第1章~俺の屋敷に奴隷がやって来た件について その3
登場人物
マサユキ
王族にも繋がる貴族の家の末息子
妾腹で末子ということもあり、継承権はなく、その代わり特に縛りもなく自由な身分
現在は家を出て、与えられた資産を元に交易商の仕事をしている
頭は切れるが性格は大らかでのんびりなところがある
貴族の家暮らしよりも、現在の気ままな生活が気に入っている
エミリア
エルフ王国の中級貴族の娘
貴族の子女の義務として、士官として軍務に就き、捕虜となった
それをマサユキが奴隷として買い取り、屋敷にやって来る
書斎に戻ると、お茶を入れる役をエミリアが買って出てくれたので、お茶が入るまでの間、発注関係の書類を見直す。
東方からの武器関係や、一部軍向けの食料品などの消費財が入るそばから品切れる状況が続いていて、明日からの商談旅行で増産を要請しなけばならない。
それにはコスト負担も伴うが、軍に卸す関係上、特に商品を遅滞なく確保する必要がある。
その辺が交易商としての腕の見せ所だ。
さて、明日からの旅行で、そのあたり、どう話を持ってくかねぇ……。
書類に目を通しながら、そんなことをぼんやりと考えていると、できあがったお茶のカップをトレイに載せて、隣のキッチンからエミリアが戻ってきた。
「お茶の方が入りました。ご主人様」
「お、ご苦労さん」
「新種の茶のテイスティングということでしたので、ストレートに致しましたが、ご主人様の好みに合っておりますでしょうか?」
「ああ、そもそも俺はストレート派だ」
「ああ、それなら良かったです。どうぞお召し上がり下さいませ」
そう言って、彼女は俺の机、右手側の取りやすい位置にカップを置く。
「どれ……。俺も商談の時に一度飲んだきりなんだ」
「私も……いただきます」
エミリアは面談用のソファーに座って、彼女もお茶の香りをまず確かめるように、カップを顔に近づける。
「柔らかくて、ほんのりと甘い香りですね……。私好みです」
「そうか。茶は女性の消費が多いから、女性受けするようなら商品としてはいい傾向だな」
そして、ゆっくりとお茶を口に含むと、口の中いっぱいに香味が広がる。
「ご主人様、このお茶はものすごく香味が強いですね……。後味もほのかに甘くて……」
「まあな。仕入れ元の商会長が、これは上物だと、ものすごく推してただけのことはある。どうだ、このお茶の売り出し、できそうか?」
「はい、やれると思います。私も初めて飲みますが、とても私好みです。是非やらせて下さい」
エミリアがすごく乗り気な顔だ。
これなら任せていいだろう。
「よし、じゃあ任せよう。あと、値段は後で正式に決めるが……結構仕入れの段階で値が張るから、それなりの額を付けると思うが、それでも薦められそうな感じにできるか?」
「できると思います。これからいろいろ考えてみます」
「頼むぞ。任せるからには信頼して任せるからな。しっかりやれよ」
「はい!」
初めての仕事をもらって、エミリアの表情がやる気に溢れている。
いいことだ。
「さてと。それじゃ、今日の決済作業をやってしまおうか。そっちの書類の束を持ってきてくれ」
「はい。かしこまりました」
エミリアが隅のテーブルの真ん中に乗っていた、書類の束をまとめてちょっと重たそうに俺の机に持ってくる。
「すごく多いですね……こんなに決裁案件があるのですか?」
「まあな。明日からしばらくここを空けてしまうからな。急ぎの案件は移動先に届くようには手配しているけど、今残っている分は全部今日やっちまわないとな」
「溜め込んでしまわれていたのですね。ふふふ……」
「溜め込んでいたといっても、これで1週間分くらいだよ」
「え! 1週間でこれだけの案件が……?」
「扱う品物の種類も多岐にわたるからな。品物が入る度に確認書も返送しないといけないしな。急ぎの案件を除いて、その類を全部集めると、1週間分がこのくらいだな」
「そうなのですね……」
「この辺も、数字の確認がほとんどで、経営判断が絡まないものに関してはきみにいずれ任せようと思う。今日は急いで書類の処理を済ませてしまうから、エミリアにいちいち説明しながら書類を見ていくのは、旅行の移動中にでもするとしよう」
「はい、わかりました」
「じゃあ、エミリア。しばらくここはいいから、明日からの旅行の支度を頼む。詳しくはばあやに聞くといい。終わったら夕食時だろうから、済ませてから書類を取りに来てくれ」
「かしこまりました」
エミリアが一礼して出て行くかと思えば、その場に立ったまま、少し思案顔。
「ん? どうした?」
「あの、ご主人様。何かお飲み物、ご用意しておきましょうか?」
「ん? 飲み物か? ……今、お茶を飲んだばかりだぞ?」
「はい、このまましばらくこちらでお仕事のようですから、何かお手元近くにご用意しておこうかと思いましたが……」
「しかし……温かいものを頼んだところで冷めてしまうだろう?」
「大丈夫です。温かいものをお望みでしたら、熱を逃がさないようにする術をかけておきますが」
「魔法を使う……ということか?」
「はい。私もエルフの種族ですから、その程度の魔法なら日常的に扱っておりますし」
「そうか。なら、頼むとしよう。残った茶葉で、少し作っておいてくれるか?」
「かしこまりました! 隣のキッチンに置いておきますので」
そう笑顔で答えて、いそいそとキッチンへ下がっていくエミリア。
さて、この書類の山、急いで片付けないとな。
明日の午前中には出発だからな。
それにしても……エミリアが夕食を済ませて戻ってくるまでに終わるかな、これ?
次回投稿は7/25(水)12:00の予定。
夜、残りの仕事を片付けにかかっていたマサユキの元を訪れたのは……?」