私も、十年ぶりに再会した和二お兄様を前にして動けなかった。


「の、のぞ……」


「和二様、感動の再会の最中で申し訳ございません! が! 七星様が先ほど何者かの襲撃によって重傷! 大量出血の結果ただ今生死をさ迷っており――望三様は志麻しまさんに殺されかけたところを一覇様が救ったとのことです! 志麻さんはただ今実四様が追っております!」


「なんだと?! 望三、本当なのか?!」


「は、はい! 本当です和二お兄様!」


 あの頃の面影がある和二お兄様は青ざめて、私を呼び辰巳に対して礼を言う。


「和二お兄様、一体どこへ……?!」


 一覇様は確か、和二お兄様には武力がないと言っていた。そんなお兄様が今どこに行こうとしているのだろう。


「望三、俺から絶対に離れないと約束して。これから行くところは、景平かげひら様のところなんだ」


「ッ!?」


 景平様。あの頃も、今も、一度も会ったことのないこの国の現皇帝で私の叔父様のところに――?


「景平様は一体どちらにいらっしゃるのですか?」


「最奥にいる。五鈴いすずの魔法で普通の人間には行けないようになっているが、行き方を彼女から教わっている俺だけは行けるようになっているんだ」


「えっ、と……もし和二お兄様から離れたら……?」


 私は唾を飲み込んで、恐る恐る尋ねてみる。


「五鈴が探しに来るまで永遠にさ迷い続ける羽目になる」


「ッ!」


 五繰いくと五鈴の双子が異国の魔女の末裔だとは知っていたが、そこまで強力な魔法を覚えていたなんて知らなかった。


「わ、わかりました和二お兄様! 絶対に貴方の元から離れません!」


「あぁ。気をつけろよ? 望三は昔から迷いやすいんだからな」


 言葉とは裏腹に嬉しそうな笑みを浮かべ、和二お兄様は様々な廊下が交差する迷路へと進む。そうして辿り着いたのは、昔父様が使っていた部屋だった。


「景平様、和二です! 緊急事態なので開けますよ!?」


 和二お兄様は景平様の返事も聞かずに開け放つ。遠慮なく突き進む様は慣れているのだろう、私は生まれて初めて景平様を視認した。


「景平様! 望三と七星が襲撃を受けました! 相手の一人は志麻です! これからさらなる襲撃があると思われます!」


「志麻……」


 野太い声がした。白髪。赤目。そんな見た目を除けば彼は普通の東洋人だ。

 私の従兄弟にあたる彼らが持っているのに彼にはない亜人の血。最強の戦闘民族と東洋人との間にできた子供。


「……か、景平様」


 恐る恐る声に出した。彼は細目で私を眺め、高座に座って頬杖をつく。


「和二、それは私の倅……いや、今となってはお前たちのほとんどか。お前たち全員にすべてを任せよう。二輝にき、聞いているな」


 刹那、真上から音が聞こえてきた。コウモリと思われる動物はこの場から離れ、景平様は私を一瞥する。


「望三。今まで見つけてやれなくて済まなかったな」


「……いえ」


 首を横に振った。和二お兄様を見上げ、私を連れて元の場所へと走って戻る和二お兄様に再び尋ねる。


「和二お兄様、どうして景平様は私たちに任せると?」


「俺たちの祖父は、皇族も戦えるようになるべきだと判断した。その為に景平様を産ませ、景平様は俺たちの従兄弟を産ませた。今回は俺たちを試しているんだろうな」


「そんな、何もしてくださらないのですか?!」


「俺たちはもう子供じゃない。彼の子供はこの国のどんな武人よりも強い。それ故に、この程度で俺たちが負けてこの国が滅ぶのなら――この国はもう滅んだ方がいい」


 和二お兄様は何を言っているのだろう。昔はそんなことを言う人じゃなかったのに、今感じるこの圧はなんだろう。けれど、私たちの手でなんとかしなければならないことだけは痛いくらいに理解できた。

 戦おう。景平様の力を借りなくても、私たちならきっと大丈夫。私も、一覇様の盾にならきっとなれる。そう思って和二お兄様の後を追った。

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